セシルとの交流
アレイシアに見送られて学院に向かった俺とリーリアは日課になりつつある通学路を歩くのであった。
今日は朝練の予定などなく、いつもより少し遅めの登校だ。
「エレイン様。そろそろ剣術競技が始まるそうですね」
剣術競技、それは学院での評価に関わるものだ。
これで上位の生徒に勝つことで順位が上がる。もちろん、これに関してはそれなりに頑張る必要があるからな。
当然、俺一人が暴走すればすぐに上位に上がるのだが、議会のこともある。
どんな手段で俺の情報を手に入れようとしてくるのかわかったことではないからな。監視カメラなども多い学院では常に情報が漏れる危険性がある。
自分の動きにも気をつける必要があるだろう。
「そうだな。来週に迫っているみたいだ」
一ヶ月に一度はある剣術競技、上位に食い込むには最低でも四回は必要となってくる。
「エレイン様であれば余裕でしょう」
「確かに余裕なのかもしれないが、気を抜いていると足を掬われるからな」
「そんなことはないと思いますよ」
まぁ負けると言ったことは計算にない。
しかし、どんな人がいるかはわからないからな。未知だということも確かなのだ。
「応援してくれるのならありがたい」
「はい。応援していますよ」
どうやらリーリアは全力で応援してくれるようだ。
誰かに応援してもらうというのは気分の良いものだからな。正直嬉しい。
学院敷地内の商店街に入るとセシルが声をかけてきた。
「おはよう、エレイン」
どうやら彼女も寮から出てきたところのようだった。
「おはよう」
そして、俺の横にいるリーリアよりも近くに来る。
その様子を見ていたリーリアはあからさまにセシルを睨むが、彼女はそれに気にすることなく歩いている。
「エレインはこれから朝練?」
「いいや、今日はない」
ミーナに朝練をしようと言われたが、戦闘で疲れているだろうと思ったのでやめていた。
とは言っても実際は全く疲れていないがな。
「それでは教室まで一緒にいきましょう」
「エレイン様に敵対していたのをお忘れになられましたか?」
俺とセシルの会話を聞いていたリーリアが急に首を突っ込んできた。
「最初に会ったときは確かに警戒していたけど、先日のことで確信したの」
敵ではないということは理解し始めているようだ。
俺としては嬉しいことなのだが、メイドのリーリアは喜ばしいことではなさそうだな。
「剣を向けたことは変わりませんよ」
「そうね。それは謝罪するわ」
そう言ってセシルは改まって頭を下げた。
人に剣を向けるということは明らかな敵対行動である。
「気にはしていない。むしろセシルにそのようなことを吹き込んだ奴が問題だ」
剣を向けてきたとき、セシルは刺客に襲われたと言っていた。
そいつが俺が悪だと言ったのが原因だ。彼女自身はなにも悪くないのだ。
「ありがとう。あの人は今でもよくわからないのよね」
「そうなのか」
「うん、だって服装からして怪しかったからね」
こう話してみるとミーナと話しているのと変わらないな。
教室で見るセシルは気高い感じがして話にくい雰囲気を漂わしているのだが、実際こうして話してみると意外と話しやすい。
「どうしたの?」
俺が少し黙っているとセシルが顔を覗き込んできた。
気高い騎士だと思っていたが、普通の少女ではないか。
「いや、気難しいやつだと思っていたが話してみると意外と友好的だと思ってな」
「え? あ、そうなんだ」
周りを信用していないからこその態度なのだろうな。
本人は副団長の娘ということで人との交流が少なかったと言っていた。
「普段もそのように接していたらもう少し友人が増えると思うのだがな」
「私、副団長の娘だからって言う立場なの。だからあんな振る舞いになってしまって」
立場上というのも理由の一つか。まぁ彼女も複雑な立場なのは間違いない。
「そのせいで本当の自分を引き出せないのは不便だろう」
「そうよね。もう少し自分を見て欲しい、かな」
「エレイン様、やはりセシルは危険です」
そう話しているとリーリアが俺の腕を引っ張りながら言った。
「なにが危険なのだ」
「どうしてもですっ」
リーリアはムッとした表情をしている。
それを見てセシルも俺を引っ張る。
「ちょっと、エレインに失礼ではないの?」
「これは守るための行動です」
「……歩き辛い」
左右に腕を引っ張られながら、俺たちは学院へと登校するのであった。
教室に入ると口論が聞こえてきた。
「無能が、さっさと退学しろ!」
「私は自分のことを無能だと思ったことがないの」
どうやらミーナが男に絡まれているようだ。
あの男は確か学院二位だったやつだな。
「面倒なことになっているな」
「あの子って確かエレインのパートナーの……」
「そうだな」
すると、セシルは俺の腕を離して男に話をしにいくようだ。
「ちょっと話してくるわ」
そう言って、男の肩を引いた。
