周り込んだ魔族の正体
私、ミリシアは広場へと走っていた。五体の魔族に関してだ。
それなりに大きな体をした魔族だと聞いている。学院生でどうにかできるようなものではないのかもしれないため、私は急いでその広場へと向かった。
「どうして攻撃が通らないんだ!」
すると、学院生の声が聞こえてきた。それも一人ではなく三人ほどはいることだろう。
「がはっ!」
私が広場へとたどり着いた直後、一人の男子生徒が飛ばされていた。
彼を助けるべき私は一気に駆け出し、吹き飛ばされた彼を抱きしめて壁に直撃するのを阻止する。
「へぇっ! ミリシア先生っ」
「大丈夫?」
「は、はいっ! 大丈夫ですっ」
彼女はちょうど私の指導を受けていた生徒の一人だ。
彼は私の教え子の中でも特に努力家であったためによく覚えている。努力家なのはいいもののなかなか実力が伸びないことでも彼は悩んでいた。理由としては大きく二つ、基礎体力と剣技のバリエーションの両方が少ないことだ。それは彼が今まで必死に食らいついていた剣術が原因であった。
まぁここで剣術の流派が悪いとは言わない。しかし、彼の本質を見極めることができなかった指導者に問題があるだろう。
彼が得意としているのは連続的な攻撃よりも一撃を当てるところにある。
ただ、たとえそれができたとしてもいきなり大物の魔族と戦うことは無謀に近い。死ななかっただけでも彼の実力は評価できるか。
「み、ミリシア先生っ。あの魔族には聖剣が通用しないのですっ」
「通用しない?」
「ですから……先生は逃げてくださいっ」
そう言って彼はかっこよく立ち上がり、剣を構えた。だが、その足は震え、剣先もぶれてしまっている。これではまともに戦えないことだろう。ここで私が逃げるという選択肢を取ったとしても今の彼では十秒も耐えられないはずだ。
「教え子を放ってどこにも行けないわ。それに聖騎士団はパベリ方面の魔族で手がいっぱいのはず。いずれにしろ、こんなところで魔族が暴れてしまっては一大事だからね」
そう、ここは広場とはいっても少し離れた場所は市街地となっている。夜も更け、市民を一斉避難させるほどの時間もなかったために多くは家に閉じこもっている状況だ。ここで私が逃げれば学院生は疎か、市民にまで被害が及ぶことだろう。
「それでも……」
「いい。あなたたちは未来の切り札になる存在よ。ここは私に任せて」
「……」
「わかったら他の学院生と一緒に市街地の方を警備してくれるかしら?」
「し、死なないでくださいっ」
すると、彼はまっすぐな瞳で私に向かってそういった。その本心はどのようなものなのか計り知ることはできないが、強い意志のようなものを感じた。
「たかだか五体程度で私が死ぬわけないでしょ。ほら、早く行きなさい」
「ご武運を!」
そういって彼は剣を収めるとすぐに走っていた。他の生徒も彼の一声で一気に離れていく。
「グルゥウ!」
「生徒が苦戦した魔族、それに聖剣が通用しないというのは謎ね」
「ガウァ!」
一体の魔族が襲いかかってくる。
しかし、それはあまりにも稚拙なもので速度自体は速いものの、簡単に避けることが可能だ。
「はっ」
私は魔族の攻撃を寸前で躱すと魔族の背後から魔剣で斬りつける。
ギシィィン!
