敵の味方は敵
この村の宿は港町のようにしっかりとしたものではなく、部屋もかなり狭い場所となっている。
「思っていたよりも狭いわね」
「荷物でいっぱいになるってわけじゃねぇだけマシか」
アレイシアの荷物は確かに多いもので数日分の服と資料以外ではないのは間違いない。まぁ女性の荷物が多くなるのは当然だ。そんな少し多めの荷物でも床が埋まってしまうような狭さではないだけ十分だろう。
それよりも俺はこの宿のセキュリティが心配だ。
「ただ、部屋の狭さよりもこの宿が安全かが気になるな」
「そうね。港町の宿と比べたらすぐに誰かが侵入してきそうね」
エントランスはそこまで広くはなく、受付もずっといるわけでもない。もちろん、鍵などは受付の人を呼ばなければいけないが、この宿に入るだけであれば自由に入れるといった状況だ。
まぁその点に関しては別に問題ではない。一番問題なのは、壁や扉が薄いということだ。これだと部屋での会話を聞かれることもあるだろうし、場合によっては突き破って侵入してきてしまうことだってあるはずだ。
「にしても、壁とかが薄いのは問題かもしれねぇな」
「こればかりは仕方ないわ。本当なら大人数で安全を確保してから寝泊まりするのだけれど、今回は予算を全く使っていないからね」
まぁ予算を壁の修復などに使いたいのはよくわかっている。しかし、議長である自分の防衛費まで利用することはなかったと思うがな。とはいえ、国の予算をよく知っているのは彼女だ。俺が文句を言える立場ではない。
すると、彼女はベッドに座って俺に向かって近くに来てと目で合図を送ってきた。どうやら部屋の外に声が漏れないように小声で話すつもりなのだろう。
「これから先は村での寝泊まりが多くなると思うの。だから、もっと忙しくなるわよ」
「へっ、別に俺のすることは変わらねぇよ」
俺もそう言って彼女に返事をした。
彼女はどうやら俺に警備を頑張って欲しいと言っているのだろう。もちろん、俺は全力を尽くすつもりだ。それに相手が誰であれ、議長に危害を加えるのなら本気で俺はそれを阻止するだけだからな。
「そう言ってくれると安心するわ」
すると、彼女はそう言って俺から顔を離した。
「それで、今日も夕食を買ってくるのか?」
「ううん、昨日の残りがいくつかあるからね。保存の効くような料理を作るのは基本なんだからね?」
「そうかよ。まぁ俺の食料のことは気にしなくていいからな。ある程度食わなくても数日は行動に支障は出ねぇからな」
「……食べれるときに食べるって言ったのにね。まぁ危険な状況ではないわけだし、一緒に食べましょ」
そう言って彼女は料理を細んじているケースを開けた。荷物が多くなってしまったのはそのせいだったのだろう。確かに、旅先で食料がなくなることだって想定できるからな。こうして保存食を残しておくのは理にかなっているか。
それから昨日の残り物を食べ終え、体を洗って少し狭いベッドへと二人で寝る。
周囲に気配はなく、平和な時間が流れている。ずっとこのまま楽な任務が続いてほしいところだが、そうはいかないだろうな。
この宿に入る直前にぶつかってきた連中が敵だったとすれば、当然ながら朝にはこの宿が包囲されていたとしてもおかしくはないからな。俺は定期的に目を覚まして、周囲へと気を払うことにした。
翌朝、アレイシアが目を覚ました。
「……おはよう。もしかして、ずっと起きてた?」
「いや、たまたま目を覚ましただけだ」
合計三時間ほどしか寝ていないが、全く寝ていないということではないからな。嘘ではない。
「それならいいんだけど、ずっと見張っててくれてたのかなと思ってね」
「目は閉じていたが、気配には十分注意を払っている。安心してくれ」
「それだとゆっくり疲れとか取れてないでしょ?」
「別に問題ねぇ。あんま気にすんな」
心配するのはわかるが、俺は巷で言う特殊な訓練を受けている。気にかける必要なんてまったくない。
「……じゃ、次の町に向かおっか」
彼女はそういってゆっくりとベッドから立ち上がった。
そして、俺たちは着替えて宿を出た。
宿の外には誰もおらず、待ち伏せをしていたわけでもなさそうだ。しかし、それでも何者かの視線を感じるのは不自然だ。かなり遠くの場所から俺たちを監視しているのかもしれないな。