「なにすんだよ!」
「あなたこそ、一体になにをしているの」
「あ? こいつが自分のことを強いと思っているバカだから正直に言ってやってんだよ」
男はそう怒号をあげる。
「あの人はフィン・エングラーブですね」
「知っているのか」
どうやらリーリアはあの男のことを知っているようだ。
「エングラーブ流のたった一人の継承者よ」
「強いのか」
「ええ、もちろんです。彼はセシルと同じぐらい強いと言われています」
それにしては弱そうな態度をしているな。
あのような威圧だけでは器の小さい男に見える。
「グレイス流剣術は歴とした聖剣使いのための技よ。一概に弱いとは言い切れないわ」
「だけど学院で最下位、剣術評価も最下位の落ちこぼれだぜ?」
「順位は常に下がいるものよ。彼女が退学したところでまた新たな最下位が生まれるわ」
確かに正論ではあるが、彼が言っているのはそのことではないだろう。
目で見て弱いと思ったから怒っているのだ。
弱い奴がこの学院に来ていることは不愉快だと言っている。
「関係ねぇよ。こいつが弱いのは確かだろ」
「では、お手合わせしてはどう?」
すると、セシルが誰も予想だにしていなかったことを発言した。
「は?」「え?」
当然、フィンとミーナは同時に驚いた。
「確か、来週よね。剣術競技は」
「そうだけどよ。なんで俺らが最下位の奴らと戦わなければいけねぇんだよ」
「弱いかどうかは戦ってみなければわからない。そうでしょ」
フィンは苛立ちを露にしているが、どうやらセシルの言葉に納得したようだ。
「ああ、そうだな。その形だけの聖剣なんかぶっ壊してやるよ」
「ちょっと……」
「募集しておいて、逃げんじゃねぇぞ? 逃げたら雑魚以下だからな」
ミーナに圧力をかけるようにフィンがそう言った。
しかし、今のミーナには彼に勝てるような実力はない。
これは対策をまた練る必要があるな。
「わかったわよ。次に剣術競技、受けるわ」
「ミーナさん、ありがとう」
そう言ってセシルは俺の方へと歩いてきた。
「これでパートナーになれるわね」
耳元でそんなことを囁いた。
一体なにが言いたいのだろうか。
まぁ今はそんなことを考えている場合ではないか。ミーナが学院二位に勝てる方法を考えなければいけない。
すると、フィンも俺の方へと歩いてきた。
「おい、お前もあいつのパートナーだったよな?」
「そうだが」
「すぐ折れそうな剣に、重そうな剣だな。せめてセシルの遊び相手にはなってくれよな」
確かに面倒なことになったが、逆に好機でもある。
ここは俺も挑発をして相手の怒りを買っておくのもいいだろうな。
「遊ぶのは好きだ」
俺がそういうとフィンは高笑いをした。
どうやら俺の発言が面白かったらしい。
「学院一位に勝てるというのか? 俺でも無理だったんだ。お前ごときが無理に決まってるだろう」
「あんたの基準ではそうなのだろうな」
「なら、証明してみろよ。そこの雑魚と一緒になっ」
こう話しているとフィンはどうやら感情で動いてくるようだな。
これが戦闘でも同じとは言い切れないが、参考にしておこうか。
フィンはそう言い残して自分の席へと着いた。
「エレイン様、思ってもみなかったチャンスですね」
「そうかもしれないな。まぁなるべく頑張ってみるよ」
リーリアはそう言って教室の後ろの方へと向かった。
嫌な展開での好機だが、手を伸ばしてみるのも悪くないだろう。
うまくいけば、上位に簡単にたどり着ける可能性があるからな。
俺も席に着こうとすると、アレイが話しかけてきた。
「面倒なことになってるね」
「まぁな。どうしてミーナとフィンが口論になったんだ」
俺はミーナたちがなぜ口論になっていたのか知りたかった。
内容によっては簡単に終わらせることができない可能性があるからな。
「剣術競技でミーナが対戦相手の募集をしていることがフィンの逆鱗に触れたみたい」
「募集することはダメなことなのか」
「ううん。募集しないと順位が伸びないからね」
なるほど、やはりフィンの一方的な怒りであったか。
それなら勝利で終わらせるのも悪くないか。場合によってはわざと負けることも想定していたが、そのことは大丈夫なようだ。
「そうか。まぁそれなりに頑張ってみるよ」
「暗闇流を破ったエレインならいけるかもね。応援してる」
アレイも応援してくれるようだ。
こうして背中を押してくれる存在がいると気分が高揚するものだな。
そして、今日も何事もなかったかのように授業が始まるのであった。
こんにちは、結坂有です。
エレインたちにどうやら最高のチャンスが訪れたようです。
一気に上位に駆け上がれるかもしれません。
しかし、それにはミーナをなんとか強くする必要があります。
第三章からはミーナの成長と、セシルとの関係について深く描いていくつもりです!
それでは次回もお楽しみに。




