似た者同士の剣士
私、セシルは市街地の中を走り回っていた。
夜も更け、真っ暗となった市街地はどこか不気味さすら感じる。しかし、そんな事を言っている場合ではなく、今この市街地には多数の魔族が侵入してきている。それも攻撃のあったパベリ方面からではない。
どこから来た魔族なのかはわからない。ただ、詮索するのは後でするとして今は市街地の安全を確保することだ。私たち学院生が市街地へと到着したときにここ一帯の住人に外へ出ないようにとお願いして回った。そして窓を完全に閉め切り、外から中を見えないようにすることも伝えた。住人たちは魔族に対して恐怖心を抱いているため私たちの言葉を素直に受け入れてくれた。
「セシルっ。ちょっと待って!」
そういって私の後ろを走ってくるのはハイクだ。
「まだ魔族と戦っている生徒がいるの。早く行くわよ」
「はぁはぁ……もう少しペースを合わせて……って、うわぁっ」
ほんの少しだけ息の上がっているハイクを私は腕を引っ張った。私一人では心許ないかもしれないが、彼は小さき盾の訓練を受けてかなり強くなっているように私は思う。彼と私がいればある程度は戦えるはずだ。
「セシル!」
すると、彼はそう言って急に立ち止まった。
「何?」
「あれは……」
彼は右側の通路の奥を指差した。
私も目を凝らしてその方向を見てみる。
「っ!」
道の奥を歩いていくのは巨躯の魔族、それも三体だ。タイタン型ではないものの、それでも十分に大型の魔族だと思われる。人間の二倍ほどの大きさ、あんな腕で殴られたら即死することだろう。
「っはぁあ!」
戦いに行くべきか悩んでいるところ、一人の生徒がその巨躯の魔族へと斬り込んだ。
「ブルゥア!」
しかし、踏み込みが甘かったのか速度を上げることができず、彼は魔族の大きな腕に捕まってしまった。
あのままでは絶対に殺される。誰かはわからないけれど、私たちと同じ学院生が目の前で殺されるのをただ見ているわけにもいかない。
「セシルっ。行くの?」
「当然よ。仲間が殺されかけているのよ?」
「そうだけど……」
「だったら、助けないわけにはいかないわ。行くわよ」
「え? ちょっとっ」
私はハイクの腕を強く引っ張って三体の巨躯を持った魔族のもとへと全力で走っていった。
あれほど巨大な魔族とどこまで戦えるのかわからないけれど、それでも仲間が死ぬのは見過ごせない。魔族へと近づくにつれて不安と恐怖が内側から溢れてくる。しかし、ここで逃げるわけには行かない。すでに戦うと覚悟したのだから。
「はっ」
私は聖剣を引き抜いて学院生を掴み上げている魔族へと斬りつける。速度は十分、踏み込みも甘くはない。これならっ……
「セシルっ」
「っ!」
斬りかかろうとした直後、私の左方向から魔族が走ってきた。もちろん、見えていなかったわけではない。巨大な体の割には素早い動きだったのだ。
「はぁ!」
私の後ろからハイクがその魔族を攻撃する。
その援護に感謝しつつも私は速度を落とさず、生徒を掴んでいる魔族へと斬りかかる。
「グルゥウ!」
私の攻撃は通らなかったが、魔族は生徒を離して私の攻撃を腕で防ごうとする。魔族の腕は甲冑などで守られているわけではない。それなら攻撃が通るはず。
そう思った私はそのままの勢いで攻撃する。
ギシィン!
