誘いは突然に…
私、リーリア・ユーグラシアはエレインと一緒に帰路についていた。
しかし、昨日のうちに手紙で呼び出されてしまっている。そのため、エレインが家に帰ってからは私も外に出ることにした。
呼び出された場所は聖騎士団本部である。
「リーリア、エレインの様子はどうだ」
団長室に向かうと、そこには三本の剣を携えたブラド団長が立っていた。
「エレイン様は大丈夫です。近いうちに剣術競技が始まりますのでその準備をしているところですよ」
「なるほど、噂によればセシルとフィンのチームと戦うようだな」
「耳がお早いのですね」
今朝起きたことをどうしてブラド団長が既に知っているのだろうか。
他にも学院に送り込んでいる人がいるのか。
今はそんなことを考えている場合ではない。別にブラド団長のことだ。エレイン様に対して敵対するような人ではないはずだ。
「ちょっとした伝があってな。それで、だ。リーリアに命令がある」
「なんでしょうか」
「エレインの剣術情報を分析しろ」
今までにない指示だ。
エレイン様の剣術情報を調べるなど私のやっていることを否定するような内容だ。
確かに私の魔剣スレイルであれば調べることは可能ではあるが、どうしてそのようなことをしなければいけないのだろうか。
「エレイン様の情報を調べてどうするのですか」
「我々聖騎士団もエレインという未知の力は不安要素なのだ」
不安要素、それはわかり切っていることだ。
なぜ今更そのようなことを気にしている場合ではないはず。
「ですが、彼の分析をしたところで変わらないのではないですか」
「お前では無理か? 魔剣スレイルを信じ切れていないと」
「いいえ、私の魔剣に分析できない相手などいません。それはエレイン様とて例外ではないです。しかし、剣を向ける相手は考えるべきです」
すると、ブラド団長はこちらに向いた。
その鋭い目は私の心を覗き込んでいるようだ。
「お前は誰の味方だ? 俺か、聖騎士か、それとも議会か」
「私はエレイン様のメイドであり、公正騎士です」
「公正騎士とは俺の指示に従うものだ。それはわかっているだろう」
私は公正騎士が作られた理由を知っている。
公正騎士は議会に対抗するための組織、聖騎士で魔剣を持っている人が裏で議会の不正を防ぐ目的で作られた。
議会の不正を判断するのはあくまで公正騎士本人の判断だ。
私は魔剣のおかげもあり、心に揺るぎなどない。常に芯を持っているために選ばれているのだ。
「違いますよ。確かにエレイン様のメイドになることはブラド団長の指示ですが、それを行うかの判断をしたのは私です。私の意思でメイドとなっているのです」
私がそういうとブラド団長の鋭い目が私の心を完全に捉えた。
それと同時に彼は一歩踏み出す。
「自分の意思とはっ」
「っ!」
すると、彼がまた一歩前に歩き出す。
その一歩も凄まじい力を持っているのか、私の心臓を鷲掴みするようだ。
体全身がその迫力に動けない。まるで私は金縛りのような感覚に陥っている。
「自らの力を押し通す力だっ」
「くっ……」
自分の声を出すことができない。
息すらも喉元で詰まるような感覚がする。
「お前は俺に勝てるか?」
「……」
「勝てないのなら、俺に従え。そうでなければ今ここで……」
「従います。ブラド団長の指示に従います」
私がそういうと強く魔剣スレイルが太腿を揺らすのがわかる。
スカートに隠すように剣を収納しているため、その辺りが刺激されることはわかっているのだが、今はこうするしかない。
「それでいい。自分の立場というものを理解したようだな」
ブラド団長はそういうと、私から離れて椅子に座った。
彼が離れると同時に心臓の痛みはなくなり、息苦しさもなくなった。
「私がするべきこと、それはエレイン様の情報を得ることですね」
「ああ、分析した結果は俺にだけ報告しろ。俺以外の誰にも報告するな。それで以上だ」
やはり、ブラド団長は何かを企んでいるようだ。
それでも私には彼に勝てるほどの実力があるとは思えない。いや、分析が完了すれば勝てるのかもしれない。
どちらにしても、今ここで戦うのは愚策と言える。
「ブラド団長にだけ、ですか」
「その通りだ。何か異論があるのか」
「いいえ、ありません。失礼しました」
そう言って私は団長室から逃げるように出るのであった。
本部からの帰り道、魔剣スレイルが私に念話を通じてきた。
『心の乱れを確認……』
「気にしないで」
『……分析を打診』
どうやらスレイルもそう呼びかけてくる。
『分析の準備を開始』
私が無言でいると、スレイルはそう言った。
