魔族化の目的
衝撃波に吹き飛ばされ壁に激突してしまったが、体を動かすのには支障はない。足元に落ちたダガーを拾い上げ、前を向く。
「……っ!」
そこには今まで見たことのない光景が広がっていた。先程の長官の体が大きく隆起し、人間とは思えないほどに巨大化。そして、なによりも禍々しいその体の色は魔族のそれに等しい。
まさか、本当に人間を魔族化させる事を考えていたとは信じられない。それにギトリス長官自身が魔族化しているというのも不自然に思えた。
「魔族化、一度だけ実験場で姿を変えたがやはりこの体のほうがしっくりくる」
「な、何をしているのかわかってるの?」
「いずれ人類は魔族に飲まれる。なら我々自身も魔族となることで平和になるだろう」
「……本当にそれで平和になると考えているのなら大間違いよ」
人類が魔族化することで魔族と戦うことがなくなる。それで平和になるとは私も考えていない。ギトリス長官はなにもわかっていない。私たちオラトリア王族が何年もかけて神樹を守ってきたのか理解していないのだ。
神樹を守るために私たちオラトリア一族は野蛮人だと言われ、資源を奪おうとする王族たちから自ら戦争状態を引き起こすことで神樹は守られていた。
しかし、連邦政府となってしまった今、私たちオラトリア王家に発言力はなく政府の言われるがままに状況が進んでしまった。それで神樹が切り倒され、この本部を作り上げる資源として使われてしまった。
そう、この本部自体もあの神樹から作り上げられているということなのだ。
「人類みな、戦いのない世界を望んでいる。それは間違いないだろ?」
「そうよ。あなたの言うように戦いがないに越したことはないわ。でも、それが本当に平和なのかしら」
「……どういうことだ?」
「魔族として生きていくことはそう簡単ではないのよ。それに魔族には上位種がいるわ。人間が魔族化したとしてもその上位種に抑圧される。姿かたちを作り変えたとしても真の平和はないわ」
上位種の魔族、存在自体が疑問視されてはいるが、私は存在すると信じている。なぜなら言葉を話す魔族がいるということを聞いたことがあるからだ。
それに有象無象の魔族がどう統率しているのかも気になる。つまりは少なからず上位種の存在がいて、彼らが魔族を支配していると考えるのが自然だ。人類との戦いにそういった上位種が姿を表すことはほとんどないため、報告例が少ないのも納得できるだろう。
「そんなことはどうでもいいではないか。上位種? 知ったことではない。我々は人類という枷から解放するために魔族化しようとしているのだ」
「ふざけてるわ。そのようなことが許されると思っているの?」
「この国を支配しているのは我々連邦政府だ。それに殆どの権力者がここ中央区に集まっている。それが意味することはなんだ?」
「……自由に決定権を持つことができる」
集権主義の悪いところだ。権力が愚かな人間に集まってしまえば途端にこの国は崩壊へと向かってしまう。だから今のような事態が起きてしまっているのだ。
「いずれはこうなる運命、貴様もすぐに分かる」
「わかりたくないわ。魔族に成り下がるぐらいなら死んだほうがマシよ」
「死ぬまで我々に反対するつもりなんだな」
「いいえ、死んでもこの意志だけは変わらないわ」
もし幽霊や亡霊という存在があるのだとしたら、そのときはこの魔族になってしまった長官を呪い殺したいぐらいだ。
「なら、ここで死んでもらうほうが都合がいいな。剣聖とやらも小さき盾とやらも所詮は人間、この強靭な肉体となった我に敵うはずがなかろう」
「それは彼らに……」
すると、私の背後にあった扉が吹き飛んだ。
「生臭ぇ部屋だな」
「ああ、全くだ」
そこには私が逃した小さい盾のレイと新聞で見た剣聖エレインがいた。改めて明るい場所で彼らを見るとなぜだろう、格好良くみえてしまう。
いいや、今はそんな邪念を抱いてしまってはいけない。目の前の長官、魔族を殺さなければいけない。
「……今更貴様らが来たところでもう遅いわっ!」
そういってギトリスは机を私の方へと投げ飛ばしてきた。大きく豪勢な木材で作られたその机は猛烈な勢いで私へと迫ってくる。当然だが、私はどうすることもできない。
「おらぁ!」
私が反応するよりも速くレイが前に立って、その飛んでくる机を魔剣でたたき砕いた。
「体だけは大きくなっても考える脳までは大きくなってねぇな!」
「バカがいくらほざいたところでこの我を止めることはできん」
すると、ギトリスは肥大化した肉塊の中から聖剣を取り出した。聖なる力は感じるものの宿っている精霊自体が呼応していないのか、輝いていない。
「へっ、その剣の精霊がどんな気持ちなのか考えたことあるのか?」
「聖剣などただの道具に過ぎん」
「……信じられない」
「ふむ、こんな奴がこの国を牛耳っていたとはな」
想像していなかったと言いたいのかエレインが額に手をやりながらそういった。
「どうすんだ? ぶっ倒すか?」
「むははっ、貴様ら人間に何ができると言うんだ」
すると、ギトリスはその手に持った聖剣を振り回してレイへと攻撃を始めた。
ギャリィィンッ!
