存在するべきではない敵
そして、翌日。
俺とアレイシアは村の宿で一晩過ごした。昨日は何者かに監視されていただけで特に何か問題が起きたというわけでもない。馬車を降りた後、俺たちは宿で普通に食事をして、普通に風呂に入って、普通にベッドで寝ただけだ。
それにしても中央区のときとは違い、この村は少しだけ蒸し暑いように思える。こうも暑いとすぐに体力を失ってしまうことだろう。当然ながら、足の不自由なアレイシアはもっと体力が消耗するはずだ。まぁ暑さに乗じて誰かが攻撃してこなければいいのだがな。ただ、天候というものは敵だろうと味方だろうと容赦なく平等に降りかかる。
俺たちが体力を消耗していれば、相手も同じく消耗しているということだ。これはミリシアから聞いて学んだ。
「蒸し暑いわね」
「そうだな。今日は湿度が高いのかもな」
「……特に気にしてなかったけれど、これからは新聞とかで天候などの情報も手に入れるべきね」
俺たちはこの国に来てまだ日が浅い。
ここで住んでいる人たちは宿の中を見ている限りは平気そうにしているが、この天候に慣れない俺たちからすれば、非常に厄介と言える。
暑さとは平等に降りかかるものとはいえ、知っているのと知っていないのとでは状況も少しは変わってくるからな。
「まぁ知らねぇよりかは知っていた方が対処できるかもしれねぇな」
「エルラトラムではここまで気温が上がることはないけれど、ここではどうやら違うみたいだからね」
「暑いのは耐えれるからいいけどよ。これからどうすんだ?」
天候に対して文句を言ってもそれが改善するわけもない。話題を変えるために俺は今日の予定を聞くことにした。
「具体的に考えていないけれど、この村のどこかに秘匿組織の施設があるのは確かなようね」
「らしいな。あのスパイ家政婦が泣きながら訴えたんだからな」
拷問の仕方については詳しく説明はしないが、人間であれば誰でも地獄だと言わせることができるほどきついものを行ったつもりだ。ちなみにこの拷問を教えてくれたのもミリシアだ。
彼女からは戦略的にも教えてもらった上に無駄ではないかと思うような経済や社会のことも教えてくれた。彼女は地下施設のとき、暇さえあれば書物庫でエレインと一緒にずっと本を読んでいたからな。
たまに俺やアレクも本を読むことはあったが、自分の知りたいことばかりであった。
「……流石にあの状況で嘘をつくような強い精神力を持っているとは思えないからね。彼女の言ったことは事実なのでしょう」
「この村は無駄に広いらしいからな。どこにあるか全く見当はつかねぇが、ここに住んでる人に話をすれば少しは情報は掴めるかもな」
「そうね。でも、本当にそんな施設が存在するかは探してみないとわからないからね。彼女を利用するためだけに特設したような場所だったりすればもうなくなっていることだろうし」
アレイシアの言うようにその可能性もあるだろう。あのスパイ家政婦が捕まるという可能性を考えれば、偽の施設で彼女を雇うことだってありえない話ではない。それにとんでもない資金を持っているらしいからな。
「へっ、なかったらなかったでまた探せばいいだけだ」
「ええ、幸いにも私たちはまだここに滞在することができるわけだしね」
俺たちがするべきことは政府へと直接訴えかけることだったが、予想外の展開がいくつもあったためにもう一ヶ月だけここに滞在することを決めた。
それはベイラの家を出る直前に決めたことだ。もちろん、それらの趣旨を書いた手紙もエルラトラム議会へと送った。返事はなくとも議長代理のユレイナがなんとかしてくれるらしいからな。
「後でユレイナがなんていうか知らねぇがな」
「……怒られるのは覚悟してるわよ」
結果的にユレイナの議長代理としての仕事量が増えてしまったのは現議長であるアレイシアも悪いと思っているようだ。
それから俺たちはさっそくこの村に存在しているであろう謎の施設について聞き取り調査を始めることにした。とはいっても宿を出てすぐに村人がいるわけではなく、この時間帯だとほとんどの村人は商業地の方にいる。