金属とは似つかない音がした。
確実に私の剣は魔族の腕を捉えている。しかし、出血がない。そもそも私の剣が弾かれている。
「うそっ」
「ガウァラァ!」
魔族は大きな腕で剣を振り払い、そして私へと殴りかかってくる。私はとっさにもう一つの剣を取り出し、その攻撃を防ぐ。
「っ!」
しかし、魔族の強烈な攻撃を完全に防ぎ切ることはできず、私は後方へと吹き飛ばされる。
「セシルっ!」
ハイクはもともと大剣使いということもあってうまく巨躯の魔族と戦えている。私の持っている剣は彼のように大きくもなく、攻撃の衝撃は相殺できないのだ。
「……くはっ!」
受け身をうまく取れないまま、私は地面へと叩きつけられる。幸いにもどこかを骨折したというわけでもないが、それでも衝撃はかなりのものですぐに立ち上がれそうにない。
「ブルルルゥ……」
巨躯の魔族二体が私へと近づいてくる。一体はハイクの相手をしている。もちろん、彼は一体を相手にするだけで精一杯のことだろう。魔族に掴まれていた生徒も両腕を怪我しており、すぐに動けそうにない。
先程の魔族の攻撃で私は細い方の聖剣を落としてしまった。今持っている大きめの剣は全く攻撃できないということでもないが、私自身の流線的な剣術をうまく活かして戦うことができない。
「はあぁ!」
どうするべきか考えているとハイクが私の前に立った。
ズグンっと彼が大剣を振るったことで魔族が数歩下がる。
「セシルっ。大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「……感謝されるほどのことでも……」
少し恥ずかしいのか頬が赤くなった彼は私から視線をそらして魔族へと見据える。
巨躯の魔族は今にも襲いかかろうとしているが、下手に近づけばハイクの持つ大剣を警戒しているのかすぐに攻撃してこない。
そう、彼の聖剣が持つ能力は”破砕”だ。もちろん、同じ能力を持つ聖剣は多くあるが、それでも彼の聖剣は少し違う。内側から砕いていくといった能力なのだ。
ただ、大きな欠点は連続して使用できないことだ。一回能力を使うとしばらくは使えなくなる。対複数戦においては非常に不利となってしまう。今の状況では魔族が連携して攻撃してきた場合、彼の能力を十分に発揮することはできない。それに彼自身、そこまで剣術としての実力が高いわけではないのだ。
私が立ち上がって、彼と協力できれば……
「……っく!」
「無理はだめだ。殴り飛ばされたんだから」
「でも、今立ち上がらないとハイクが危険よ」
必死に膝へと力を入れるが、先程の衝撃で平衡感覚がまだ取り戻せていない。ぐらつく視界、何故か力が入らない膝。今ここで私が立ち上がらないと三人とも死んでしまう。
お願いだから私の言うことを聞いてっ。
「ドゥルルル!」
魔族が両手足を地面につけて、四足歩行のように走ってくる。その速度は非常に素早く、そして機敏だ。
「っ!」
「グゥアラァ!」
ガンっと強烈な勢いでハイクの大剣へと体当りする。
それでも彼はうまく衝撃を逃したようで大剣を落とすことはなかった。しかし……
「ぅがっ!」
「ハイクっ」
もう一体の隠れた位置からの攻撃に対処することができず、彼は吹き飛ばされる。
ぐらつく視界の中、私は彼を受け止めるべく飛び出した。
「あくっ……」
うまく受け止めることができず、飛ばされた彼と衝突してしまった。しかし、それでも壁や地面に直撃するよりかは私とぶつかったほうがまだ衝撃が少ないことだろう。
「……セシ、ル」
そういってハイクは私の膝の上で気を失ってしまった。
目の前には三体の魔族、ハイクを受け止めるために持っていた聖剣を手放している。このままだと死んでしまう。運が良かったとしても誰かが犠牲になるのは避けられない。
目の前の魔族の一体が私を見つめながら、よだれのような物を口から溢れさせている。
「っ!」
魔族は人を喰らうと聞いたことがある。ミーナやリンネたちからも聞いたが、喰らうだけではなく、女性に対してはその豊富な栄養や体内構造から魔族の卵を植え付けられることもあるそうだ。
どちらにしろ、私やハイクたちもこのままでは死ぬ。ハイクたちは喰われ、私は彼らに卵を植え付けられて彼らの子孫に内側から食されていくのだろうか。そう嫌な未来を思い描いてしまうと同時に恐怖で全身の力が抜けていく。
どうせ死ぬのなら、どうせ殺されるのなら……そんな時ぐらい感情なんてなくなればいいのに。
叶わぬ願いを頭の中で唱えていると地面が揺れた。頭を上げると魔族が私たちへと飛びかかってきている。
もう、ダメなんだ。
「ふっ!」
揺れる視界の中、誰かが私の前に立った。
その直後、轟音が鳴り響き私の体を揺り動かす。
「……大丈夫かい?」
その優しく穏やかな声は聞いたことがある。まだ少ししか訓練に付き合ったことがないが、明らかにアレクの声に違いない。
「ア、アレク?」
「そうだよ。遅くなって悪かったね」
