変わらない想い
二時を過ぎた頃に中央区を出発、そしてそれから一番近くの村へと向かった。
この村は中央区から一番近く、資料に書かれていた洗脳の施された村人が多く住んでいるそうだ。ただ、中央区から一番近いと言っても馬車で三時間ほど掛かる場所で、すでに辺りは薄暗くなり始めていた。
「エレイン様、荷物をお持ちしましょうか」
「いや、これぐらい持てる」
今持っているトラベルケースは服が多く入っているもので苦労するほど重たくはない。まぁその服の多くは女性用のものではあるのだが、リーリアやラクアたちもそれぞれ必要な荷物を持ってくれているからな。荷物を全てリーリアに持たせて、自分だけ楽をするというのは、いくら彼女がメイドであれどそうはしたくないものだ。
「そうですか。重たくなりましたら言ってください。宿まではもう少し歩きますから」
「わかった」
中央区は少しでも歩けば何でもできてしまうほどに密度の濃い場所ではあったが、ここの村は面積だけが広いだけで店や施設などが中央区のように乱立しているわけではない。
それに馬車を降りてから視線を感じている。かなり遠くから監視するように俺たちを見ているようで秘匿組織の一員だろうな。今のところは何かを仕掛けてくる気配はないため、強く警戒しなければいけないわけではない。
それに情報が揃い次第、俺たちから出向くことになる。慌ててしまっては足を掬われることだってあるからな。ここは俺たちも様子を窺うことにしようか。
「貴族の家系だって聞いていたけれど、メイドをこき使うような人ではないのね」
「師匠はそんな人ではないと思いますよっ」
なぜか俺やリーリアではなくクレアがいち早く反応した。
まぁリーリアにはかなり助けてもらっているところがあるため、俺はあまり彼女の迷惑になるようなことをしたくないだけだ。ただ、リーリアは気にせず利用してほしいと言っているようだが……
「エレイン様は自ら何かを命令することは殆どありません。それにとてもお優しい方なので私のことを気遣ってくれているのですよ」
「優しい、ね。エレインを怒らせたら一番怖いだろうね」
「……ですが、お怒りになられたことは何度かありますよ?」
「し、師匠がですか? 温厚そうなのに……。何があったのですか」
クレアがリーリアに詳しく聞こうとしている。すると、リーリアが話してもいいか、目で聞いてきた。
俺は軽くうなずいて喋ることを許すと彼女はゆっくりと口を開いて、事の経緯を話し始めた。
「私がまだ正式にエレイン様のメイドをする前のことでした。当時は別の組織の一員でしたのでエレイン様に強く奉仕するにはいろいろと制約があったのです」
「ふーん、組織の方針とか?」
「はい。私が所属していた組織ではエレイン様の詳細な情報を手に入れようとしていました。初めの方は私もその方針に従っていました」
そのことは俺もよく知っている。当時は聖騎士団団長だったブラドが俺のことを強く管理しようとしていたこともあって、それで公正騎士兼メイドとなっていたリーリアから詳しい情報を聞き出していた。最初の方はリーリアも情報を送っていたようではあったが、あることをきっかけにその情報を渡すことを拒否したのだ。
思い返してみれば、ブラドもかなり手荒な手段を使っていたな。もちろん、権力を少し強引に振るうことができるほどの実力者である彼に逆らうのはリーリアとて簡単なことではなかっただろう。
「ですが、エレイン様はあの組織の管轄下に置かれるべき人物ではないと私は判断しました。無論、組織の方針を逆らった私に対して、上司は私を拷問にかけようとしたのです」
「……聞いてるだけでとんでもない組織だってことは理解できるわ」
「そんな、エルラトラムでも大変なのですね」
正直言うと聖騎士団のやり方は倫理的には問題であることは確かだが、腐りきっていた当時の議会に歯向かうためには必要なことだったのかもしれない。ただ、議長が俺のことに手を焼いたせいもあってか、聖騎士団は議会の浄化を実行することができたということだ。
まぁ俺が知らないところでいろいろとブラドが頑張っていたということらしい。
「その時にエレイン様が駆けつけてくださって……」
そして、次第にリーリアの表情が赤くなり、それを隠すように頬を手で隠しながら彼女は言葉を続ける。
「助けてくださったエレイン様は私を抱き上げて、そのままお風呂へと……」
「待て、その言い方には語弊がある」
「……お風呂?」
