力及ばずのこと
俺、エレインはリーリアたちとともに中央区で買い物を続けていた。
朝食を食べてから数時間ほど、正午を挟んで今は一時半だ。とはいってもまだお腹が空いているわけではない。遅めの朝食だったために仕方のないことだろう。
「エレイン様、いろんなお店がありますね」
「そうだな。同じ商品を扱っているはずなのに何店舗もあるのが不思議だ」
「エルラトラムだとこんなに店が並んでいるような場所はないの?」
エルラトラム国内のことを詳しく知りたいラクアはそう俺たちに質問してくる。
確かにここまで店が並んでいる場所といえば商店街などが思い浮かぶのだが、さすがにビルなどが多く立ち並んで、更に多くの専門店が乱立している場所は見たことがない。
「そうですね。デパートと呼ばれる場所はありますけど、区内全体がこの様になっている場所はないです」
「ああ、たしかにそうだったな」
「そう……でもヴェルガーも中央区だけが発展しすぎているだけだからね」
つまりはこの中央区が特別だということなのだろう。今までの旅でもここまで大量の専門店街が並んでいるような場所はなかったからな。
ラクアの言うように中央区以外であればエルラトラムとなんらかわりはないということのようだ。
「そうなのかもしれないが、こういった場所が一つでもあると経済は大きく発展するからな」
「まぁそれはそうなんだけどね」
俺の発言に対してラクアは少し残念そうな表情をした。彼女は権力や経済が一箇所に集中するのは良くないと主張しているようだからな。確かに、この中央区の現状には不満を覚えていることだろう。
しかし、しっかりと管理し、統制が取れていれば多くの問題は解決できるはずだ。この国の政治情勢に関してはまだ詳しくは知らないが、きっとうまく対策を組んでいれば問題が起きることはないだろう。
「それでは少し買い物をしましょうか」
「はい!」
それからリーリアとクレアを中心に買い物の続きが始まった。
俺たちが今いるこの場所には様々なデザインの服があり、それぞれ特徴があるようだ。実用性のある服なのか、見た目重視の服なのかで大きくわかれている。俺は実用性の高いもののほうがいいと思うのだが、リーリアとクレアは見た目もこだわりたいようでいろんなものと比較しながら選んでいた。
これからは季節が変わるために服装を変える必要があるとのことだ。幸いにも俺の服は神が作ってくれたもので季節の変化にもある程度順応してくれるようだ。
ただ、リーリアは以前から派手ではないものの服にはある種のこだわりを持っている。まぁ彼女のことはあまり束縛したくはないからな。今は彼女の好きなようにするべきだろう。
彼女ならわからなくはないが、クレアが服装にこだわるのは意外であった。
「クレアもファッションに気を使っているのか?」
「はいっ。子供の頃からかわいい服とか好きでした。今は落ち着いたデザインのものが好きですね」
「そうなのか」
「師匠はなにかこだわりがあるのですか?」
「いや、特に服に関しては気にしたことがないな。実用性のあるものであれば何でもいいと思っている」
すると彼女は俺の今着ている服を観察し始めた。
「……そういえばその服、ほとんど汚れたりしていませんよね?」
「定期的に洗濯しているからな。よごれたりはしないだろ」
「私には不思議だと思いますよ。洗濯だって汚れの全てが綺麗に取れるわけではないのですから」
確かに洗濯で全ての汚れが取れるかと言われればそれは違うということはよく理解している。事実、地下施設での服は自分たちで洗っていたが、半年ぐらいで汚れが目立ってくる。その汚れは洗濯などでは取れないものだ。そのため、定期的に新しい服を用意してくれていた。
「そうなのかもしれないな」
「もしかすると、師匠の服ってとんでもなくいいものだったりしますか?」
「……確かにいいものを使っているな」
「そうなんですねっ」
まぁとある神が全霊をかけて作った装備だとは口が裂けても言えないだろうな。
それから彼女は自分の好きな服を選びにリーリアとともに店の奥へと向かっていった。
残されたのは俺とラクア、そしてフードを深くかぶった状態のマナだ。マナは外に出るのは苦手なのか口数が少なくなってしまっている。まぁ喋りすぎるとあの秘匿組織とやらに気づかれてしまうかもしれないからな。今は話しかけないほうがいいだろう。
そんなことを考えているとラクアが俺の方を向いてゆっくりと口を開いた。
「……エレインは、やはり可愛らしい服装の方がいいと思う?」
「どういうことだ?」
「ファッションに疎いから……」
どういった服装がいいのか、他人から意見を聞こうとしているのだろうな。自分だとどのようなものが似合うかなどわからないものだからな。
実際に俺自身も似合っているかどうかは全くわからないということもある。
おそらくだが、彼女はどのような服が自分に似合うのか聞いているのだろう。
俺は彼女の正面に立って彼女の体格を確認する。
「っ!」
「少し見せてくれるか?」
「え、ええ……」
正面から見られるのが少し恥ずかしいのか、彼女の頬を少しだけ赤く染まっていた。
改めて彼女の体格を見てみるとスラリと長く伸びた美しい脚に引き締まったくびれ、ふっくらとふくらんだ胸など魅力に感じるような要素がかなりはっきりしているように見える。
単に可愛らしい服装ではなく、体の輪郭をよく見せれるような服装がいいだろう。そして、性格などから派手な装飾などはない方がいい。
「そうだな。持ち前の美しい輪郭を十分に活かせれるような服装で、性格から考えて落ち着いたデザインの方がいいと思う」
「……確かにそうなのかもしれないわね」
そう言って彼女は近くの姿見で俺の言葉を確認するように眺めている。
「参考になったか?」
「なったわよ。なんか、そういうのに無頓着ないめーじだったから意外ね」
「まぁ俺自身、ファッションに気を使っていないのだがな」
ただ、リーリアの買い物に付き合ったりしたこともあったからどのような服があるのかはよく知っているつもりだ。
「そうなのね」
ラクアはそう言って姿見で自分の姿をうなずきながら眺めていた。何かの確認なのかもしれないが、詳しい内容まで聞くのは野暮だろうな。
それにしても見回してみると本当にたくさんの服が並べられている。意味があるのかわからない装飾があったりするが、それらを理解するのは今の俺には不可能なのかもしれないな
「……ねぇ、まだ時間かかりそ?」
すると、フードをかぶったままのマナが俺に話しかけてきた。
「そうだな。どうかしたか」
「誰かに見られてたり、しない?」
「今の所、俺たちに向けてくる視線や気配は少ないように思える。まぁほとんどの視線は剣聖の称号を持った俺に向けられているようではあるからな」
「それなら、安心」
どうやら少しは安心してくれたようだ。
俺たちに向けられている多くの視線は新聞などで有名になってしまった剣聖である俺を見ているようだ。一般の人であれば剣聖という称号を持った人間にそう気軽に話しかけようとは思わないだろう。
とりあえずは、中央区で何かに巻き込まれたり命を狙われることはない。
それから少しだけ長かった服選びが終わり、俺たちは中央区から出ることにした。
そして、これから向かう場所は洗脳が行われていると言われている村の一つだ。若干ながら嫌な予感を感じるが、これも剣聖としての役目を果たすためだ。エルラトラムだけが平和では意味がない。世界が魔族の脅威から解放されることが平和と言えるだろう。
こんにちは、結坂有です。
少し落ち着いた回でしたね。
いつになるかは全く決まっていませんが、この作品と関連した別作品を考えていたりします。
それでは次回もお楽しみに……
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