訓練はさらなる次元へ
早朝にリーリアと妙なことがあったが、そのあとは普通に登校することとなった。
彼女も別に気にしていないようだったからそのことについては聞かない方が良さそうだな。
教室に着くとやはり、俺たちへの視線は強い。
学院一位と二位に挑む底辺。そう言った話題はなぜか人を惹きつけるようだ。
もし勝てば、一躍有名人になれる。負ければ無謀なことをした馬鹿と見られる。
「エレイン様、妙な視線には負けないでくださいね」
「この程度で調子が落ちるほど精神は弱くはない」
そうリーリアはにこっとした表情で声をかけてくれる。
嬉しいことなのだが、声をかけられるたびに嫉妬の視線で見つめられる。
彼女は確かに美人であるからな。年頃の男子であれば嫉妬もするか。
「そうですか。無用な心配ですね」
「ああ、その通りだ」
すると、後ろからミーナが入ってくる。
「おはよう。朝から仲がいいわね」
どこか嫌みを含んだ言い方だが、気にすることでもないだろう。
「それでは私は後ろで見守っていますね」
そう言ってリーリアは一礼をして教室の後方へと向かった。
「リーリアさんは本当に忠実なメイドなのね」
「まぁな。自慢のメイドだ」
「そうなんだ」
俺がそう言うとジト目で見つめる。
「ミーナの方はどうかしたのか」
「……やっぱり朝練がしたいなって」
なるほど、ここ最近は朝練をしていないからな。
こちらの事情というわけではないのだが、彼女にとって朝からあの訓練では授業に支障が出るからな。
自主練を頑張り過ぎた結果、本業である授業が疎かになっては意味がないからな。
とは言っても剣術競技でいい成績を叩き出せばその辺りは融通が効くようだが。
「朝から神経をすり減らすものでもない」
「確かにそうね。いつも朝早くから訓練していたから違和感があるってだけだから気にしないで」
「わかった」
本人が気にするなと言っているのだから俺も気にしないでおこう。
難しい訓練だということは本人が一番理解しているからな。
そう言って、俺は自分の席に座った。
「……」
俺の席の横にいるリンネが何かを言いたそうにこちらを見つめてくる。
「……っ!」
数秒ほど目が合っていると、彼女は急に顔を赤くして視線を逸らした。
何か言いたいからこちらを向いていたのではないのか。なかなかよくわからない人だ。
「言いたいことでもあるのか」
「ううん。別に」
「それならいいのだがな」
そんな俺たちの会話を聞いていたのかアレイがこちらに歩いてきた。
「お姉ちゃん、もう機嫌直してよ」
「怒ってないから、自分に力がないだけよ」
やはりまだミーナとの敗北に立ち直れていないようだ。
敵に塩を送るわけではないが、少し助言をしておいた方が良さそうだな。
「力など勝った負けたで評価が変わるものでもない。強みを活かすことができなければどんな強力な力でも意味がない」
「でも慢心してた。私自身、勝てると思い込んでいたのよ」
「違うな。慢心していたのは自分自身に対してではない。能力や技術に慢心していたんだ」
すると、リンネは少し考え込んだ。
俺の言葉を理解しようとしているようだな。
「……能力を信じてはいけないの?」
「能力などと言うものは思った以上に曖昧な存在なんだ」
自分に能力がないから、技量がないからと言った理由を言うのは自分の力をなんの根拠もなく信じていた証拠だ。
「自分の力を信じずに何を信じればいいのよ」
「自分自身を信じればいい。自意識というものだけを信じていれば、理解した技を的確に繰り出すことができる」
攻撃側だろうと防衛側だろうと有利不利が変化するように、能力にも状況によってもそれが変わることがある。
能力の有利不利を理解し、うまくコントロールすることで勝利に繋がるのだ。それを理解するにはある程度の練習が必要になる。
これだけ練習したのだから強くなったと思っている人が多いようだが、その人は本質を間違っている。練習の本質というのはその技を理解すること、覚えることだけではないのだ。
理解できれば今が有利なのか不利なのかがわかる。的確に判断できれば、自ずと最適な行動が取れて勝利へと導ける。
「お父様も言ってたよ。技を見せるだけにはなるなって」
「……ありがと、なんとか立ち直れそう」
そう言ってくれるのなら嬉しい限りだ。
リンネも強くなってくれれば、ミーナや他の人からしても嬉しいことだろう。
そうして、チャイムが鳴り授業が始まるのであった。
放課後、俺とミーナは練習場に向かっていた。