「あっ! 汚れた体を洗い流した、とかですか?」
どこまでも純粋なクレアはふしだらなことなど一切考えず、素直にそう言った。まぁ本当にそれだけだったのであれば、話はややこしくはないのだがな。
すると、ラクアはそんな純粋な彼女に向かって口を開いた。
「話している彼女の顔からしてそれだけじゃないのよ」
「どういうこと、ですか?」
「男女二人でお風呂なんて……きっといかがわしいことがあったに違いないわ」
「え? ……っ!」
やっと理解したのかクレアも顔を赤らめて開いた口を手で覆った。
「いや、風呂に入ったのは事実だがそれ以上のことはしていない」
「そうですよ、みなさん。香り立つ石鹸の泡と温かく気持ちの良い肌の感触を共有しただけに過ぎません」
「はぅう……」
限りなく直接的な表現でリーリアは平然と話を終えた。俺が怒ったという話からなんとも遠くに話が終着してしまったのはなぜだろうか。
その話を聞いて今まで興味深そうに聞いていたクレアは顔を真っ赤にして、ラクアもまた頬を手で多いながら俺の方を見つめた。
「……エレインとリーリアって恋人なの?」
「そういうわけではない、と認識している」
「はい。私たちは主従関係です。私がエレイン様と対等の立場で付き合えるとは到底思えません」
「なんか、歪んでる」「歪んでますね」
「なにが歪んでるの?」
なんの話をしているのか全く理解できていないマナは首を傾げながら、そうつぶやく。すると、そんな彼女に対してリーリアが話し始めた。
「大人には大人の関係があるのですよ。マナさんももう少しすれば理解できると思います」
「お、大人の関係っ! なんかかっこいいっ」
何故かその言葉に強い興味を持ってしまったのか、マナがはしゃぎ始めた。彼女は干渉を受けてもすぐに回復するほどの安定した精神と高い実力を持って入るものの、本人自身は一〇歳過ぎの少女だ。俺たちが話していることを完全に理解するまでにはまだ数年はかかることだろう。いや、数年はかかると思いたい。
「なんだろう。とんでもなく悪いことをしているように見えるわ」
そんなリーリアとマナのやり取りを見てラクアがそうつぶやいたのであった。
◆◆◆
俺、レイはアレイシアとともにある場所へと向かっていた。
外は夕方、ここに来るまでにいろいろと時間がかかったが、それに関しては別に何も問題ではない。
問題なのは俺たちの行き先だ。
ベイラの屋敷で盗み聞きをしていた日雇い家政婦を取り押さえて、情報を聞き出したところ、彼女を送りつけた人物は中央区に近いとある村にいると言っていた。それで俺たちは調査に向かうべくしてここに来た。
「それにしても、アレイシアがわざわざここに来なくても良かったんじゃねぇか?」
「いいえ、これは私たちの問題でもあるからね。エルラトラムに何も危害がないわけではないのよ」
「そうかもしれねぇけどよ」
「……足が不自由なのはやっぱり足手まとい?」
すると、彼女は少しだけ落ち込みながらそういった。
いや、足が不自由だろうが関係はない。人にはできることとできないことがある。できないことに惑わされず、自分のできることを最大限に活用してやり遂げることができれば足手まといでもなんでもない。
つまりは、彼女は自分にできることやり遂げようと心がけている。足手まといでもなんでもない。
「そうはいってねぇだろ? ただ、無理してねぇのかってことだ」
「無理はしていないわ。私にもできることはあるの」
「できること?」
「ええ、私がいればある程度の交渉は進めることができるわよ」
交渉、俺に到底出来なさそうなことを彼女は平然とできる。それにベイラやスパイ家政婦から聞き出した情報を完全に理解できているのは彼女しかいないからな。
その点で言えば、確かにそばにいた方が役に立つだろう。
「……まぁそうだけどよ」
「それなら何も文句はないわね。行くわよ」
そう言って彼女は杖を突いて馬車を降りた。俺もそれに続いて馬車に降りる。
その直後、なぜか違和感を覚えた。誰かに監視されているような、そんな不快な感覚がしたのであった。
こんにちは、結坂有です。
いつまでもエレインにご奉仕したいと思っているリーリア、どこまでもエレインの役に立ちたいと思っているアレイシア。二人は手段は違えど、想いは変わっていないようです。
それでは次回もお楽しみに……
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