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双方の考え

 私、ミリシアは相手を見ていた。その相手は元公正騎士であり、魔剣使いであるレイガスだ。そんな彼は剣を抜かずにアレクの腹部を斬り裂いた。ただ幸いにも内蔵へのダメージはなく、出血が多いものの戦闘には問題ない傷だ。


「……君たちにはこの俺の攻撃が見えない。聖騎士団の中でもこの俺の攻撃を防ぐことができた連中は今のところいないのだがな。何が言いたいかというと、君たちは降参するべきだと言いたいんだ」

「悪いけど、僕たちは降参するつもりはないよ。その程度の腕前だとね」

「あまり調子に乗っている場合ではないと思うが?」


 もちろん、私たちは調子に乗っているわけではない。私にはまだ彼の魔剣がどのようなものなのか理解できていないが、それでもアレクはなにか意図があってそう答えたはずだ。つまりは私たちに勝機があるということだ。

 と、まぁそう考えてみたとはいえ、私たちが負ける未来が見えないのだけどね。


「この一撃、確実に僕を仕留めることができた。不意打ちだとはいえ、それも立派な戦術だよね。なのに、それができなかった。君に実力がないということの現れだ」

「ふふっ、何を言うかといえばそのようなことか。この俺の攻撃を目で見ることができなかった時点で君たちはこの俺以下なんだ。その事実を素直に受け止めたほうがいいと思うがな」

「あいにくと、君の太刀筋や癖は見切っているんだよ」

「……たった一撃喰らった程度で何がわかるというんだか」


 その直後、アレクが剣を構え見えない攻撃を防ぐことに成功していた。

 真っ暗な中、剣が交わった火花が彼を照らす。


「見切った、そう言ったと思うのだけどね」

「っ! 運と実力を履き違えているように見えるがっ」


 三度目の彼の攻撃、当然ながらアレクは防御を成功する。そして、私も彼の攻撃における癖を見ることができた。

 それは攻撃の際に彼の大腿筋の一部、正確には大腿四頭筋全体が緊張しているが見えた。それが攻撃の合図だとすれば、あとは視線を追うだけだ。それでどの部位を攻撃してくるのか把握することができる。


「ふっ!」


 キャリィィンっと金属の心地よい響きが聞こえた直後、アレクがレイガスへと走り込む。


「なっ……」

「悪いねっ」


 そう言ってアレクはレイガスの体、肩から腰にかけて斜めに斬り裂いた。


「っ!」


 しかし、血液は出ず、彼は光とともに消滅した。この違和感、ブラドの分身と似たようなものを感じる。しかし、分身のようにそれ自体に質量を持っているわけではないそうだ。


「そこかっ」


 アレクが地面に転がっていた石を剣で弾き飛ばす。弾丸のように高速で飛翔したその石は建物の影へと一直線に向かった。


「ぁがっ!」

「うまく気配を隠していたみたいだけど、僕の動きに動揺したせいで気付かれてしまったようだね」

「うっ、ぐぅう……」


 すると、影から一人の男が倒れ込んできた。その男は先程目の前で立っていたレイガスの幻影とは違い、ほんの少し背が小さく小太りな体格をしていた。


「あら、意外とおっさんなのね」


 思わず素直な言葉が口に出てしまった。


「こ、この俺に歯向かうなど……」


 男の胸部から血が溢れている。もちろん、石は弾丸のように飛んだのだが、それなりに距離もあったために体を貫通するほどの威力はなかったようだ。

 胸をひどくえぐられてはいるものの胸部は肋骨もあるために肺までは到達していなかった。そして、なによりも彼は剣を二本携えていた。

 一つは幻影を作り出す魔剣、そしてもう一つが遠距離から攻撃できる聖剣なのだろう。

 それらのことを見てよくわかった。気配を完全に隠したまま激しく剣を振るうことができなかったためにアレクへと致命傷を負わせることができなかったのだろう。表に姿を現さないという利点を最強だと思いこんでしまったようだ。

 故に、映し出す幻影に理想を投影したせいで自分の癖がその幻影にまで反映されてしまっていたようだ。姿を隠すための幻影だというのに自らの癖まで投影してしまうなんてそれほど愚かなことはないだろう。


「幻影で姿をごまかすことができる、それだけ聞くと強力な能力のように見えるね。だけど長所と短所は表裏一体、いくら最強な作戦だとしても弱い部分はあるんだよ」

「それが、一撃で相手を倒すということね。決定打に欠ける能力だわ」

「この……この俺を侮辱するだとっ」

「侮辱? 事実を言って何が悪いのかしら」


 そう言うと彼は激高し立ち上がろうとするが、胸部の強烈な痛みですぐに膝をついてしまった。


「私たちは別に人間を殺すつもりはないの。これで懲りたのならもう私たちを襲わないことね」


 私は剣を収めて踵を返す。


「……君たちを、君たちを殺せばすべてが解決するっ。そうなのだっ」


 相手に背を向ける。これほど危険な行動はない。それに相手は遠距離で攻撃してきたが、近距離でも戦えるはずだ。だらしない態度を取っているとはいえ彼も一応は騎士の家系の生まれ、剣術に関しては多少なりとも心得ている。決して弱いわけではない。ただ、私たちの実力とは張り合えないだけで。