私の考えていることなど、彼にはお見通しなのだ。
精神を共有している仲だ。仕方ないのかもしれない。
◆◆◆
俺が家に着いた時リーリアは用事があると言って何処かに向かったようだが、夕食の頃には戻っていた。
だが、表情はどこか浮かない様子だった。
「ねぇ、エレイン。今日の夕食はどう?」
目の前にいるアレイシアが話しかけてくる。
「少し味付けが違うな」
確かに今日の夕食はいつもの薄味とは違う。
濃厚とまではいかないが、しっかりと調味料が活かされている味がする。
悪く言えば、調味料の味しかしない。
「でしょ? 私も作るの手伝ったの」
「……無理はしていないのだろうな」
「怖い顔しないでよ。大丈夫だから、安心して」
帰った時から見ていたが、特に痛がっている様子もなかった。
無理はしていないようだな。
「エレイン様、お口に合いますか?」
「ユレイナったらエレインは育ち盛りなのよ? 濃い味の方がいいに決まってるわよね」
「どうか、アレイシア様のためにも正直に仰ってください」
ユレイナが俺に対して正直に言うように懇願してきた。
控えめに頭を下げていることから、きっとアレイシアをからかいたいだけだろうな。
まぁ適度にからかうのも面白いか。
「美味しいのは確かだが、これでは調味料の味しかしない。素材の味をもう少し引き出してみたらどうだろうか」
「エレイン様もそう仰っていますし、ソースをあのように入れるのは良くないです」
「えー。美味しいと思ったのにな。リーリアは美味しいよね?」
アレイシアがリーリアの同意を得るように圧力をかけた。
「え? あ、美味しい、ですか」
「……リーリア?」
「なんでもありません。味はソースだけの味がします」
「ひどーい」
そう言うとアレイシアは机に突っ伏した。
「もう少し素材を活すことができれば、ユレイナを超える味が出るはずだ」
「ほんと?」
「もちろんだ」
すると、アレイシアの表情は見るからに明るくなり嬉しそうにする。
「ユレイナには負けないんだからね」
「ええ、期待しています」
アレイシアが挑むような視線を送るが、それをユレイナは軽く遇らうのであった。
こうした平和な日常が続くのは幸せなことだ。
それにしても先ほどからリーリアの様子がおかしい。
いつもならユレイナと同じようにアレイシアをからかうのだが、今日はあまりそう言ったことをしないな。
「リーリア」
「っ!!、はい?!」
半分裏返ったような声を上げてリーリアが肩をびくりとさせた。
「何かあったのか?」
普段は平静である彼女だが今日は明らかに様子が変だ。
それはアレイシアもユレイナも気付いている。
「もしかしてだけど、何か言われた?」
すると、アレイシアがそう切り出した。どうやら何か心当たりがあるようだ。
「それは……」
「いいの、ここはあのフラドレットの家よ」
彼女がそう言うとリーリアは立ち上がり、俺に対して深く頭を下げた。
「申し訳ございません。私はエレイン様のメイド失格です」
「一体何があった」
「……」
それ以上は声に出せないようだ。
権力の圧力、そして力としての圧力。その両方がリーリアを苦しめている。
「団長、よね」
アレイシアがそう言うとリーリアは小さく頷いた。
「別にいいのよ。私も今の力では彼を止めることはできないし、権力のないリーリアならそうなるのは当たり前よ」
「私はエレイン様の敵になるようなことを言ってしまいました」
「気にするな」
「ですが……」
「戦いとは詭道の応酬だ。そうではないか」
俺はリーリアの言葉を遮るように言った。
「偽り騙そうとされたのなら、やり返す。当然だろう」
「……そう、ですね」
さすがに俺とて権力相手には手も足も出ない。
それに対抗するのは騙すこと。それが気付かれては意味をなさないが、唯一対抗できる強力な一手になるのだ。
「何を言われたのかわからないが、対抗できる術は残っているはずだ」
「はい」
そう言うとアレイシアは彼女の頭を撫でる。
すると、アレイシアの胸に飛び込むように涙を流したのであった。
「怖かったよね」
その優しい囁きにリーリアは軽く頷くのであった。
だが、俺は見逃さなかった。ほんの一瞬だけ見えたリーリアのスカートの中にある魔剣の色を。
こんにちは、結坂有です。
団長の考えていることは一体なんなのでしょうか。計画が気になるところです。
そして、リーリアの行動にも今後は注目ですね。
それでは次回もお楽しみに。
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