リンネとアレイは今日は帰ったが、明日からは練習をすると言っていたな。
「やっぱり敵と話をするのは納得がいかないわね」
「すまないな。だが、リンネが強くなってくれたらミーナとしてもさらに強くなれるだろう」
「確かにそうかもしれないけど、まだ学院にはいっぱい剣士がいる。その人たちと戦う方がいいんじゃないかな」
リンネやアレイよりも強い剣士がいるのは間違いない。その人たちと戦うことでも強くはなれるからな。
「一緒に成長するライバルがいてもいいんじゃないか」
「……私とリンネは同じぐらいだと思っているの?」
「俺から見ればな」
「そっか」
ミーナはそういうと自分の聖剣を取り出した。
「それで、今日はどう言った訓練をするの」
「昨日、上段と下段の区別ができるようにすると言ったな」
「言ってたわね」
俺の言葉を不審に思ったのか彼女は目を細める。
「剣筋を音で判断できるまでやるつもりだ」
「上か下かだけでも難しそうなのに、そんなところまでできるの?」
「これができなければ二位には勝てない」
俺が考えているやり方は一度限りの作戦だ。
二度目は流石に対策されるだろうが、初見では防ぎようがないはずだ。
フィンのあの様子ならうまく引っかかってくれるだろう。
「でも音だけで戦うのって簡単じゃないよね」
「まぁな。だがアレイも言っていただろ。音と空気の流れで判断したって」
「……できないわけではないということね」
アレイの実力は確かに強力だが、やはり一対一では決定打に欠けると言ったところだ。
それにしても技量に関しては言えば、群を抜いている。
もう少し技に柔軟性が生まれれば、かなり強力な剣士になることは間違いないだろう。
「すぐにアレイほど上手くなれとは言わない。では、早速始めるか」
「そうね……って、それはなんなの」
ミーナは俺の行動を見て疑問に思っているようだ。
「ああ、これは耳栓だ」
「見ればわかるわよ。音で判断するんじゃないの?」
「耳で音を判断しろとは言っていない」
「え?」
すると、ミーナは素っ頓狂な声をあげた。
音は波だ。肌でも音を感じることができる。
本当ならもう少し遮断してくれる方がいいのだが、市販で売られているのはこれぐらいしかなかったからな。
「アレイも言っていただろ。空気を感じろって」
「空気から音を感じろというの?」
「そうだ。他に何がある」
俺がそういうとミーナは呆れたようにため息を吐いた。
「エレインって急にハードルあげるわよね」
「そうか」
「そうよ。まぁこれからも付き合っていくけど」
彼女はそう言いながらも俺の耳栓を手に取って自分に装着する。
「これで、目隠しよね」
「できそうか」
「……やってみるわ」
目隠しをした瞬間、ミーナは体がふらつき始めた。
やはり、最初はそんな感じになるか。
俺はそんな彼女を手で支える。
「っ!!」
「真っ直ぐ立てるか」
俺は耳栓でも聞こえるように大きな声で言った。
「が、頑張ってみる」
すると、顔を赤らめながらも真っ直ぐ立とうとする。
しばらくすると真っ直ぐに立てるようになった。
「剣を振ってみるから動きを当ててみろ」
ミーナは小さく頷いて見せる。
俺はそれなりに剣速を遅くして振ってみる。
「……どうだ?」
「え、今振ったの?」
「そうだ」
「全然、わからないね」
耳栓をしているのか、ミーナも自然と声が大きくなる。
「最初はそんな感じか」
俺はそう言いながらミーナの耳栓を外す。
「ひゃっ!」
「どうした」
「耳触られるの、ちょっとくすぐったい」
「ああ、悪いな」
しかし、ミーナは触れられた耳を両手で押さえて真っ赤な顔で俺を見つめる。
「……そんなにも嫌だったのか」
「嫌、ではないけど。ちょっとドキッとしたっていうか……」
彼女がそういうと隠していない方の耳が真っ赤になる。
「体調が悪いのか?」
「そうじゃないよ。さ、続けるよ」
そういって、ミーナはムッとした表情で俺から耳栓を取り上げた。
「大丈夫なら続けようか」
それからは訓練を続けたが、すぐには感覚が掴めなかったようだ。
まぁその辺りも今後慣れてきたら適応してくるだろう。
こんにちは、結坂有です。
急に訓練のハードルを上げるエレインですが、彼に言わせてみれば結局慣れの問題だそうです。
果たしてそんな訓練にミーナはついていけるのでしょうか。
そして、リンネのことも気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。




