薄れゆく真相
俺、ブラドは目の前の巨大な魔族へと攻撃を続けていた。もちろん、聖剣での攻撃が通用しない以上、俺は魔剣から放たれる分身で攻撃を続けている。そして、俺のサポートとしてアドリスが本体である俺を守ってくれている。いつもどおりの連携、いや、もう何百と続けてきた戦法だ。
「コロスッ!」
しかし、それでも目の前の魔族は倒れる気配がない。魔族の出血により周囲は赤黒く変色しきっているが、それでもこいつは倒れるどころか徐々に力を増しているように見える。致命傷を与えることができないのであれば、相手の体力を消耗してからとどめを刺すのが定石といったところだが、こいつ相手にはどうもそれは通用しないようだな。
それとも俺の分身が聖なる力を持っていないことにあるのだろうか。どちらにしろ、このままでは時間稼ぎにもならないだろう。
「アドリス。やつの首を狙えるか?」
「首を、かい?」
「ああ、俺としてもこのままでは埒が明かないだろうからな」
「そうだね。ちょうど僕も同じようなことを考えていたところだよ」
誰が見ても俺たちが劣勢なのは間違いない。あとはこの劣勢な状況をどのように覆すかが問題だ。
ただ、それを行うには少し大胆な行動が必要となってくる。
大きな石をひっくり返すには大きな力が必要なのだから。
「それで? 本当にアレをやるのかい?」
「当たり前だ。狭い場所だがやらないわけにはいかない」
「……わかったよ。僕もそれなりに覚悟を決めるとするかなっ」
そういって彼は勢いよく走り出した。俺も彼の援護をするように分身を作り出す。分身の数は五体、それでもかなり俺の脳には負荷がかかっているが、自分の体を動かすには十分だ。
俺はアドリスと自らの分身に隠れるように移動を開始する。
久しぶりの技のためか若干足元がふらつく。しかし、それでも俺はゆっくりと確実に足を進めていく。
「はぁあ!」
アドリスが高く飛び上がり、魔族の首へと刃筋を立てる。
「ムダ!」
彼の攻撃から身を守るべく腕を高くあげるが、それを俺の分身が阻止しようと強烈に攻撃を仕掛ける。
「ウザッテェ!」
「ふっ!」
その一瞬の隙を突いてアドリスが彼の首へと刃を突き立てる。
斬り裂くことはできなくとも突き刺すことならできる。その方が一番力が加わりやすいからな。
「イッテェ! ニンゲンゴトキガ……コロスゥッ!」
「ブラドっ」
突き立てられた剣を払うべく魔族が腕を上げた瞬間、俺は魔剣を引き抜き魔族へと突き刺した。
「テ、テメェ!」
「チェックメイトだ」
俺は魔剣へと命令する。”分身を生成せよ”と……
「バ、バカナッ!」
魔族の動きが止まった。信じられない光景が目の前に広がっているからだ。
そう、俺が作り出した分身はこの魔族本体の分身だ。人間の力でどうにもできないのなら、魔族の力を借りればいいだけの話だ。
この魔剣の持つ”分身”という能力は何も自分自身だけではない。魔剣に吸い取られた情報をもとに形成される。俺とこの魔剣とは血の契約をしているためにいくらでも俺の分身を生成することができるが、他の連中の分身は作れないからな。
それなら魔剣に情報を与えればいい。突き刺した魔剣がこいつの情報を抜き取ったのだ。
「……」
分身が動き出す。俺の命令どおりにな。
ドゴォン!
その直後、強烈な殴打が俺の作り出した分身から放たれる。重く地下連絡通路に響く重低音は人間である俺やアドリスの体を突き動かす。
「っ!」
「フザケヤガッテェ!」
その一撃を受けた魔族もまた反撃に転じる。しかし、相手は分身だ。いくら物理的な攻撃を与えたところで無意味だ。
まぁこの脳のない魔族を倒すには十分なのかもしれないがな。
「……」
「ガァアァ!」
ドンッドンッと強烈な殴打の応酬が始める。
「ブラドっ! これはちょっとやりすぎな気がするけどねっ!」
「ふっ、これぐらいしないとこいつは倒せないっ。そうだろっ」
連続で鳴り響く重低音に声が潰れそうになるが、これぐらいはしなければいけないことだろう。
そんな事を話していると、魔族は足元にあった鉄の棒をまた振り回し始めた。
「っと、少し危険じゃないかなっ!」
「……仕方ない。もう一体引き出すか」
「今なんて言ったっ?」
俺は再び魔剣に意識を集中すると、またもう一体強靭な肉体を持った魔族が生成される。
「なっ! ブラドっ!」
「ウ、ウラギリモノメガッ!」
どうやらこの魔族は自らの分身のことを裏切り者と思っているそうだ。
まぁ勘違いするのも当然か。こいつには物事を見通し考えれるほど高度に発達した脳がないみたいだからな。
ズゴォンッズゴォンッ!
