連邦政府の計画していること
俺はアレイシアを抱えて階段を登った。
足の不自由な彼女もすぐにここから抜け出さなければいけない。俺一人だけでは意味がないのだ。
地上階へと出ると警報のようなものが小さくではあるが、鳴り響いていた。この音量だと外には聞こえないぐらいだろうな。政府機関であるこの本部で異常事態が起きていると市民に知られるわけには行かないからな。
「……それにしても警備員の人が少ないわね」
「そうみてぇだが、何してんだろうな」
この様子だとゆっくりと俺の魔剣を探す時間があったかもしれない。いや、この事態を作り出しているのはあのリアーナなのかもしれねぇなが、どちらにしろ今の状況は俺たちにとってかなり好都合ではある。
「この様子だと外に出るのは簡単そうに見えるな」
「ええ、出口はあそこよ」
そういってアレイシアの指差した。
その方角は俺たちがここに入ったエントランスの方だ。正面エントランスは少し離れているが、裏の出口を探している場合でもないか。俺の魔剣が誰かにやられるって可能性はかなり低いとして、アレイシアを安全な場所へと移動させることが重要だな。
「じゃ行くか」
そう走ろうとするが、近づいてくる二人の足音に俺は足を止めた。
「どうかしたの?」
「二人近づいてくるな。少しの間、立てるか?」
「ええ、どうするの?」
俺は近くの手すりを力ずくで取り外して棒状の武器にする。相手が強力な聖剣使いだった場合は無意味かもしれねぇが、何も武器が無いよりかはあったほうがいい。
「え?」
手すりを取り外すと薄く淡い青色の髪をした女性とそれに対比するように赤い髪を持った女性の二人が走ってきた。
「悪いが、脱獄させていただくぜ?」
「ちょっとまって。私たちは……」
「問答無用だっ」
俺が手すりを青い髪の女性へと振り下ろす。丸腰とはいえ、俺たちを足止めしようとするのなら容赦はしない。
「……ふっ!」
すると、彼女は一瞬だけ目を光らせると猛烈な速度で俺から離れる。
「なっ、てめぇ只者ではねぇな」
「それはお互い様よ。私たちはエレインに頼まれてここまで来たの」
「エレイン?」
「そうですっ。助けるように言われたのです」
どうやら彼女たちはエレインから頼まれてここに来たようだ。
「エレインがここにいるの?」
アレイシアが不安定な足取りでゆっくりと近づいてくる。彼女たちに敵意がないのは明らかなため、俺はすぐにアレイシアを支える。
「ええ、そうよ。正面エントランスで堕精霊と戦ってるわ」
堕精霊というのは俺のリアーナのことだろうな。
「それなら早く行きましょう。堕精霊というのはレイの精霊かもしれないからね」
「ああ、そうだな」
それから俺たちは青髪と赤髪の彼女たちについていくように正面エントランスへと向かった。
◆◆◆
俺、エレインはリアーナと死闘を演出していた。
すでに周囲は無数の傷が刻み込まれている。もちろん、俺も防衛に関しては手加減するわけにはいかない。彼女はおそらく本気で戦っているからな。手加減をすれば逆に俺が大怪我を負うことになるだろう。
「ふへへっ、本当に強いんだね」
「満足したか?」
「どうだろうね。でもボクはまだまだ余裕だよ」
彼女はまだ満足ではない様子だ。当然だが、俺もまだまだ戦うことができる。しかし、周囲に人の気配がないことからこれ以上死闘を演出する必要がないのもまた事実だ。
「それにしても本当にレイと戦ってる気分だ」
「ふふっ、そりゃ彼の力を基にしてるからね」
「そうか。なら……」
俺は一歩だけ前に踏み出す。
「次は何を見せてくれるのかな?」
「この手の動きは弱いということだな」
上段の構えでリアーナへと斬りかかる。それに対応するように彼女は防御態勢を取る。もちろん、その姿勢はレイをベースにしている。
久しぶりにやる技だ。体がしっかりと動いてくれるといいが、やってみるしかないか。
「ふっ」
「ほっ」
俺は剣を振り下ろす直前に、自分の足を交差させ体の軸を瞬時に回転させる。そうすることで振り下ろしに見せかけて水平斬りを仕掛けることができるということだ。
「っ!」
しかし、その攻撃はリアーナの左腕に防がれる。
「……記憶の片隅にあった技はこれなのかぁ。確かに信じられない動きだね」
「なるほど、あれ以降見せたことのなかった技だが、対策を考えていたとはな」
「うーん、悪くない。悪くない動きだけど、いまひとつかなぁ」
「だが、俺としても追撃を考えていないわけではない」
「え?」
俺はリアーナの腕に斬り込んでしまった聖剣を手放し、その剣に向かって蹴り上げる。
「体術?」
「ああ、もちろんっ」
聖剣の柄に俺の蹴り上げが入る。すると、聖剣が縦方向へと回転。
「ほっ」
それを彼女は難なく防ぐ。だが、それが一瞬の隙となるのだ。
聖剣に注意を向けたリアーナは横方向からの攻撃に弱い。俺はその死角から強烈な蹴りをもう一度加える。
「へっ?」
蹴りが入る直前、彼女はその攻撃に気づくがほんの一瞬遅かった。
俺の攻撃をまともに喰らった彼女は勢いよく吹き飛ばされ、壁へと激突する。
「……この動きは想定していなかったか?」
とはいっても先程の動きは魔剣の加速を使わなければ簡単に対処されたことだろう。体術の素早さで言えば俺はレイに敵わないからな。
「へぇ、ほんと強いんだね。今のは流石に効いたよ。でも、ボクを倒すには威力不足……」
若干ふらつきながらも彼女は立ち上がった。