太刀筋も剣速は十分なはず、しかし、私の魔剣は魔族の肉を傷つけるだけで斬り裂くことはできなかった。
「っ!」
強烈な衝撃で小刻みに振動する私の魔剣を一度は手放しそうになったものの、レイとの共同訓練で慣れているため剣を落とすことはなかった。
ただ、傷をつけることができたのはいいもののそれでもこの魔族を一体倒すだけでもかなりの時間がかかりそうだ。それも五体いるとなればかなり厳しいものになるのは間違いないだろう。
「……くっ」
どう倒すかのビジョンが見えないことにいらだちを覚える。
「ミリシアっ」
すると、私のところにアレクが走ってきた。
「アレク?」
「待たせたねっ」
そう言いながら、彼は魔族の一体を強烈な力を持つと言われている聖剣で攻撃した。
しかし、それは致命傷どころかかすり傷程度のダメージしか与えることができなかった。
「……これは苦戦するね」
「ええ、アレクのその聖剣でも通用しないようね」
そう言って彼は私の真横へと立って剣を構える。
「ククッ」
すると、少し離れた場所に立っていた一体の魔族が小さく笑った。
「クククッ、貴様ら、普通の強さではないな?」
流暢に言葉をつぶやくその魔族は私たちの方へとゆっくりと近づいてくる。
そして、私たちの間合いギリギリのところで立ち止まると私を舐め回すように見つめてくる。
「貴様の遺伝子、我が子孫には必要だ」
「……なんのことよ」
「人間の女なんてものは魔族の子を孕み、そして食される。それが幸せというものではないのか?」
以前、ブラドが話していたことを思い出した。魔族は人間を食べる以外にも生殖の道具として使うことがあると言っていた。まだ噂のようなものだと彼は言っていたが、どうやらそれらの噂は事実のようだ。
「悪いけど、人間ではない魔族に僕たち人間の幸せがどうして理解できるのかな?」
「わかるぞ? 手に取るようにな」
「馬鹿げているわね。私たちは魔族の道具には成り下がるつもりはないわ」
「ククククッ、面白い。人間を弄ぶのは久しぶりだからな。たっぷり遊んでやるっ」
そういった途端、その魔族が高速で私に接近してきた。
「っ!」
反応できないわけではないが、この速度は今までに経験したことのない速度だ。
「ふっ」
するとアレクが私を援護するように前に出る。
その剣速はとてつもない速度で流れるように喋る魔族へと斬り込んでいく。
「ククッ、速さは一流、力は二流だな」
「なっ!」
しかし、彼の剣は魔族の太い腕によって遮られていた。もちろん聖剣の能力を最大限活用したのだろうが、それでもこの魔族の肉を斬り裂くことはできなかったようだ。
「はっ」
斬り裂くことはできなくとも防衛に使っている以上、私に攻撃することはできない。ならこちらから攻撃を仕掛けるまでだ。
「所詮人間のやることはすべて同じことだ」
残像を残す私の独特な攻撃ですら、この魔族は防いだ。
一体この魔族の肉はどういった構造をしているのだろうか。剣を防ぐだけでも異常だというのに、聖剣や魔剣の非常に鋭利な刃すら通さないとは不自然にもほどがある。
いや、相手は魔族なのだ、不自然なのが普通なのだろう。
私たちは一旦魔族から距離を取り、再び剣を構え始める。
「人間のやること、全て同じだ。食事をして子孫を作り、そして死ぬ。その繰り返しが人生というもの、なんともつまらんものだ」
「あら、そのこと以外にも娯楽はあるわ」
「そうだね。互いに競い、研鑽し合うのもまた人間の楽しみの一つだと思うけどね」
それは剣術に限らない。スポーツや芸術といったものでも互いに影響し合いながら人間というものは進化していく。いずれ死ぬ運命だとしても人はそれを続ける生き物だ。それらが繰り返し、続くことで歴史が刻まれる。つまりそれが次世代を作るということだ。
「いずれ死ぬのにか? そんな馬鹿げた運命はうんざりだろう。この魔族が貴様ら人間を快楽だけの世界へと導こうとしているんだ。それこそ貴様らの言う天国というものではないのか?」
「僕の主観だけどね。全てが楽しいだけではダメだと思うんだ。ときには地獄のような体験をしないと”面白み”がないんじゃないかな」
アレクの主観はどうであれ、楽な道を歩くよりも険しい山を登り、美しい景色を眺める。そういった苦難の先にある幸に人間は意味を見出している。
「バカどもを相手にするのはつかれる。その女の遺伝子は惜しいが、仕方ない。お前ら、畳みかけろっ」
喋る魔族がそういった直後、周囲にいた四体の魔族が一斉に私たちへと飛びかかってくる。
それを見たアレクの横顔は楽しそうに笑っていた。なぜだろう、私も笑っているのだろうか。
「ミリシア、準備はいいね」
「ええ、もちろん」
私とアレクとのコンビ、それが意味することはなにか。エレインと同等の評価をあの地下訓練施設のときに与えられたのだ。
「ふっ」
「はぁあ!」
アレクの動きに私は合わせるように攻撃をする。
もちろん、隙は一切ない。エレインですら私たちのコンビネーションに防戦一方になっていたのだ。
シャクッ!シャクッ!
