同志の思い
夢の中、俺、エレインは精霊であるイレイラと話していた。
別に大した意味はないのだが、最近はこうして夢の中で彼女と話すことが多くなっている。どうやら寂しいのだそうだ。
「エレイン様、私はこのままでいいのでしょうか」
「このままでいいとは?」
「私はアンドレイア様やクロノス様のように直接力を付与することはできないのです。もし私の力がエレイン様のお役に立てるのなら、この魂、エレイン様に捧げたいと考えています」
そうまっすぐに桜色の瞳を輝かせながら、彼女はおれにそう言ってきた。それは覚悟の表れでもある。そして、彼女の堕精霊になってでも俺に忠誠を誓うという決意でもある。確かに彼女の”追加”という能力はとんでもない力でもある。当然ながら、魔剣として自由にその力を発揮できるのであれば便利だろう。
ただ、俺には少しだけ懸念していることがある。それはだれでも堕精霊になればいいというわけではないということだ。
もし、彼女が堕精霊になれるほどの力量があれば、それはいいことなのかもしれない。しかし、彼女はアンドレイアやクロノスのように精霊として強大な力を持っているわけではないのだ。
堕精霊となって自由にすごすことができたとしてもそれは制限付きの魔剣になってしまう。それは俺としても避けたい。
こうして仲良くなったのだ。掟に抵触しない程度にはずっと一緒に過ごしていきたいと考えている。
「それは嬉しいのだが、イレイラに堕精霊として生きていけるほどの力量はあるのか? ほとんどの精霊は神樹に依存して生きていると聞いている。神樹からの保護がなくなったとき、一人で生きていけるほどの力を持っているのか?」
「……それは、持っていないと思います。私の器は底まで大きくはありません。当然ながら、強大すぎる力故に私の少ない器はすぐに底をつくことでしょう」
アンドレイアやクロノスは強力な力と膨大な精霊力の器を持っていることだろう。彼女たちの精霊力は一日で底をつくことはない。そして、自らの精霊力を糧にして自身の存在を確固たるものにできる術も持っている。
ただ、目の前のイレイラには彼女らのような力量を持っているわけではない。
「それなら堕精霊となって魔剣になることは許可できない」
「……それだと私の価値は低いまま、ではないでしょうか」
そう自分を過小評価するところは相変わらず変わっていないようだ。
俺は彼女の瞳をじっと見つめる。すると、彼女の頬は徐々に赤く染まっていく。
「イレイラがどう思っているのか知ったことではないが、俺はイレイラの力を弱いとは思っていない。むしろアンドレイアやクロノスと同じぐらいは重要だと考えている」
「本当、ですか?」
「ああ、当然だ。アンドレイアも内心は認めている。口ではああ言っているがな」
それを聞くと彼女は小さく息を吐いた。彼女なりに悩んでいたことなのだろう。自分の命に変えてでも俺に奉仕したい、リーリアもそれに近いことを言っていた。
誰かが俺のことを大切に思っている、それは本当に嬉しいことなのだが、自殺するようなことだけはしてほしくなない。もう、あの部屋での別れを現実のものにしたくはないからな。
「……エレイン様、大好きです」
そういって彼女は俺に抱きついてきた。
今までは今日あったことを話す事が多かったのだが、こうして悩みを打ち解けてくれたのは徐々に心が打ち解けてきているということだろうか。まぁどちらにしろ、好きと言われるのはなんとも小恥ずかしいもので、憂いしものでもあるのだな。
それからしばらくイレイラと話をして、俺はベッドの上で目が覚める。
横目で外を見ると薄っすらと明るくなり始めていた。睡眠中の記憶がまったくない。いや、普通は睡眠中の記憶が残らないようではあるが、今の場合はまだ慣れていないヴェルガーという場所だからな。
つまりは、この夜中に誰かが侵入でもしてきたとしたら対処できなかったかもしれないということだ。長旅の疲れが残っていたのか熟睡という状態だったのは今後気をつけるべきだろう。
そう心の中で決意を固めて、ゆっくりと起き上がろうとする。
「……んっ」
艶かしい声が耳朶に触れる。リーリアの声だ。
意識はしていなかったが、俺の右腕を彼女は強く全身で抱きしめていた。肩は彼女の柔らかい胸に圧迫され、手や指先が絹のように美しく滑らかな生暖かい太ももに挟まれている。
そんな彼女の表情を見てみると窓から差し込む光で美しい茶髪は黄金のように輝き、それでいて整った顔立ちはより彼女を妖艶なものへと演出していた。
「……」
「エレイン様ぁ……ダメですよぉ」
そう言って彼女は更に強く俺の腕を抱きしめる。
