本当の問題、知るべき存在
俺、エレインはレイやアレイシアたちと一緒に施設の奥へと進んでいった。
もちろん、この施設にいたほとんどの人間はもう無力化したためにもういない。施設を牛耳っていた魔族もすでに倒したことだからな。
しかし、この施設でどのようなことが行われているのかはまだわからなかった。だから自分たちの目で確認する必要があったのだ。
「……それにしても気温が低いな。あの地下施設を思い出すぜ」
「そうだな。ただ、あの場所と違うのは気圧の調整がされていないところだ」
「確かにな。地上階と地下一階のこの場所とでは全く違うように感じるな」
俺や小さき盾たちが育ったあの帝国の地下施設は気温だけでなく、気圧や湿度までも細かく調節されていた。全ては俺たちが完全な状態となるまで育てるための完璧な施設とbなっていた。当然ながら、帝国としては国費をふんだんに投じても成功させたかったのだろう。
その結果として俺やレイ、アレクやミリシアを育て上げることができたのだ。
「気圧って、あなたたちの感覚って本当に優れているのね」
「気圧の変化ぐらいわかるだろ」
「普通はわからないわよ。そりゃ急に変わったりしたらわかるけれど」
「そういうもんなのか?」
まぁレイは自然とできるような人間だからな。それも天然な一面もあることから天才肌で間違いない。ただ、そんな彼の唯一の弱点は自分を基準に物事を考えてしまうことだ。
周りもこれができて当然と考えるようなことが何度かある。
俺やアレク、ミリシアならできるかもしれないが、普通の人間はそうレイのようにできるわけではない。
彼のそういった一面を変えるには誰かの指導者としての経験を積むことで変わるのかもしれない。いや、彼を指導者にしてしまったら彼の弟子たちが地獄を見ることになりそうだな。まぁ、それはそれでいい方向に向かうのだろうが。
「レイ、なにか聞こえないか?」
「あ? そういえば、足音みてぇな音がするな」
「なるほどな。そこの壁を破壊してくれるか?」
「ここをか?」
「ああ」
俺が総指を指した壁をレイが魔剣を大きく振り下ろして破壊した。
「え?」
その壁の奥には真っ白な空間が広がっており、真ん中には三人の子どもがいた。ちょうどマナと同じ年齢に見える。
「……私は魔族……私は魔族……」「僕も魔族……僕も魔族……」「魔族……自分は……」
その子どもたちはおそらく洗脳されかけているのかそのような言葉を淡々と口にしていた。おそらくはこの施設でもマナと同じような方法で洗脳していたようだ。
それに彼らが簡単に脱走しないよう地下のこの施設で行っている。
「こんなことを平気でする国だったなんて……」
俺とともに行動していたラクアは何が行われているのかすぐに理解したようであったが、レイとアレイシアはすぐには理解できずにいた。
「あの子たちは何を……」
「人間の魔族化の実験体らしい。この国ではそうやって人間の魔族化を秘密裏で勧めていたってことだ」
「あ? そんなことが許されるのかよ」
「政府のトップがそう判断すればそうなるんだろうな」
「腐った政府だぜ」
「ベイラからある程度聞かされていたけれど、本当にこんなことが起きていたのね」
そんな事を話していると俺たちの背後から何者かが近づいてきた。敵意のようなものは感じられないが、何者だろうか。
「こんなところにいたのか」
「なんだ、あんた?」
「ダイナ・アルテリアだ」
そう自己紹介をされたのだが、名前を聞いたところで俺はよくわからない。
「アルテリアの……エルラトラム議長としてお願いしたいことがあるのだけど」
「お願い、か。むしろ我々の方こそ助けをいただきたいほどだ」
「え?」
「この施設は前の政府の負の一面を露わしていると言っていい。いや、人道的にも許されることではない」
そう言って彼は俺たちの奥に座り込んでいる三人の子どもを見つめて、強く歯を噛み締めた。
「リーリアから洗脳されている子どもがいると聞いていたが、まさか本当だったとは……」
「アルテリア王家はこの事態をどう受け止めているの?」
「重大なことだと考えている。もちろん、この問題の解決のためならどんなことでも協力しよう」
どうやらアルテリア王家としてもこの事態は大きく受け止めている様子だ。まぁ当然といえば当然だろうな。このことを許せる人間はそういないはずだ。
アルテリア王家がどれだけ信頼できるかは俺には判断できないが、アレイシアやリーリアが知っている人であれば問題はないことだろう。王家や政府とのやり取りは俺ではできないからな。ここは彼女たちに任せるとしよう。
「そう、それはよかった」
「でも洗脳されてしまった子どもはどうするの? 施設を破壊したとしても問題は解決していないわ」
そうラクアは鋭く指摘する。ただ、それは問題ないことだろう。
「アルテリア王家の剣は精神干渉を得意としている。このような洗脳など少し時間をかければ取り除くことができるだろう」
「……それならいいのだけど」
「ということはあの子どもたちはアルテリア王家が面倒を見るということでいいかしら?」
