新たな環境に向けて
私、リーリアはクレア、マナと一緒にカフェでゆっくりしていた。今頃エレイン様とラクアはなにかの調査をしていることだろう。
私がエレイン様から受けた命令はマナを休ませることだ。確かに外は蒸し暑い環境と鳴っているためフードを被って全身を覆い隠している彼女にしてみれば過酷な状況のはずだ。いくら魔の力を持っているとはいえ、体の構造は人間そのものでそれ特有の弱点も当然ながら兼ね備えていると考えていいだろう。
事実、フードの中をのぞいてみると彼女はかなりの汗を流してる。
「マナさん、タオルで全身を拭いてください」
「……うん」
私とマナはカフェの中にあるトイレで汗を拭くことにした。
クレアはカウンターで飲み物を注文してくれている。
「暑いですね」
「むれむれ……」
「そうですね。この国はどうしても蒸し暑くなってしまいますからね。この季節だとちょうど夏ですからね」
「施設のときはこんなにも熱くなかったよ」
マナはもともと人間として生きていた。しかし、政府が作った秘匿組織に連れ去られ魔族として生きることを強制させられた。それはいろいろと調べていくうちにわかってきたことだ。
当然ながら、そんなことは許されるべきことではない。人間が魔族として生きていくには非常に困難と言えるだろう。魔の力との適合がなければただちに理性を失い、人間としての意識がなくなってしまう。そうなれば、もう人間とは言えない。
「洗脳しようとしていたようですが、温度管理はしっかりしていたのですね」
「うん……。多分、私が死んでしまったらダメだと思うから」
確かにどれほどの費用をかけて人間を魔族化させているのかはわからないけれど、それでも低予算なわけがないはずだ。
「そうでしょうね。高い費用をかけて施設を作っていることですからね」
最低でもしっかりとした施設を作っているわけで、長い時間、人などを拘束しているのだから食料なども確保しなければいけない
まぁいろいろと考えてみたとしても、すでに魔の力を宿してしまったマナはこれからどのような人生を歩むことになるのか、今の私には想像できない。
「……ん?」
そんな事を考えているとマナがタオルの隙間から私の顔を覗き込んできた。
「いえ、なんでもありません。そろそろ飲み物を買ってくれていると思いますので、戻りましょうか」
「うんっ」
しばらくして私たちはフードをまたマナにかぶらせてトイレを出た。
トイレを出るとクレアがテーブルに飲み物を並べてくれていた。
「あ、リーリアさん。戻りましたか」
「はい。頼んでくれたものを買っていただきありがとうございます」
「ものを買うぐらいどうってこともないですよ。それにお金はリーリアさんのですから」
「そうですか」
私はコーヒーを、クレアはカフェオレを、マナにはあまいジュースを頼んでいた。私は砂糖とミルクを少しだけ入れてゆっくりと口元へと近づける。
家で自分で淹れるコーヒーとは違い、この店は酸味の少ない豆を使っているようだ。こうしたコーヒーを淹れるだけでもそれぞれの個性があり、とても新鮮に感じる。
「リーリアさん、本当に様になっていますね」
「……そうですか?」
「ええ、姿勢というか、雰囲気というか、そういった全てがなんかぴったりですっ」
雰囲気がぴったりとという意味はよくわからないけれど、それでも褒めてくれているのだろう。褒められる事自体は嬉しいのだが、こうして真正面から言われるとどうも恥ずかしいと感じてしまう。
「リーリア、顔が赤い……」
「し、仕方ないです。こう実直に言ってくれる人がいなかったものですから」
「そうなんですか? 師匠はまっすぐに褒めてくれるような人だと思いますけれど」
思い返してみれば、そんな事は考えたことはなかった。確かにエレイン様であれば私のことを褒めてくださることだろうが、褒められるような状況はあまりなかった。
何度かエレイン様の訓練に付き合ったことがあるとはいってもそこまでハイレベルなことはやっていなかった。
「……恥ずかしいことですが、あまり褒められるような状況はなかったものでして」
「そういえば、リーリアさんって訓練しないですよね」
「はい。エレイン様も普段は訓練をあまりなさらないのですよ」