その力で若干腕がうっ血してくる。ただ彼女を起こすわけにもいかないため動くことはできない。
いったいどのような夢を見ているのかは俺の知ったところではないのだが、少しだけ気になってしまうのはどうしてだろうか。ともあれ、この状態ではどうすることもできない。もう少しだけ目を閉じておくとしようか。
一時間ほどして、外も十分明るくなった頃。
「ん……エレイン様ぁ?」
いつものキリッとした声とは違い、かなり甘い声を出したリーリアは俺の右腕をゆっくりと解放すると俺の顔を覗き込んできた。
「おはよう。リーリア」
「……おはようございますぅ」
まだ少しだけ寝ぼけているのか甘い声を出してくる彼女はいつもとは全く印象が違う。
「まだ疲れが残っているのか?」
「その……もう少しだけ眠ってもよろしいですかぁ?」
「ああ、ゆっくりできるときに休むのは当然のことだからな」
「えへへ、そうさせていただきますぅ」
すると、彼女はまた俺の右腕を強く抱きしめてきた。
いつもはもっとクールなはずなのだが、今日の彼女は今まで以上に甘えん坊のようだ。まるで子どもに懐かれているような感覚でもある。
子どもといえばマナはどうしているだろうか。
左横を見てみると彼女は掛け布団に包まって顔だけを出している。その奥のラクアやクレアも疲れが残っているようでぐっすりと眠っている様子だ。俺自身もまだ回復できていないため、今日一日はゆっくりしたいものだ。ここに来てからクレアの訓練に付き合ったり、連邦政府の調査を始めてみたりと休む暇がなかったのも事実。一段落ついたところで少しぐらいはゆっくりしてもいいだろう。
そして、俺はリーリアの温もりを感じながら天井を見上げた。
◆◆◆
俺、レイは個室で目を覚ました。
外はすでに明るくなっており、どういうわけか窓が開いていた。
昨日の夜に窓を開けた覚えはないのだが、誰かが開けたのだろうか。まぁ開けたと慣ればアレイシアぐらいだろう。
俺は横のベッドへと視線を移す。
「すぅ……」
彼女はまだ眠っているようで起きる気配すらない。女性の寝ている姿というのはミリシアで見慣れていると思ったのだが、どうもアレイシアは違うように感じる。
一言に女性と言っても寝姿は全く違う。人それぞれ性格が違うように寝姿も違うのだろう。
思い返してみれば、彼女は俺が寝る直前までベイラが提示してきた資料を読んでいた。俺が夢の中にいるときも彼女はきっと資料とにらめっこしていたはずだ。そのときに外の空気を吸うために窓を開けたのかもしれないな。
この個室は三階に位置しているため、誰かが外から侵入してくることもない。
「……くしゅんっ」
そんな事を考えているとアレイシアが急にくしゃみをした。
「ったく、風邪でも引いたらどうすんだよ……」
どうやら外の風を浴びすぎたのか体が冷えたまま寝てしまっていたようだ。
俺は自分の掛け布団を取って掛け布団を二重にした。これなら体も温まることだろう。
それにしてもこの屋敷、別荘にしては本当に広すぎる気がする。そしてなにか不気味なまでに静かだ。うるさいのもそれはそれで嫌ではあるが、この静けさはなにか悪いものすら感じさせる。
ベイラは悪いやつには見えないけれど、その他の家政婦の連中が気になる。
それに、この屋敷周辺からも嫌な予感が漂ってきている。アレクほど気配に敏感というわけではないが、ここまで強いのはさすがの俺でも感じ取ることができる。
これはきっと危険で、それでいて闇が深い問題が起きそうだ。
政府高官の連中が魔族に支配されていた事態よりももっと深刻であると思った。
まぁどちらにしろ、俺はアレイシアの指示に従うだけだ。解決しろと言われれば解決する。助けてと言われれば助ける。
頭の悪い俺でもちゃんとした役割があるのだ。
俺はそんなある種の決意を心に刻むと、アレイシアを見つめた。
彼女は無防備にも俺の目の前で眠っている。話すときは凛々しく騎士然としているが、こうして寝ている姿は可愛らしいとも思える。きっと彼女も彼女の役割を果たそうと必死なのだ。俺も必死にならなければいけないな。
こんにちは、結坂有です。
一日遅れとなりました……
これからはなるべく早い時間に投稿できるようにしたいと思っていますので、これからも応援の程よろしくお願いします。
読んでいただいた皆さんのおかげで、今の自分が頑張れているのだと思います。
次回も今回と同じく平和な回となります。
それでは次回もお楽しみに……
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