高度な訓練
セシルやフィンの学院一位のチームといきなり剣術競技で戦うことになった俺たちだが、最悪二人とも俺が倒すという選択肢はある。
そうすれば、簡単に上位に上がることができるのだ。
しかし、パートナーであるミーナが成長できないという点がある。
どうしたものかと授業の合間に考えたりしていたが、結局のところ的確な答えは出なかった。
放課後、俺とミーナは訓練場に足を運んでいた。
「エレイン、変なことになってしまってごめんなさい」
訓練場に入るなり、すぐにミーナが謝りにきた。
「別に気にする事はない。ミーナは自分のプライドを守ったに過ぎない」
「今思えば私のプライドなんて小さなものよ」
果たしてそうだろうか。父の形見でもあるその剣術を発展させたい、そう思うのは普通であろう。
悪いのはミーナの剣術を蔑んだフィンが悪い。
「そうでもないだろ」
「あなたに比べれば小さなものよ」
「他人と比べるものではない」
確かに俺は最高と言われる剣術を幾つも会得している。そして、最高の剣士たちと毎日のように訓練をしてきた。
俺の実力はとんでもないことになっているのは確かだ。それと比べれば小さな力でプライドなどと言っているのは情けないと思ったのだろうな。
客観的に見れは大小の幅はある。しかし、本人にとっては大きいか小さいかなどは関係ないのではないだろうか。
「そうかしら、私たちは二人で一組のパートナー。組みたいとお願いしたのは私だから、立場というものがあるでしょ」
「別に気にしなくていい。俺もミーナが傷付けられるのは嫌だからな」
誰であろうとパートナーを侮辱したのは許されない行為だ。
俺もフィンに対しては少し苛立ちを覚えているからな。見返してやりたいと思っている。
「そ、そうなのね。なら全力で挑みましょう」
ミーナは少し耳を赤くしているのだが、その真意についてはよくわからなかった。
特に恥ずかしいことでも言ったわけではないつもりなのだがな。
「それでは早速高度な訓練をすることにするか」
「高度な訓練?」
「ああ、今までは目で見て行動していただろ。それではいくら頑張っても反応に遅れが生じる」
視神経から情報を得て、体を動かすのは実は遅いのだ。
一番早いのは触覚からの情報だ。しかし、全ての情報に触れることなどできるはずもない。
では何が実用的なのか、それは記憶と聴覚だ。
「耳を鍛える」
「鍛えるってどう鍛えるのよ」
俺は訓練場の明かりを全て消した。
当然窓もないため、ここは完全な暗闇へと変わった。
「俺の位置歩いてこれるか」
「そんなことできるに……ひゃっ」
訓練場の明かりをつけると、ミーナは鞄に足を取られてこけてしまっていた。
「何を手掛かりに歩いた?」
「それは、明かりが消える前の記憶だけど……」
記憶だけか。
俺が明かりを消す前に鞄を足で少し移動させたことには気付いていなかったということだな。
案外見ているようで見えていないことが多いのだ。
もし音にも敏感に反応していれば、鞄が床に擦れる音に気付く。そして、その位置を確認する時間も十分にあったはずだ。
俺が鞄を移動させつつ電気を消したのはたったの三秒と短いように思えるが、実戦では一秒以下の世界でそれらを把握しなければいけない。
「記憶だけで全てが解決するわけではない。五感を研ぎ澄ます訓練をしなければいけないな」
「つまりは目で見る以外の訓練ってこと?」
「そうだな」
視覚から得られる情報は確かに多い。七割から八割が視覚情報だと言われている。
言い換えれば、残りの三割程度は他の感覚から得られるということ。全てを把握するには五感全てを使わなければいけないということになるのだ。
「目は重要よ。それを使わないでまともに戦えるの?」
「盲目でも剣を持ち振るうことができる。振るうことができれば、当然戦えるだろう」
「確かにそうだけど、圧倒的に不利だわ」
不利か。本当にそうだろうか。
聴覚から得られる情報の中には相手の位置や呼吸の仕方はもちろん、剣速、剣の方向などもわかる。さらには相手の次なる攻撃も読み取ることができる。
剣が空気を斬る時に出る刃音は剣の持ち方でも変わってくる。順手なのか逆手なのかも目で見るよりも早くわかる。
相手を見なくても音や空気の流れでほとんど分かってしまうのだ。
「では俺が証明してみようか」
そう言って俺は黒い布を目に巻いた。
「薄らと見えてないのかしら」
「なら二重にも三重にもしようか」
さらに布を目を隠すように巻いた。
光が漏れていない状態を作ったのだ。
「じゃ、木刀で斬りかかるね」
すると、空気の流れが変わる。
剣を上段に構えている。だが、距離的に間合いの外だろう。