 であれば、彼は最後の力を振り絞って私を攻撃してくるはず。


「女だろうと容赦は……」


 一歩、二歩と近づいてくる足音、そして背後に感じるは振り上げた剣の気配。

 さっさと降参すればよかったのに。どうしてこうも命を捨てたがるのかしら。私は理解できないまま、柄へと手をかけて……


「はっ」

「っ! ……バカ、なっ」


 自らの残像を残した状態で瞬時に相手へと駆け抜ける。技術としてはかなりの高難易度のものらしいが、私にはそうではなかった。

 地下施設の頃、直線的な私の動きは欠点だと自分で思っていたのだが、エレインやアレクの助言をもとに改めて考えてみると実はそうではなかった。こと残像を残すといったやり方でいえば、この直線的な動きは非常に有効だったからだ。

 そこでの四年間は欠点だと思っていたその直線的な動きをひたすら研究した。もちろんエレインと協力して作り出した技も多い。

 その中の一つがこの”閃走(せんそう)”という移動法だ。エレインに二度三度見られただけで真似されたのは少しイラッとしたけれど、それでも自分にとって誰にも真似されないと自負している技術の一つだ。ま、エレインは例外だからカウントしないでおこう。


「一撃で仕留めれなかった僕が悪かったね」

「いえ、気にしてないわ。それよりもこの人、どうして命を捨てるようなことをしたのかしら」


 私は背後に倒れるレイガスの死体を一瞥したあと、魔剣にこびりついた血液を払い落として剣を収める。

 地下施設では短剣を使用して訓練していたのだが、それは重さで速度が下がることを危惧していたからだ。今持っている武器はレイピア型というもので重さは短剣とほぼ同等の重さだ。

 最初は自分に合わないのではないかと思っていたけれど、いざ使ってみれば実はそうではなかったみたいだ。


「……わからないね」


 当然ながら、私の問いにアレクは答えられなかったようだ。

 考えられるのはただ一つ、裏の圧力ということもある。議員の連中ではないなにか、もしかすると上位の魔族だったりするのだろうか。

 一度あったことのある上位の魔族は狡猾な戦略を考えていたようでもあった。ということは人間を利用して内部から崩壊させようと企むのもうなずける。


「とりあえず、議会の方へと向かおうか」

「ええ、そうね」


 今まで実力を隠してきたつもりだけど、これからは本気で力を振るわなければいけないのだろうか。

 自分の手で人を殺す、そんなことは武術を習った時点で覚悟していたことだ。でも、実際こうも虚しく残酷なことはない。人間というのは肉体的には弱い生き物だ。いくら強いと噂される人でも最後はあっけなく、そして情けなく死んでしまうことだってある。

 この私も自分より高い実力を持った相手と対峙したとき、あの男のようにあっけなく死んでしまうのだろうか。

 そう考えると人はやはり死の前では平等のようだ。


   ◆◆◆


 俺、ブラドは地下連絡通路の中へと進んでいった。

 魔族のことに関しては聖騎士団と学院生に任せるとして、その裏側に当たるこの場所を俺は守る必要があった。

 小さき盾にも同行してほしい気持ちはあるのだが、彼らには彼らの仕事がある。こんなことで重大な仕事を放棄させるわけには行かない。


「ブラド、この先は以前も行ったことなかったね」

「ああ、かなり進んではいるが魔族の気配がないな」


 奇妙なことに以前入ったときに感じた強烈な魔の気配というものは一切感じられない。

 ただ、重たい空気だけが俺たちにのしかかってくるだけだった。


「っ! この死体は……」

「どうした」


 少し離れた場所でアドリスがそう言葉を発した。

 俺も彼のもとへと近づくとそこには人間の皮だけが残されていた。骨というものもなく、もちろん内蔵といったものも転がっていない。皮だけが残されている。


「腐敗臭もかなりあるね」

「にしてもこれは内側から破られたように思える」

「内側?」

「ああ、あいつのように……」

「グルルっ」


 すると、背後から一体の魔族の声が聞こえた。


「気配なく近づくとは、どこで学習したのかなっ」


 当然だが、アドリスもかなりの実力者で一体程度の魔族ならすぐに倒すことができた。


「ふぅ、狭い場所は動きにくいね。それで、あいつのようにってもしかして副団長の?」

「どうだろうな。ただ、こんな死に方だけはしたくないものだな」

「……そうだね。聖騎士として誇らしい死に方をしたいものだね」


 誰もが誇らしく名誉ある死を遂げたいと思っている。しかし、現実はそうではない。何も成し遂げることなくただ死んでしまった人もいるだろう。

 ただ、死の前では皆平等とよく言われるが、俺はそうではないと考えている。

 人の功績というのは死んだとしても残るもの、最後はあっけなかったとしてもその人の遺した功績によってまた新たな意志が生まれる。

 スポーツに例えればこの人の記録を超えたいなどだ。それが繰り返し続くことで人間は進化していく。

 死はただ終わりではなく、新たな世代への橋渡しだと俺は考えるがな。

 この皮だけになった人間もまた、俺たちに何かを訴えかけている。この世界の裏側にある闇深い何かを体現していることだろう。

こんにちは、結坂有です。


今回は戦闘シーンもありましたが、少し哲学的な話になりましたね。

ミリシアは主観的、ブラドは客観的というような考え方をしていました。


それでは次回もお楽しみに。



評価やブクマもしてくれると嬉しいです。

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