一撃で相手を仕留めることを諦めた私たちは無数の切り傷などを与えて相手を消耗させる作戦に移行した。
そもそも、そちらの方が私たちが得意とする戦い方である。
一撃必殺の技を持つレイとも、全てにおいて高い成績を誇っていたエレインとも似つかない、私たち独自の戦い方だ。大量の剣技で相手を消耗させる私たちの連携は対複数戦において有効だと評価された。
対複数戦では単騎のエレインと同等だった。地下訓練施設のときから異常な成績を連発していた彼に唯一近づけたといえる。
「なっ! 今まで貴様らは手を抜いていたというのかっ」
「違うわよ。私たちは常に本気。エレインとは違うのよ」
言い換えれば余裕がない、悪いように聞こえるかもしれないが、実際はそうではない。こちらが余裕がないということは相手も同じく余裕がないということになる。
怒涛の連続攻撃は相手に体力があろうがなかろうが関係なく、激しく消耗させていく。
「ただ違うのは、僕たちが戦い方を変えたってことだよっ」
そういってアレクが強烈な突きを魔族の顔面へと放った。
「ガグゥア!」
無数の傷を受けていたその魔族は全身の傷口から大量に出血し、くずおれていった。
「はっ!」
それから残りの三体もとどめを刺して、仕留めていく。
体力の底を削るような私たちの連続攻撃は当然ながら、魔族にも有効的だったようだ。今までここまで耐えられる存在がエレインしかいなかったためにサンプルを多く得ることはできなかったが、今回はいいデータが採れたことだろう。
「嘘だ……。神を喰らった俺の部下が……」
「何を言っているのかわからないけれど、これで終わりだね」
そう剣を突きつけてアレクが言う。
「バカがっ。この俺が簡単に負けるなどっ!」
喋る魔族が両腕を広げて私たちへと襲いかかってくる。そんな稚拙な攻撃は簡単に避けることができる。
「弱いのはどっちかな?」
「ふふっ、決まっているだろ」
「き、貴様らぁぁァァア!」
流暢な人間の言葉ではなく、魔族の咆哮を出した目の前の魔族に強烈かつ熾烈な私たちの連続技を喰らわせる。
一分、いや二分間だっただろうか。
無数の裂傷を受けたことで次第に魔族の勢いが衰え、そして倒れていった。
威勢のいい出だしだっただけに最後はなんとも呆気ないものとなってしまった。
まぁ、かなりしぶとかったのは事実だったし、私たちの連携技を強化するには十分なデータを得ることができたのも事実。私たちのいい練習相手になっただけでも役になったと言えるだろう。
私を魔族の子孫の糧にしようとした罪はそれほどに重たいのだから。
「それにしても、人間を使って子孫を作るとはとんでもないね」
「ええ、そうね。もし、私たちの誰かの遺伝子が魔族に渡りでもすれば脅威になりそうね」
「もちろんだね。特にミリシアは知略にも優れているし、それが魔族に渡らなくてよかったよ」
当然なのだ。私の遺伝子を魔族や変な人間なんかに渡すわけがない。
いや、一番の脅威になるとしたら、エレインの遺伝子なのではないだろうか。
「え、エレインのは?」
「ああ、彼が一番の脅威になるのかな?」
「……ダメよ。魔族なんかに渡るぐらいなら……っ!」
そう言いかけた直後、私の脳裏にとんでもない光景が広がった。なにか考えてはいけないものを考えてしまっている気がする。
「ミリシア? 顔が赤いけど大丈夫かい?」
「べ、別に問題ないわっ」
「そう、それならいいんだけどね。ただ、もう魔族の気配はもうないみたいだね」
彼の言葉通り確かに周囲に魔族の気配はまったくない。それに広く気配を巡らせてみても魔族の驚異はなくなったと言っていいだろう。
「市街地の防衛は達成ね」
「うん。そうだね。とりあえず、学院生を集めるとしようか」
「ええ、そうね」
それから私たちは学院生を集めることにした。
先程の魔族は確かに面倒ではあったが、他の一般的な魔族はそこまで強いわけでもなかった。今回の魔族騒動は学院生にとってもいい経験になったことだろう。
市街地への被害は最小限に、学院生、市民のどちらからも犠牲は出なかった。しかし、こう何度もギリギリの戦いをしている場合ではないのもまた事実だ。
今後はそういった点でも少しずつ考えていく必要があるだろう。
こんにちは、結坂有です。
本日も夜遅くの更新になってしまいましたが、次回は夕方頃に更新予定となっています。
次回の戦闘で一旦は激しいシーンが終わります。しかし、その後はシリアスな展開であったり、面白い展開だったりする予定となっていますっ!
それでは次回もお楽しみに……
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