ブォンッ
木刀が顔の前を通り過ぎていく。
「斬りかかるならもう少し近付け」
「えっ……じゃあこれはっ」
木刀が回転する音が聞こえる。前足を出して力を込めるのがわかる。
振り上げ、剣速は速めと言ったところだろう。
俺は振り上げられた木刀を体を後ろに反ることで躱してみせる。
「なっ」
続けて攻撃してくる。振り上げた剣先がまた回転し、右斜めに斬りかかってくる。
それを俺は体を半回転させることでうまく避ける。
「……っ!」
また右方向から斬りかかってくる。
ふむ、どうやら鞄のある場所に誘っているようだな。
その程度のこと、俺が忘れているわけがない。
「うそっ!」
「勝負ありだ」
俺は右横方向からの剣撃を寸前で伏せることで躱し、そしてミーナの懐に潜り込むように移動する。
この間合いでは木刀よりも格闘の方が早い。手刀で彼女の首元に添えた。
本気で当てれば意識ぐらいなら刈り取れるだろう。
「鞄のあるところに誘い込んだのは作戦として良かったのだが、それだけでは不十分だ」
「何が不十分なのよ」
「足音を偽装するなり、音の出ない剣撃をするなりしなければいけない」
「そんなこと普通できないでしょ。全く、エレインには勝てそうにないわ」
そう言って、ミーナは大きくため息を吐いた。
確かに今のままでは勝ち目はないかもしれない。だが、しっかりと訓練をすれば一度ぐらいは俺を追い詰めることができそうだがな。
「訓練を続ければ慣れる。目に頼らずとも戦えるだろう」
「本当かしら」
「俺ができたぐらいだ」
「その言葉が一番信用できないのだけど……」
まぁこの程度の訓練など俺が四歳の頃に受けていた。
それからはもっと高度なものだったな。触覚を麻痺させる薬を打ち、目隠しをしてさらに音すらも遮断した状態で戦うことが普通になった。
何を頼りに戦うか、それは予測でしかない。
戦う前に少しだけ顔を合わせる機会があった。その間に相手の行動を全て読み取る。表情や喋り方、体の動かし方などからどのように戦うのか、どのような攻め方や守り方をするのか。
そう言ったことを全て把握する。把握できれば簡単に相手の行動が読み取れるものだ。
今、あれと同じ訓練を行うには色々と設備が大変だろう。
「信用はしなくていい。とりあえず目隠しをする」
俺はミーナの目に布を巻いた。
「全く見えないのね」
「今は動かなくていい。周囲を歩くから俺の方向に体を向けろ」
ミーナの周りを歩き始める。
当然、手を伸ばせば触れる距離のため簡単に適応できたようだ。
「少し離れるぞ」
俺は彼女から数歩離れる。
そして、もう一度周囲を回る。
何度か左右に動いていると、徐々に体の向きが一致しなくなってきた。
「では目隠しを外してみろ」
「……これってずれてるわね」
確かに体の方向は俺の中心を捉えていない。
これでは剣を振るってもうまく当てることなどできないはずだ。
「正確な位置が掴めていなければ、当たる攻撃も当てられない」
「そうね。これでは攻撃は通らないわ」
そのことを理解しているのなら早い。
「これも結局のところは慣れだ。何度か繰り返していくとその精度は正確になっていく」
「信用できないのだけど、今は騙されたと思ってやってみる」
そうして、俺たちは剣を振らない訓練を続けた。
ミーナは熱心なのかずっと目隠しをしたまま同じ訓練を続けていた。
しばらくすると、やはり慣れてきたのか聴覚の精度が良くなってきたようだ。
「ある程度は距離感、方向は掴めてきたようだな」
「ええ、あなたの言う通りだわ」
この程度なら誰でもできるのだろうな。
「それでは明日は構えているのが上段か下段かを当ててみようか」
「いきなり難しくない?」
「そうか? 二つしかやらないつもりだが」
「二つでも難しいの。四つも五つも選択肢があったら無理に決まってるわ」
四つでも五つでも難易度はそう変わらないだろう。
相手の態勢や剣の持ち方まで答えろと言っているわけではないのだからな。
まぁその辺りも慣れてきたら答えられるだろう。
「結局は慣れだ」
「慣れ、ね……」
ミーナはジト目で俺を見つめる。
それから俺たちは訓練場を出て、お互いに帰路に着いたのであった。
こんにちは、結坂有です。
今までとは比べ物にならないくらいの高度な訓練がミーナに課せられました。
それでもなんとか追いつこうと頑張る彼女ですが、エレインにとっては出来て当然のことのようですね。
にしても、エレインにできないことなどあるのでしょうか……
それでは次回もお楽しみに。
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