この国に入ってからはクレアとの訓練に付き合っていたこともあって毎日のようにしている。当然ながら、指導を受けているクレアは褒められることが多いことだろう。
意識していなかったけれど、私はそんな褒められる彼女に若干ばかりは嫉妬していたのかもしれない。
「え? それで実力が保てるのってすごくないですか?」
「そう、ですか? 一度覚えたことはあまりわすれないですよ」
「……それでも体とか鈍りますよ?」
「思い返してみても鈍ったと思ったことは一度もないですね」
「す、すごいですね」
道場で訓練していたときも、学院で訓練していたときも、聖騎士団も公正騎士として働いていたときもそのような感覚に陥ったことはなかった。
逆に日々上達していくようなそんな感覚すらあったのだ。
ただ、それは戦うことの多かったからだろう。普通であれば、毎日のように訓練をして、毎日のように魔族との戦いを考えるようなことはしないからだ。それもこの国では魔族の脅威はそこまで考えなくてもいいということなのだから当然だろう。
「過ごしてきた環境の違い、なのですかね」
「……私ももっと頑張らないといけないですっ」
正直言うと頑張ってどうこうできる問題なのかはわからない。生まれた環境は一人が頑張ったところで変わることもないし、意識の変革もすぐにはできないことだ。
しかし、理想を追い求めてそれに近づこうと努力するのはきっとクレアにとってはいい方向に向かうことなのかも知れない。
「こんなところにいたのか」
「っ!」
すると、一人の男性が私たちに話しかけてきた。
「ダイナ……さん。何かようですか?」
「そんなに警戒しなくても良い。あれから色々と調べてみたのだが、確かに政府には資金の横流しの疑いがあるようだな」
「……はい。調べていただいたのですか?」
「それで、この近くにある施設に資金が送金されているとのことでやってきたのだが……」
そう言って彼は私とクレア、マナを一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。
「その様子だと、例の剣聖がその施設へと向かっているのだな?」
「いえ、私はどこに向かわれたのかはわかりません」
どこに向かったのかはわからないが、アレイシアたちの尾行を続けると言っていたのは確かだ。もしかすると、アレイシアたちがその施設に向かっている可能性もあるということかもしれない。
「なるほどな」
「ダイナさんはそこに向かわれるのですか?」
「ああ、そのつもりだ」
つまりはエレイン様と鉢合わせることがあるということだ。私としてもエレイン様の邪魔をさせるわけにはいかない。
ここは少しばかり忠告しなければいけないだろう。
「くれぐれもエレイン様には危害を加えないでください」
「ふむ、どちらが強いのかははっきりさせたいところではあるが、今はそんなことをしている場合ではない。剣聖と一戦交えるのは今度の機会としよう」
「そうですか」
「まぁ心配することはない。全ての問題は我々アルテリア一族が責任を持って解決に協力しよう」
「それは心強いです」
アルテリア一族はこのヴェルガー連邦国の中でもかなり強い地位にいる一族だ。もちろん、強い影響力を持ち、実行力もかなり高いと私は考えている。
そんな彼らが協力してくれるというのなら案外早くにこの国の大きな問題は解決するのかも知れない。
「長話も意味はないからな。その施設へと向かうとするよ」
「……わかりました。お気をつけてください」
そう言って彼はカフェを出ていった。
どうやらマナの魔の力を感じ取ってこのカフェに来たのだろう。彼は魔族との戦いを経験しているこの国では数少ない人だ。当然ながら魔の力に関しての感覚は鋭い。
ただ、少なくとも彼は今のところ私たちの味方でいてくれるそうだ。
こんにちは、結坂有です。
ヴェルガーの国内環境は徐々に変化を迎えるようですね。
影響力の高い貴族も協力してくれるそうで、案外早く問題は解決しそうな兆しです。
それでは次回もお楽しみに……
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまにつぶやきなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu




