潜在的敵対勢力
私の背後から聞こえてきた声の正体、それは戦死したはずの父であった。
「……」
「久しぶりの再開だな。こんなところでずっと訓練をしてたのか?」
「ど、どうして……」
「約束だからな。昔の考えのままでは新しい考えを持つ者に喰われるのは世の常、俺はお前を正しに来たってことだ」
そういった父はどこか遠くを見つめていたように思えた。
魔の気配はない。魔族が父を偽ってここに来ているわけではなさそうだ。
「ブ、ブラドは戦死したって……」
「あぁ、あいつはそんな事を言っていたのか。悪いがそれは嘘だ。見ての通り、俺は生きているぞ」
確かに目の前の父は私の記憶の奥底にいる面影とそっくりだ。彼が私の父であるのは間違いない。それにかつて約束していたことなど偽物が知っているはずがないからだ。
「私を正しに来たってどういうことなの」
しかし、まだ私は目の前の父を信じることはできない。
もし生きていたのなら、どうしてすぐに私の前に姿を表さなかったのか、どうして修行中の私を放っておいたのか疑問に残るからだ。本当に私のことを考えているのならそんなことはしないはず。いや、それすらも父の考えだとしたら? 実際に私は父の剣術を自らアレンジした。もっと強くなるために新たな技を模索したのだ。
もう何が正解なのか、わからない。私には真実を見極めることができない。
「もちろん、自分たちの本当の姿になるために来たってことだ」
「本当の姿?」
「ああ、俺たちはもう弱きものではない。聖剣に頼ることもしない」
「それって……」
私が考えていたことと似たようなことを彼は、父は言った。
私たちの剣術の殆どは聖剣に頼った戦い方だ。小さき盾やエレインのように自らの技術の延長線上にあるわけではない。前提として聖剣を持っていることが要される。
つまりは聖剣がなければいくら評価の高い剣術だろうと魔族の前では無意味だと言うことだ。ただ、魔族を殺すには聖剣の力を借りる必要があるのもまた事実だ。人間である私たちができることなど一部の人間を除いては限られる。
「はっ」
すると、父は一瞬にして視界から消えた。
「うそっ」
彼は一瞬のうちに私の背後へと回り込んでいた。
瞬きもしていない、足音すら聞こえていない。まるでエレインが私の死角を狙って攻撃してきたあの技のような……いや、それすら凌駕しているのかもしれない。
「もし俺に攻撃の意志があれば、セシルの両手足はなくなっていたな」
「……どうしてそんなに強いの」
「俺たちの、本当の、本来の姿なんだ。聖剣に頼るのではなく、自らの身体で戦う」
信じられない。
エレインの身体能力ですら異常だと感じていたが、それをも超える力を父が持っているというのだろうか。
いや、よくよく考えてみればおかしな点はいくつもある。
人間の体では限界があること、いくら鍛えたとしても体の構造上、弱点はいくつも存在するのだ。
今の父には人間らしさがない。
「人間、ではないということかしら」
「ほう、気付いたか」
「何をしたのかは知らないけれど、私は父上の束縛から解放されたの。もう言う通りにはならない」
「もったいない。実にもったいないな。適合があるのにそれを利用しないとは……」
「適合? 一体何を……はぐぅっ!」
またしても父が視界から消え、そして私は空中に飛ばされていた。
遅れて腹部から強烈な痛みと衝撃が感じる。
「裏庭の方まで扉が開いてたんだけど……セシルっ!」
「近づかないでっ」
「いつまで弱いままでいる? 強くなるには古い体を捨てる必要がある」
彼の言っていることが頭に入らない。強烈な衝撃で視界が朦朧としている。
「セシルっ」
カインが私の名前を叫んでくれている。でも、起き上がれない。腕や足の筋肉が、そして何よりも息をすることすら困難になっているのだ。
どういった状況なのか、理解することはできない。
「古い体のままではいずれ限界が来る。限界が来たのだ、今のお前は……」
「あんた、どこから来たのっ」
「ここから東にずっと進んだところだ」
「……そこって魔族領のはずだけど?」
「そう、だったかな」
カインが剣を引き抜いた。
彼女の聖剣は攻撃に特化したものではない。それに彼女は言ったら悪いが、私よりも弱い。目の前の父に勝てるはずがないのだ。