「それにしても、この村は妙に平和だな?」
「え?」
「表面上は楽しそうではあるが、意思がねぇみたいだな」
俺がそういうと彼女もここの村人を観察し始めた。
この村に入って違和感を覚えていたのは彼ら村人にまったく意思を感じられないからだ。ものを買ったりはしているもののそれは自分が生きるための必要最低限なものだけ、本当に彼らは私欲がないのだろうか。
「確かに言われてみれば、そうかもしれないわね」
「まぁ彼らがどういった考えでものを買ったり生活しているのかは知らねぇが、他人からすれば不気味に見えるぜ」
「……噂で少しだけ聞いたことがあるのだけど、一部の村は何らかの洗脳を受けているという話を聞いたことがあるわ」
「政府がやってんのか?」
「一部の王家がやっているそうよ。でも本当かどうかはわからないわ」
ヴェルガー政府には複数の王家が参加していると聞いている。直接政府が関わってなくてもやめさせることなどはできないのだろうか。
この状態だと、本当に彼らが平和で幸せではないと思う。
まぁそう考えたところで今の俺が何かをしてあげることはできないのだがな。
「へっ、それでもふざけた政府なのには変わりねぇ。さっさと文句を言いに行くぞ」
すると、アレイシアは少しだけ笑った。
「何だ?」
「見かけによらず優しいのね」
「そうか?」
「ええ、エレインの友達は全員優しいわ」
優しいかどうかはわからない。訓練のときは俺よりもミリシアの方が厳しく見えるが、おそらくアレイシアはそのことについて言っているわけではないだろう。
「少なくとも俺たちだって何も考えずに生きてるわけじゃねぇからな。自分たちが正しいと思うことをやってるだけだ」
「それなら、正しい心を持っているってことなのね」
「そうかもな」
正直なところ、俺には何が正しくて何が悪いことなのかわからない。この村が洗脳されているっていうのもなにか正当な理由があるのだとしたら、俺も納得するのかもしれないからな。
それから村を出て、山の中へと入った。
馬車はなくここからは山道を通って次の町に行く予定だ。地図と方角を確認しながら、山道を通っていく。
すると、左右から強烈な気配を感じた。
「何?」
「くそ、やっぱり俺たちの後を追いかけてきやがったな」
村の中で感じていた視線はどうやら気のせいではなかったようだ。
俺は周囲を見渡した。
「っ! あいつらっ」
かなり遠くではあるが、はっきりと俺には見えた。
彼らは先程の村にいた連中だ。
「誰かわかったの?」
「村の連中だっ。洗脳されてるってのはどうやら本当のようだな」
俺は魔剣を引き抜いて戦闘態勢に入る。
そして次の瞬間、吹き矢が高速で飛んできた。
「おらっ!」
かなり遠くからではあるが、この程度なら弾き落とせる。とはいえ、一番問題なのはこれからどうやって逃げるかだ。
「何人ぐらいいるの?」
「少なくとも十人はいるな」
「……無力化が無理そうなら倒してしまってもいいわ」
「村人を殺すのか?」
「ええ、少なくとも私たちの敵なのには変わりないから」
彼女は以外にも冷酷な判断をした。エレインに似たのか知らねぇが、あいつらが俺たちを襲ってきているのには確かに変わりないからな。
それに、敵の味方をしているという時点で俺たちの敵なのだ。
そう考えていると、前後から挟み込むように吹き矢が飛んでくる。相手もどうやら本気のようだしな。
「へっ、逃げるなら今の内だぜっ!」
俺はそう周りにいる連中に忠告するように言うと、飛んできた吹き矢を二つ弾き落とし、鎌や鍬を持った村人へと攻撃を開始した。
こんにちは、結坂有です。
二日間、更新が途絶えてしまいました…
今は元気ですので、ご安心ください。心配をおかけして申し訳ございませんでした。
一部の王家に洗脳されてしまった村人ですが、果たして無事に政府のある大陸中枢へと行くことができるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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