「もちろんだ」
そういって彼は三人の子どもに向けて剣を向けた直後、子どもたちはそのまま深い眠りに落ちていった。
精神干渉といえど、すぐに洗脳が取り除けるわけではないそうでこれから半月ほどかけてゆっくりともとの精神状態へと戻していくようだ。
それからのこと、俺たちはこの国のいろんな場所へと歩き回った。もちろん、アレイシアたちと一緒にだ。旅行と言えるほど楽なわけではなかったが、他にも秘匿組織の施設があるのかを調査することにしたのであった。
◆◆◆
エルラトラムに魔族が襲撃してきてから五日後。
私、セシルはカインと一緒に訓練をしていた。とはいっても相手がいるわけでもなくただただ型の練習を続けていた。それだけでも十分に体は鍛えることができる。
「ほんと、セシルってがんばり屋さんなのね」
「そう?」
「襲撃があってからずっと訓練してるでしょ?」
「まぁ、そうだったわね」
思い返してみれば、訓練の後、私は自分自身の実力不足に悩んでいた。
自分なら魔族に勝てると信じていた。しかし、それは聖剣に頼っていた剣術だったからだ。自分自身の力で魔族に勝っているわけではない。もちろん、それはわかっていたこと、理解していたことだ。
人間は魔族に勝てない、だから精霊に力を分け与えてもらっている。理解しているつもりでも意識はなかなか変わらない。
剣を振れば相手は倒れる。実際にはそのはずだったのだ。先日の魔族以外は……
「セシル?」
「……な、何?」
「難しい顔してるわよ」
「少し疲れたみたいね」
すると、カインは私の前に立って私の目を覗き込んできた。
「嘘ね。先日、魔族と戦って何があったのかは知らないけれど、あまり深く考え込まないほうが良いわ」
「それは、わかってるけれど」
「エレインとか小さき盾が異次元なだけで自分が弱いなんて思わないこと、わかった?」
確かにエレインや小さき盾の人たちはとんでもない実力を持っている。聖剣がなくてもある程度魔族と戦えるのではないかとそう思わせるほどに。
しかし、それは私の思い込みなのだろうか。いや、絶対に違う。私にはなくて、彼らにはある実力の正体、それを私は知りたい。とはいってもその正体を掴むのに何をしたら良いのか全くわからない。
だから私はこうして剣を振り、型を極めているのだ。
「わ、わかったわ」
「アレクとミリシアは今日も帰ってこないんだから、無茶はしないようにね?」
「……そうね」
カインの言うとおりだ。
いくら自問自答してもたどり着けるほど、簡単なことではないのかもしれない。朝から剣を振り続けて真っ赤になってしまった手を見つめながら、昔のことを思い出した。
〜〜〜
幼少期の記憶。まだ、父が生きていた頃の記憶だ。
「セシル、己の強さというのは鍛えてだけで強くなるわけではないぞ?」
「じゃあどうやって強くなるの?」
私がそう聞いてみると父は小さく笑って私の頭に手を置いて口を開いた。
「古きを脱するには新しきを得る……簡単に言えば今までのままではだめだってことだ」
「え?」
「まだお前にはわからないだろうな。だが、お前もいずれ限界を感じることがあるだろう。その時は……」
赤紫に染まった空を見上げて父は言葉を続けた。
「その時は、父である俺がなんとかしよう」
「うんっ!」
〜〜〜
その時の記憶は何故か鮮明に覚えている。
唯一父の果たすことのできなかった約束だからだ。
今の私は私の限界に直面している。このままでは今の私を超えることはできない。つまりはエレインや小さき盾に近づくことすらできないということ。
さらなる高みへ目指すと学院に入学したときから誓っていた。父を超え、自分を超え、そして最後には最強となる。入学時の私にはそれができると感じていた。
けれど、それは私の幻想に過ぎないのだとエレインと手合わせしたときから実感點せられた。自分の思っていたことはただの夢物語、実際にはこうしてただ剣を振ることしかできないのだから。
「あれ、扉って開いてた?」
私が訓練用の剣を戻しているとカインがそう聞いてきた。この家の訓練場には二つの扉があり、一つは家へと入るための扉でもう一つは裏庭に通じる道だ。彼女はその裏庭に通じる扉を指差して聞いてきた。
「いえ、開けた覚えはないけれど」
「おかしいわね……」
そう言ってカインがその扉を閉めに向かった。
私は額に流れる汗をタオルで拭って大きく背伸びをした。準備運動はしていたのだけど、激しい運動をしたあとは体が固くなってしまうものだ。
「大きくなったな」
「……え?」
そんな私の背後から聞き慣れた、どこか懐かしい声が聞こえた。
こんにちは、結坂有です。
ヴェルガーの問題は概ね解決しそうですね。あとは政府をどうするかだけですが、この調子だとすぐに良い方向へと向かいそうです。
ところで、セシルのもとへ来たのは一体何者なのでしょうか。話の流れでもうわかりますよね。
それでは次回もお楽しみに……
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