強烈な殴打に鉄の棒による強烈な打撃、それらが俺たちの目の前で繰り広げられている。
その成果もあってか、魔族の傷が大きく広がり先程よりも大量に出血している。
それに伴い、魔族の動きも鈍くなっていく。さすがにここまで出血すればいくら魔族だろうと疲弊するようだ。
さて、トドメに入るとするか。
「アドリスっ。やれるなっ」
「……ったく。無茶をするねっ」
「ウザッテェ!」
魔族が勢いよく分身へと殴りつける。しかし、それが直撃する前に俺は分身を消し去った。やつは勢いよく壁に殴りつけたのだ。
「ドコイッタ!」
「こっちだよ」
素早い移動で魔族の背後へと回り込んだアドリスが一気に飛びかかる。
当然、殴打の応酬で魔族の皮膚が柔らかくなっている。これなら斬ることもできるだろう。
「テメェ!」
「悪いね……」
そう言って彼は横一閃に斬り裂いた。
「ゥガッァア!」
図太い咆哮が地下空間を轟かすと、魔族はゆっくりとくずおれていった。
こちらもかなり消耗してしまったとはいえ、なんとか強敵を倒すことができたのは単に相手が馬鹿だったからだろう。
少しばかり知能のある魔族だったらもっと苦戦したのは間違いない。
「……お見事、お見事」
すると、何者かが拍手をしてこちらに歩いてきた。
「っ!」
「お、お前は」
暗闇から現れたその男に俺は見覚えがあった。
セシルの父であり、元副団長のヤツがいたのだ。
「ブラド、あんたの力は相変わらず危険だねぇ」
「ふっ、何をいうかと思えば……。悪いが俺よりもとんでもないやつがエルラトラムには存在する」
「そのようだねぇ」
その飄々とした言葉は副団長のものではない。
姿形は副団長でも人格が違う、性格が違う。
「……魔族に成り果てたって言ってたが?」
アドリスは俺の方へと疑問の目を向けてくる。そう、彼には副団長は殺したと言った。しかし、目の前には実際に副団長の姿をした存在がいる。
「俺は副団長を殺した。思想の違いでな」
「あぁ、覚えているんだねぇ。痛みはなかったけど、心は痛かったよ」
「貴様、それ以上口を開くと……っ!」
瞬きした直後に彼が俺の目の前にナイフを突きつけていた。
「っ! ブラドっ」
「近寄るなっ」
「知ってるかな? あんたたち人間よりも魔族の力を人間に宿した方がもっと強くなれる。もっと自由になれる」
そういってこいつはナイフを徐々に近づけてくる。俺の首元へと……
「魔族に成り果てるぐらいなら死んだ方がマシだ」
「……そう言ってられるのはいつまでだろうねぇ」
「はぁあ!」
徐々に近づいてくるナイフをアドリスが弾き飛ばす。
近寄るなと言ったのにどうして攻撃を仕掛けたのだろうか。まぁ考えている暇はないな。
「忠告を無視するとはねっ」
そう言って団長のような存在は一瞬にして姿を消した。
「嘘だろっ!」
ヤツの行動パターンはよく知っている。闇討ち、それがヤツの戦い方だ。
俺が今のアドリスを殺すとすれば、彼の左背後から攻撃を仕掛ける。だったらヤツもそこを狙って……
ズンッ!
ナイフが自らの右肺を貫いている。
「っぐぅ……」
「ブラドっ!」
「……今度は、近寄るな」
息苦しい中、俺はそう再びアドリスに忠告する。
すると、彼は強く歯を食いしばって一歩、二歩と下がった。
「賢明な判断だねぇ」
「何が目的だ」
「目的なんてないよ。ただ仲間を増やしたいと思っただけだよ?」
「仲間……っ!」
ヤツは更にナイフを突き刺し、強烈な痛みが全身を襲う。
「くっ」
そんな俺の様子を見てかアドリスは踏み込んできそうになるが、俺の視線に彼は足を止めた。
「ブラドもこっちに来たらわかる。まさしく楽園、天国といったところだからねぇ」
「……」
「圧倒的な脅威も存在しない。快楽だけに満ち溢れた場所、理想郷とは魔族の国を指すんだよ」
「……黙れ、人喰い野郎……ぁかっ!」
俺がそういうとヤツは一気にナイフを引き抜いた。
大量の鮮血が俺の足元を赤く染める。
「人喰い、何を言っているんだね?」
「お前は副団長ですらない。お前は魔族の子ども、副団長を喰らっただけのただの子ども……」
「ふざけるなっ」
俺の顔面を蹴り飛ばしてヤツは更に近づいてきた。
「ふざけるな、ふざけるなっ。この俺は副団長! 人間が、人間だった俺が忘れるわけがないっ!」
「人を喰らい、記憶を手に入れただけのお前があの崇高な考えを持った副団長を語るな」
「そんなはずが……あるはずがないっ」
そう言ってヤツは近くに落ちていた先程の巨大な魔族が持っていた大きな鉄棒を軽々と持ち上げる。
人型であるこいつがこうも軽々と持ち上げるのはなんとも異世界を見ているみたいだ。
「くっ。ブラドっ」
「はぁあ!」
俺は天井に向けて自らの分身を突撃させた。
先程まで熾烈な攻撃を受けて崩れそうになっていた天井は俺の分身の突撃によって崩れ始める。
「なっ!」
「近寄るなと言ったろ……」
「ブラドっ! すぐに助けに行くからっ。絶対に死ぬなよっ!」
崩れ行く天井の先でアドリスがそう叫んでいる。
死ぬなと言われても人はいつか死ぬものだ。それを阻止することもまた延長することもできない。
「良い判断だとは思わないけどねぇ」
「ふっ、人喰い野郎には関係のないことだな」
「……ふざけた人間は、正すべきだねぇ」
すでに俺の体は限界を迎えている。失血で体が思うように動かない。思考すらもまともにできなくなっているのだ。
まぁいい。今はゆっくりと目を閉じることにしよう。何かあればそのときに考えればいいだけだ。
「さて、楽園への扉だよ」
そういってヤツは俺をひっぱりながらどこかへと連れて行く。
どこに連れて行こうが、俺の意志は変わらない。こいつを正すまではな。
こんにちは、結坂有です。
ブラドはどこに連れて行かれるのでしょうか。そして、副団長を名乗ったヤツは一体何者なのでしょうか。
いろいろと疑問点が出てきますが、みなさんは薄々気づいていることでしょう。
それでは次回もお楽しみに……
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