何もないという恐怖
俺、エレインはみんなと朝食を食べていた。
時刻は十時前を指しており、少し遅めの朝食ではある。まぁ俺も含めリーリアやラクアたちは疲れていたからな。睡眠を多くとっても問題はないはずだ。むしろ、ゆっくりできるときに疲れを癒やすに越したことがないからな。
「エレイン様。私、寝言とか言っていませんでしたか?」
朝起きたときからリーリアが聞いてきている。これで三回目だ。
寝言に入るのかはわからないが、いつもの彼女ではない甘えた声で話しかけてきていたのは覚えている。当然ながら、彼女にとっては失礼なことをしたとして謝ることだろう。それはできれば避けたいところだ。
「何度も言っているが、俺もずっと寝ていたからな。そのあたりのことは覚えていない」
「薄っすらとですが、とんでもなく失礼なことをしてしまったと記憶しているのですが……」
「夢の中の話ではないのか?」
「いえ、明らかに横でエレイン様がいたような気がします」
彼女がそう言うとラクアが彼女の方を向いた。
「エレインのこと、考えすぎて夢の中まで出てきたんじゃないの?」
「っ! そんな、エレイン様が夢の中まで……」
反論するどころか、リーリアはなぜか顔を赤く染めて俺から視線をそらした。
最近の彼女は情緒が安定していないように思える。いや、安定させようとしていないだけなのだろうか。そもそも、彼女は魔剣の力をうまく活用すれば安定した精神状態を作り出すことができるはずだ。
スカートの中を覗いたわけではないが、彼女の魔剣はおそらく別のなにかをしているのかそれとも休憩しているのかのどちらかだろう。まぁ後者である可能性はかなり低いはずだがな。
「そう言っている時点でそうなんじゃないの? 過ぎたことばかり気にしても意味はないわよ」
「……それはそうですけど、事実確認は必要だと思います」
ラクアの言うことも正論ではある。もちろん、そのことはリーリアもわかっていることだろうが、彼女は事実を確認するべきだと思っているようだ。
公正騎士としていろいろと活躍していたこともあったそうだからな。事実確認をしたいのは当然のことなのだろう。
「必要ないわよ。エレインだって気にしてないんでしょ?」
「気にしていないというか、そもそも覚えていないからな。何があったのかもよくわからない」
「でしたら、何があったのか誰も証言できないですよね?」
話をずっと聞いていたクレアがそう言った。
リーリアの記憶も曖昧、そして当事者である俺も記憶がないとなれば証明することはできないと言える。
「……本当に記憶はないのですか?」
「ああ」
「わかりました。エレイン様を信じます」
どうやら信じてくれたようだ。三度目の正直、というわけではないが、これ以上は彼女も追及してくることはないはずだ。
「それよりもマナ。体調はどうだ?」
「ん? 絶好調だよ! でも、昨日の記憶はあんまりないかな」
「そうか。体調が優れているのなら問題ない」
精神干渉を受けてしまったようで、ずっと眠っていた。本人曰く、絶好調ということで体調の方は心配する必要はないだろう。
心配するべきはこれから彼女をどうするべきかだ。
彼女はこの国で実験対象としてずっと過ごしていた。他にも彼女のような存在がいるのかもしれないが、少なくとも彼女は逃げ出すべく施設を脱走した。受けていた洗脳を自ら解いたのだ。
つまりは強い精神力を持っていることになる。聖剣や魔剣などで強い精神干渉を受けてしまったとなれば話は別だが、十分な強さを持っているのは確かだろう。それに彼女には武術における才能もあるようだ。ラクアの動きを見様見真似で習得しつつある。その点についてはラクアも認めているからな。
ただ、将来を決めるのはマナ自身だ。それを俺たちが強制する権利はないだろう。
「昨日のことは何も覚えていないのですね」
「うーん、ちょっとだけ……かな?」
精神干渉に対する耐性が少しでもないのだとしたら、ほとんど記憶がない状態なのだろう。
「そうか。無理に思い出す必要もない。今を楽しむといい」
「うん! エレインと一緒にいるの楽しいっ!」
「……でしたら、今日はみなさんで中央区を歩きましょうか。ちょうど旅に必要な物資も少なくなっていることですし」
「ああ、その方がいいな」
もともと中央区に着いたらすぐにでも調達したかったのだが、ここに入ったときの違和感で悠長に買い物をしている場合ではなかったからな。
すると、食事を終えたリーリアが俺の方を向いてゆっくりと口を開いた。
「アレイシア様のこともあります。すぐにでも中央区以外の様子も調査するべきかと考えていますが、エレイン様はどうお考えですか?」
「俺も同じ意見だ。すぐにでも調査に出て秘匿組織とやらの正体を解明しなければいけないからな」
政府の高官が魔族によって支配されかけていたというのは昨日までのことだ。それ以前に彼らは秘匿組織と言って連邦政府とは別に独自で活動をする組織を設立したそうだ。それはいくつかの資料で存在は明らかなものとなっている。
それらの組織をいち早く解明しなければ、本当にヴェルガー大陸の問題を解決したことにならないだろう。
「ただ、休憩することも大事だからな。今日は物資の調達をするぐらいで他の時間は体を休めることに専念するべきだ」
「はい。私もそう思います」
「クレアの訓練に関しても今日は休みとする」
「あ、わかりましたっ」
彼女もかなり疲れが溜まっていることだろう。一日ぐらいは訓練から離れ、ゆっくりと体を休めることも重要だ。
「……それにしても、エレインと二人きりになれる時間ってないわね」
「当然です。エレイン様と私は常に一緒にいますから」
「常に一緒は少し困るのだが、まぁ俺としても助かっているところがあるからな」
リーリアはどこに向かうにしても基本的にともに行動していることが多い。それは学院の頃から同じだ。俺としても別にそれで困ったことはなく、むしろ助けられていることのほうが多い気がするからな。
今後も彼女が俺のメイドとしてそばにいてくれるのなら本当にありがたいことだ。
「……それはそうだけど、ちょっと複雑な気持ちだわ」
「どういうことですか?」
そんなため息混じりにラクアがつぶやくと、クレアが話しかけた。
「そのままの意味よ。エレインと二人になれたらいろんな事ができそうだと思わない?」
「いろんなこと……。訓練とかなにかですか?」
「それもあるわ。エレインの全てを理解しないと勝てないからね」
「師匠に勝ちたい、のですか?」
「……ある意味そうよ」
自分でも何を言っているのかわからないのか、ラクアはそういって顔をそむけた。
俺には彼女たちが考えている全ては理解できない。そもそもどういう理由があってそのような話をしているのかもわかっていないのだ。
しかし、理解できないといえどある程度俺に対して好意を持っていることは間違いないようだ。これから何も起きないことを願うのだが、あいにく、自分たちから事件を仕掛けようとしている。
なにもないことばかりが平和というわけではないのだろう。
こうして、気の許せる人と信頼できる仲間とでいろんな所へ旅をするというのもそれはそれで楽しいものだ。それに、目に見えないところで何かが起こっているよりかは見えるところの方が安心できるのもまた事実でもあるからな。
まぁ本当の恐怖というのは何も理解できずに事件の荒波に飲まれることなのだ。
こんにちは、結坂有です。
次回から少しずつ戦闘シーンが増えていくと思います。
このヴェルガーという国、本当はどこまで闇が深いのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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