まぁ住宅地にも人が全くいないわけではないが、急に誰かの家に押しかけるわけにもいかないため、俺たちは商業地の方へと向かうことにした。
ただ、商業地とは名ばかりで小さな商店が立ち並んでいたり、複数の工房があるだけなのだがな。とりあえず、今俺たちがいる住宅地では聞き取り調査はできないことだろう。
「さてと、行きましょうか」
「ああ、無理はすんなよ」
「わかっているわ。疲れたらすぐに言うわよ」
俺はともかくエルラトラム議長である彼女は命を狙われやすい立場ではある。そのために俺が彼女の護衛という役を務めているわけだからな。彼女が危険な状況に陥らないためにもしっかりと管理しなければいけないのだ。
「わかってるならいいんだけどな」
そして、宿を出て商業地へと向かう。
宿から商業地までは少し距離があるため、しばらくは人気の少ない住宅地を抜けることになる。
「……」
わかっていたことなのだが、宿を出てから誰かに付けられている気配がする。アレクほど感覚が優れているわけではないとはいえ、ここまでわかりやすいとなると流石に俺でも感じてしまう。
「どうかした?」
「いや、昨日馬車を降りてからなんだが、誰かに監視されているみたいでな」
「監視?」
「ああ、まぁ向こうが何も手を出してこないのなら放っておく方がいいがな」
俺たちからなにかアクションを起こしたとして、事態が悪い方向に向かうことだってあるからな。それだけは避けたいところだ。
俺一人なら襲ってくる連中を全滅させることはできたとしても、今はアレイシアを護衛しなければいけない状況、すべての攻撃から彼女を守ることは難しい。
「ベイラの言っていた秘匿組織の一員、だったりして?」
「誰だろうが構わねぇが、うざってぇのには変わりないがな」
「だけど、今は何もしなくていいわけよね?」
「……っ」
そんな事を話していると急に気配が消えた。
「何?」
「……気配が消えた。理由はわからねぇがな」
ほんの一瞬で気配が消えたのだ。
いくつか理由はあるかもしれないが、それらを調査するのは俺でも愚策だと言える。
「このまま商業地に向かっていいかしら?」
「まぁ問題はねぇと思うぜ」
「そう、それは安心ね」
それから俺たちは商業地へと向かった。
◆◆◆
「エレイン様、この人たちをどうしますか?」
「……とりあえずは尋問だな」
俺、エレインはアレイシアとレイを尾行していた連中を捕らえていた。彼女たちがここに来ることは想定していなかったが、ここに来てしまった以上は援護をした方がいいだろう。
ここに彼女たちが来ているということはおそらくベイラからなにか依頼されてのことだろう。おそらくは俺たちがしようとしていることと同じことかもしれいないからな。
「それにしても、エレイン。どうしてここにいるってわかったの?」
「足音がかすかに聞こえてな。レイの足音は特徴的だからな」
「……でもかなり離れているわよ」
確かにレイとの距離はここから一〇〇メートル以上は離れている。普通の人間なら聞き取ることはできないかもしれないな。
「まぁあの距離ぐらいなら聞き取れる」
「ほんと、意味がわからないわ」
そう言ってラクアは呆れたようにため息をついた。
それにしてもアレイシアたちを尾行していたこの連中は普通にこの村に住んでいる人だ。秘匿組織の一員であるとも考えられるが、どうやらそういった様子ではないだろう。可能性としては洗脳されているという事もありえる。
そのことに関してはリーリアの精神分析でわかってくることだろうな。
まぁ少なくとも俺が俺自身であり続けるためにも、洗脳された彼らと同調してしまってはいけないだろう。少なくとも、俺は人間でありたいからな。
こんにちは、結坂有です。
激しい戦闘が始まりそうな予感ですね。
それにしてもエレインの五感はとんでもなく鋭いようです。彼もそうですが、小さき盾の人たちとも敵対はしたくないものですね。
それでは次回もお楽しみに……
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