強烈な金属音が響き渡る。
「レイ、手加減は無用だ」
「わかってるってぇの! エレインはさっさとその女を連れて行けっ」
また強烈な音が響く。今まで聞いたことのないような轟音に耳が避けそうになる。
そんな耳を抑えている私の腕を剣聖であるエレインが引っ張る。
「え?」
「動けるか?」
「う、動けるわ。でも……」
「ここはレイに任せた方がいい。避難を優先しろ」
「……わかったわ」
確かに強靭な魔族の肉体を持ってしまった長官に私がどうこうできるはずがない。あのような攻撃をまともに防ぐことはできないからだ。
だけど、レイなら戦えるのだろうか。
それから長官室を抜け出して、私とエレインは下の階へと降りていく。そして、ある程度離れたところでエレインが話しかけてきた。
「長官室と書かれていたが、奴が長官なのか?」
そう真っ直ぐできれいな瞳に一瞬だけドキリと心臓が高鳴る。
「……そ、そうよ。あんな風になってしまったけれど長官よ」
「なるほどな。魔族化、この国でも計画されていたとはな」
「え? エルラトラムでも行われているの?」
「まぁな。魔族になったほうが都合がいいと考える人も一定数いるということのようだな。ただ、エルラトラムの件に関しては魔族側からの後押しもあると思うがな」
魔族側からの後押しとはなんだろうか。
もしかすると、魔族化を進めることでなにかの利益になるようななにかがあるということだろうか。もしそうだとしたら、魔族たちは本当に人類を滅亡させたいと考えているようだ。
いや、完全に奴隷化しようとしているかもしれない。
「そう、なのね。確かに魔族側からすれば人間は色々と利用できるからね。男は死ぬまで働かされ、女は生殖用として体を内側から破壊し、そして最後には食用となって食べられる。そんなのどうかしてるわ」
「ただ、あのギトリス長官は自ら魔族になった。少なくとも人類の上に立つ存在になれると思ったんだろうな」
「……ふざけてるわ。本当にとんでもない人だわ」
そう考えると腸が煮えくり返るほどに怒りが込み上がってくる。人類を裏切るなんて私には到底許すことができない。
「こ、ここで何をしているのですか」
「……デライト将軍?」
「剣聖様もこんなところで一体……」
すると、エレインが東洋風の刀を彼に突き出した。
「なんの真似ですか?」
「人間の皮をかぶった魔族、俺にはそう見えるがな」
「初対面なのにとんでもない冗談を仰るのですね……」
「冗談に見えるか?」
エレインの発言が冗談でないことを理解したデライトは剣を引き抜いて戦闘態勢に入った。
まさか、本当に彼も魔族だと言うのだろうか。この国の幹部は一体どうなってるのか、もはや私には理解できない。
「っ! こっちだっ」
そういってエレインが私の腕を強く引っ張ると天井が大きく崩れた先程のギトリスとレイが落ちてきた。
「てめぇ、暴れるんじゃねぇ!」
「ウゥガァァ!」
すると、ギトリスが崩れた床の一部を持ち上げてレイへと投げつける。しかし、彼はそれを魔剣でまたしても砕いた。小さき盾は一体何者なのだろうか。
「オラァ!」
砕いた砂塵に隠れるようにレイがギトリスへと突き刺す。そして、大量の黒く腐った血液が吹き出し、レイに浴びせる。
「くそっ、汚ねぇ奴だなっ!」
そういってレイが顔にかかった血液を拭おうとした瞬間、デライト将軍の姿が消えた。
「はぁ!」
キャリンっとレイの魔剣が弾かれる。
「なんだ、てめぇ」
「……ギトリス長官、いや、もうただの魔族に染まってしまいましたね」
「あ? 何いってんだ?」
「ふははっ、人間としての理性を保ったまま魔族になれるなんてそんな都合のいい話があるはずがないのですよ。まぁ騙される長官が悪いのですけどね」
すると、デライト将軍の両腕が大きく隆起し、人間の形を保っているものの魔族のような風貌へと変化していった。
「あんたも魔族だってことか?」
「ええ、もちろんですよ。ただ、人間に化けていただけ、このふざけた人間とは違うのです」
「長官は利用されただけだということか?」
「利用できるものは最後まで利用する、この私の信条でもあるのですよ」
なんともふざけたことを言っているが、どうやら彼は生まれたときから魔族だったようでデライト将軍に化けることで人間としての権力や地位を集めていたようだ。
そして、国の方針を決定するギトリス長官を誑かして政府機関を混乱させようとしていた。すべてはこの魔族が発端のようだ。
「さっきからふざけたことを言ってるが、つまりはてめぇも敵だってことでいいんだなっ!」
「短期な人ですか。長官と同じで扱いにくいですね」
「あ! そんな醜い奴と一緒にすんじゃねぇよ!」
「……ゥウァガ!」
レイの言葉に反応するかのように肉塊と成り果てたギトリスがまた床の破片を投げ飛ばした。しかし、彼はそれを難なく叩き落としていく。
「肉の塊になったとしても耳はあるようだな」
「っんなふざけたことあるかっ」
「まぁこの二体ともここで倒せばいいだけだ」
「上等だぜ、やってやろうじゃねぇかっ」
「ふははっ、君たち人間ごときが聖剣を手にしたところで意味はないのですよっ」
そういってデライトは剣を引き抜き、エレインへと突撃した。その勢いは目で追えないほどに高速で一瞬にして彼らの剣が交わる。
「へっ、下がってろよ。巻き込まれっからなっ」
すると、レイが私の方にそういって忠告してくれる。私は何も返事をすることができず、ただただ二人から離れることにした。
もう私にできることは何も残っていない。どうやらエルラトラムの剣聖、そしてその小さき盾のあの二人にもう全てを任せるしかないみたいだ。
こんにちは、結坂有です。
激しい戦闘が始まりましたね。
戦いの行く末は一体どうなるのでしょうか。そして、リーリアたちは宿でなにをしているのでしょうか。
それでは次回も楽しみに。
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