うまく口を動かせない私は小さく首を振ることしかできなかった。
しかしあれほどの俊敏性、あれほどの力を持っている魔族が三体もいるのだ。いくら小さき盾でも一人ではどうすることもできないのではないだろうか。エレインでもなければ……
「安心して、僕が来たからには大丈夫だよ」
ただ、その穏やかそうな声を聞くと何故か不安や焦躁といった感情が薄れていく。揺れていた視界も徐々にだが鮮明に戻っていく。
「……」
「一つ聞くけれど、怖いかい? まだ恐怖を感じているかな?」
「……」
何を聞いているのかわからない。でも、恐怖を感じているのは事実だ。まだ口はうまく動かせないため、私は二回ほどうなずいた。
「それはいいことだね。まだ君は死ぬべきではないし、これからももっと強くなれるよ」
「……」
アレクは穏やかな笑みを浮かべながらそう言って前を向き直った。
奥を見てみると三体の魔族がゆっくりと立ち上がる。
「ふふっ、魔族っていうのはどいつもこいつも恐怖ばかりを植え付ける。僕から戦意を削ぐために片腕、片足を引きちぎったようにね」
「ガグゥルル!」
「威嚇しているのかい? 悪いけど、僕は怒っているんだ。もう容赦することはないよ」
私の位置からは彼がどのような顔をしているのか見えない。でも、その言葉から非常に怒っていることだけは感じ取った。
「ブァウラァ!」
一体の魔族が彼へと飛びかかっていく。人間の二倍ほどの巨躯の魔族が勢いを付けて彼へと突撃していく。
「ふっ」
それに対してアレクは走るわけでもなく一歩一歩ゆっくりと歩いていく。
そして、流線的な剣裁き、体捌きで魔族へと攻撃する。流れるように美しいその剣技は芸術のようにも見える。まるで剣舞のようなそれは魔族の肉体を容赦なく斬り裂いていく。そして、次第に彼の足元は魔族の血液で赤紫に染まっていく。
「ガァラ!」
血まみれの魔族はアレクの右腕へと噛み付いた。
「っと、義肢なんかに噛み付くとはね」
すると、呆れたように彼はつぶやくと左手に持っていた聖剣を器用に振り上げて、魔族の首を斬り落とした。
力なく体が崩れ落ち、彼の腕を噛み付いていた頭も少し遅れて地面に落ちた。
「さて、次は君たちだよ」
「ブルルゥ!」
「もう僕は止められないよ。君たちを”殺す”まではね」
「ブルゥア!」
二体が一気に攻撃を始める。
さきほどハイクにしたように一体は隠れた位置に向かう。
アレクはそれに気づいていないのか、一体目の近づいてきた魔族へと切っ先を向ける。
「……っ!」
「大丈夫、わかってるよ」
言葉になっていない声に対して、アレクは小さくだがそういった。
ザンッザンッ!
流れるようでいて、かつ予測できないその剣技は二体の魔族に美しい斬撃与えた。
どれも致命的で魔族は何が起きたのかわからないでいた様子だった。ただ、恐ろしく感じたのは魔族を即死させるわけでもなく、逆に魔族を恐怖させていたところだ。
「……」
「はい、これ。君の聖剣だよね」
そういって落ちていた私の聖剣を拾い上げて私へと渡してくれる。
「……あ、ありがとう」
心を支配していた恐怖が一気に晴れたのか口が開くようになったようだ。今まで感じたことのない強い恐怖、もう味わいたくない。
「恐怖を感じているということは生きたいと思っている証拠だよ。君は最後まで本当の意味で諦めていなかったみたいだね。無自覚かもしれないけれど、その意志はきっと君を強くさせるはずだよ」
「え?」
「そんな強い意志があればエレインにも近づけるよ」
そういって彼は私の頭にぽんっと優しく手をおいた。
エレインに近づける。その言葉は私の心の中を照らしてくれたように感じた。
彼は自分とは違う別次元の人だと思い込んでいた。でも、実際は違う。私と同じ次元にいて同じ空間にいる。私にも剣聖である彼に近づくことはできるはずなのだ。
「ここ一帯はもういないみたいだね。僕はほかを見てくるよ」
すると、アレクは剣を収めて走っていった。
「待……って」
すぐに引き止めたつもりだったけれど、振り向いたときにはもうアレクはいなかった。
思い返してみたら、彼は一つだけ話していないことがあった。なぜ、彼の剣は魔族の分厚い皮膚を斬り裂くことができたのだろうか。聖剣の差、脳力の差? いや、そのどちらでもないような気がする。
私からすればあの魔族に対して聖剣で勝ったようには見えなかった。”技量の差” それで彼は魔族に勝ったのだと私はそう思った。
こんにちは、結坂有です。
穏やかな人ほど怒ると怖いといいますよね。どうやらアレクはそれに当たりそうですね。
それにしても、どこか通じる関係でした。これからのセシルの成長はどうなるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに……
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