人間なら卒倒するほどの威力だったが、タフなところもレイに似たといったところか。まぁ更に追撃をしようと思えばできたわけだ。事実、聖剣は俺の足元に転がっているからな。
「殺そうとしていないだけだ」
「ふへへっ、やっぱり手加減してたんだ」
そう言って、彼女はなぜか楽しそうに笑った。
「そこまでだぜっ」
すると、レイの声が聞こえてきた。
「レイか」
「へっ、来ると思ってたぜ」
振り返るとレイがアレイシアを抱えてこちらへと走ってきた。
「アレイシアも一緒なのか」
「……まぁ仕事よ、私用で来たわけじゃないわ」
彼女は視線をそらしてそう言った。もちろん、その言葉を疑っているわけではないがな。
「外交的なことか。まぁそれも議長の仕事の一つだからな」
「そう、そうよ。父、アーレイクだけが外交するわけじゃないからね」
「素直に会いたかったって言えばいいのによ」
「べ、別にそうは言ってなかったでしょ」
「俺にはそう聞こえたんだがな」
どちらにしろ、会えただけ良かったといったところだろう。運が悪ければ、何ヶ月も会えないことになるのだからな。
「ふへへっ、もう終わりかぁ」
「終わりだ。こんなにも無茶苦茶にしてよ」
確かに見渡してみると綺麗に磨かれていた床は傷だらけに、彫刻の入った美しい壁も衝突などでひび割れ、白く光っていた漆喰の部分も剥がれてしまっている。
「死闘の演出は必要、だろ?」
「……こんなことしてたら普通の人は逃げるわよ」
すると、ラクアがそうつぶやくように言った。
「まぁこの程度のこと、俺らの中では日常茶飯事だぜ?」
「エルラトラムって国は本当に平和なのかしら……」
「大丈夫よ。この人たちだけだから」
頭に手をやりながらアレイシアがラクアの言葉に返した。レイの言うように俺たちの訓練ではこれぐらいの戦闘は普通のように行う。しかし、いくらエルラトラムといえど一般的にそのようなレベルの戦闘訓練は行っていないからな。
まぁ俺たちだけだろうな。
「楽しい時間だったよ。またできるといいね…… ん?」
リアーナが少し残念そうに言った直後、妙な魔の気配が強まる。
「何だ?」
今までに感じたことのないような、異様な力。邪神ヒューハデリックのそれに近いものを感じた。
◆◆◆
私、ベイラは長官室にいた。
警報がなり始めて十数分経った頃だ。真っ先に私はアレイシア議長のもとに牢屋の鍵を持っていき、その後にこの長官室へと来ていた。
もちろん、ギトリス長官に用があってきたのだ。
「緊急事態だというのにどうしたのだ?」
「……聞き返すようだけど、緊急事態なのにのんきに葉巻なんて吸って何をしているの?」
「これはただの葉巻とは違う。それに長官となった今でも我は聖剣使い、多少の荒事でも対処できる」
とはいっても、今の彼に聖剣のようなものを持っている様子はない。当然ながら、後ろに飾っているわけでもない。
「小さき盾を弱いものだと思っているみたいだけど、どうかしらね。先程、牢屋を蹴破ろうとしていたのを見たわ」
「蹴破ったところでなんだ。今の奴には聖剣一つ持っておらん」
「聖剣と魔剣の違いもわからないくせに知った口を……」
すると、長官は急に立ち上がり私へと近寄ってきた。
「オラトリア次期王女だからとでかい口をするな。貴様の父親にはうんざりしているが、お前自身は評価しているつもりだ」
「そう、勝手に評価されても困るわ」
「なにをいって……」
私はとある資料を見せつけた。彼に見えないようにスカートに隠していたのだ。
「どういうことかしら? しっかりと説明してくれるのよね」
「……警備を呼んでやる。ここから出ていけ」
「悪いけれど、警備員は別のことで手がいっぱいよ。それともあなた自身が連れ出すのかしら」
当然ながら、あの魔剣の彼女がどれだけ暴れているのかはわからない。しかし、それでもレイを解放すればどうだろうか。一気に緊急度が増すのは目に見えている。ここの警備は毎日調査したためによく知っている。
市民に地下牢があるなんて知られないように警備に当てる経費を落としているのだ。そのため警備員の数は必要最低限に抑えている。
「貴様……」
「私も聖剣使い、まだ能力は使いこなせていないけれど、十分にあなたと戦えるわ」
ダガーのような形状でとても剣とは思えないほどに小さなものだが、それでも全く使い物にならないわけではない。つまり、聖剣使いと自称する彼と同等の力関係と言った状況だ。
正直いうと私自身かなり怖い。こんなことを追求するなんて、一人でやりたくはなかった。でも、ここでやらなければいずれあの計画を実行してしまうかもしれない。それに今がチャンスだと思ったのだ。長官を完全に一人にする、それができるのは今の状況以外にないからだ。
「もう一度、聞くわ。この計画、すでに実行してるなんてことはないわよね」
「……」
「答えなさい。逃げることもできないあなたはこれに答えないといけないの」
「…………」
「本当に人間を”魔族化”させるなんて……っ!」
次の瞬間、強烈な衝撃波が私を突き飛ばした。
こんにちは、結坂有です。
夜遅くになってしまいました……
ついに政府の闇が見えてきましたね。
人間の魔族化、以前にもありました。一体この世界の裏で何が行われようとしているのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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