「魔族は出ていってっ」
彼女が走り出す。
下段の状態で一気に彼女が走り込むと父はまた幻影のように消えた。
「がっあぅ!」
「遅すぎるな。所詮は精霊に頼っただけの剣術、そんなものに何の価値もない」
「……」
もう、どうでもよくなってきた。
頭でいくら考えたとしても私の体は言うことを聞かない。私の聖剣はこの訓練場にはないため、どうすることもできないのだから……
◆◆◆
私、ミリシアはエルラトラム防壁の外側をアレクと聖騎士団団長になったアドリスと歩いていた。
もちろん、調査のためなのだが、その内容はというとブラドの捜索だ。
アドリスの話によるととんでもなく強くなった元副団長がブラドを圧倒、そして連れ去ったのだそうだ。彼が倒されることこそが異常事態だ。
緊急性のあることのためユレイナは私たち小さき盾が捜索を協力する事となったのだ。
私たちとしてもブラドを失うのは非常に手痛い損失となるのは間違いない。
フィレスは手薄になりつつある議会の警備をユウナとナリアとで行っているが、問題は自身の家だ。セシルとカインがいるとはいえ、もし狙われでもすればすぐにでも崩壊してしまいそうな場所だ。
とはいってもあんな場所を局所的に狙うとは考えられない。低いながらも可能性はあるけれど、リソースは限られるため仕方のないことだ。
「……ちょうどここがブラドが倒れた場所なのね」
「そう、だね」
五日も防壁周辺を探し回ってやっと見つけた一つの洞窟、そこはどうやら防壁内側へと通じる地下通路であったそうだ。
ブラドが最後の力を振り絞って崩壊させたようだ。
「何があったのかはだいたい分かるわ」
地面には黒ずんでしまった床がある。おそらくは血液の跡だろう。
私とアレクは周囲を警戒する。しかし、特に魔族がいる様子もなくましてや人間がいるような気配すらない。
「引きずられてどこかに連れて行かれたみたいだね」
「ああ、それは僕も薄っすらとだが見えていた」
「でも、この出血量だとかなり衰退しているだろうね」
とんでもない量の血液が撒き散らされている。この全てが一人の体から出たとなればその人は死んでいるか、かろうじて息があるかのどちらかだ。
この現状からしてブラドが生きている可能性は限りなく低いものと考えられる。
「どういった状況で倒されたのか教えてくれるかしら?」
「……最初から話すよ」
そういってアドリスは事の経緯を始めから話してくれた。
私とアレクはその話を聞きながら、周囲の状況を観察する。
「……といった感じ、だね」
「なるほどね。つまりは強くなった元副団長が急に現れたってことね」
「話の内容から察するにその人は魔族化したってことでいいのかな?」
「そうだね。人間の魔族化に関しては僕も知っていたよ。でも、公にするのは大問題になるから言っていなかったんだ」
思い返してみれば、聖騎士団の上層部の人は人間の魔族化に関して知っていた様子でもあった。もちろん、私たちもそれを疑われて一度は地下牢に閉じ込められてしまったのだが、それはもう過ぎた話だ。
「……そうだろうね」
「それが事実だとして、これからどうするかが問題だね。僕たちも完璧な人間というわけでもないし、すべての攻撃を防ぐことはできないよ」
「それは僕もわかっているよ。だけど、このままではエルラトラムは内側から崩壊してしまうかもしれない」
「内側?」
「元副団長は……セシルの父なんだ。それはミリシアも知ってるね?」
すっかり忘れていた。
そのことを思い出したと同時に、私の背筋に電撃のようなものが走った。
「ミリシア?」
「……すぐに戻りましょう」
「え?」
「早くっ」
私たちは走って来た道を戻っていった。
こんなことをしている場合ではなかったということなのだ。五日も悠長に外側の捜索をしていた事自体、間違いだったのだから。
こんにちは、結坂有です。
事態が急変してきましたね。
これから一体どうなっていくのでしょうか。そして、セシルの安否はどうなのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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