荒れ狂う船内
俺とアレイシアは船の個室にいる。
先ほどまで何かを削るような音が聞こえていたのだが、今は何も音はしない。そして止まっていた船も動き出している。
もう日が傾き始めた頃合いで、赤く焼けた光が個室へと差し込んできている。
「……なんだったのかしら」
「わからねぇな。まぁ何もなかったのなら気にする必要はいらねぇだろ」
「そうね。色々考えていても意味がないからね」
そう言って立ち上がっていた彼女はまたゆっくりとベッドに座った。
まぁもしかすると、俺たちのちょうど真上で何者かが床を削った可能性が高いな。なんのためなのかは知らないが、寝静まった頃に奇襲でも仕掛けようとしているのだろうか。いや、それとも陽動という可能性もある。
あんなわかりやすく大きな音を立てていたのだ。陽動と捉えても無理はないか。
どちらにしろ、面倒なことになりそうなのには変わりねぇのだがな。
「レイ、本当に危険なことが起きたら気にせずに戦ってね」
「気にせずってどんなことをしてもか?」
俺がそう言うと彼女は少しだけ考え込んでからゆっくりと口を開いた。
「……色々考えたの。停戦中とはいえこれから敵対国に向かう。ということはこれから危険になるってことなの。だから、私の命を守る意味でも、レイの命を守る意味でも全力で戦ってほしい」
そう改めて彼女は言った。
言われてみればこれから敵地に向かうというのだ。当然ながら危険を伴うことだって起きることだろう。それならば相手に対して配慮する必要など一つもないか。
相手は敵だ。魔族とはいわねぇが、俺たちに危害を加えた奴らなのだ。別に容赦しなくても何も問題はないということだ。
「へっ、俺に全力で戦えってか?」
「そうよ。それで相手が死ぬようなことになってもね」
「いいぜ。そこまで言うのならとことんやってやろうじゃねぇか」
正直相手を殺さずにどこまでアレイシアを守れるかわからなかった。だが、今はそのような心配はない。アレイシアを、議長を守るのに敵の命を守るというような手加減をしている場合ではないのだからな。
「もう、夕食の時間ね」
すると彼女は部屋に掛けられている時計をみてそういった。
「もう少し様子を見たほうがいいんじゃねぇのか? まだ外に誰かがいるかも知れねぇからな」
「その時はしっかり守ってくれるのでしょ?」
「……そうだけどよ」
「それならいいじゃない。行きましょ」
そう言って彼女は杖をついて扉を開いた。
外に出てみるが怪しい人物はおらず、誰かが俺たちを監視しているような素振りもない。気にし過ぎかもしれないが、彼らがどのような手段で俺たちを襲撃してくるかはわからないからな。
まぁ今のところ危険なそうな人がいないため、そこまで警戒するべきではないか。
「気にしてたらだめなのよ。行動は早いに越したことはないわ」
「そうなのかもな」
彼女の言うようにいつまでも部屋で閉じこもったままだと夕食を食べることができないからな。それに早く行動することで相手の動きを制限することもできるだろう。まぁどちらにしろ、夜のために食事を取るということは必要だ。
それからまた食堂へと向かう。
食堂は昼間のバイキング形式とは違い、ディナーを受け取るものとなっていた。必要以上に料理を盛り付けるなんてことはできない。
まぁ昼間にそれなりの量を食べたからな。今はこれぐらいの量でも活動に支障は出ないか。
食事の間は特に変わった様子はなかったが、それでも食堂という大きい部屋の中では色んな人がいる。俺たちに対して妙な視線を飛ばしてくる輩はいないわけではなかったがな。
とはいえ特に相手が行動に出てきたわけでもなく、俺たちはそのまま部屋へと戻った。
「ディナー、美味しかったわね」
「さっぱりとした味付けだったからな」
ディナーと聞けば濃い味のものを想像してしまうのは俺だけだろうか。受け取った料理はどれもさっぱりとした味付けの料理ですぐに完食してしまった。
「レイは美味しかったの?」
「当然だろ? こんな場所で食べるなんて今までなかったんだからな」
しかし、俺たちよりも外で活動していることの多いエレインならこのような料理を食べる機会は多いのだろうか。もしそうだとしたら、本当に羨ましい限りだ。
「やっぱりそうよね」
そう言って彼女はゆっくりとベッドに座った。
「別に家での食事も悪くはねぇよ。リラックスした状態で食べれるんだからな。こことは違った意味で楽しいぜ?」
「ふふっ、まぁそうよね。知ってる人と楽にできる場所で食べるのは確かに楽しいからね」
彼女も同じような考えなのか、そう言って笑った。
食事というのは面白いもので、料理自体の味だけでなくその場の雰囲気なんかも重要だからな。こうした場所で食べるのももちろん美味しいが、知り合いとだけで食べる料理もまた美味しいのだ。
「それにしても、本当に船の中は退屈なのね」
娯楽施設がないわけでもないが、安全面を考えれば個室でじっとしている方が安全だ。そういった安全面を考えると外にでれない。本人は外に出たいそうだがな。
「向こうの港に着いたら色んな場所にいけるだろうからな。あと半日の辛抱だな」
「仕方ないけれど、そうなるよね」
すると、船が停まった。
ヴェルガー大陸直通ではないこの船は途中の港町で一日停まることになっている。だから、向こうのヴェルガーに着くまでに一日もかかるのだ。
半日も移動に費やした上に海の上でここまで待たされるのは納得のいかないところではあるが、今はこの現状を受け入れるしかないだろう。
すべては先に出向した貸切船が悪いのだからな。
「夜の間は出航しないみたいね」
「今すぐにでも港を出てほしいところだがそれは仕方のねぇことだな」
窓の外をみるとタラップが桟橋に繋がったままとなっている。
もちろん、夜の街を散策したい連中もいるわけだからな。自由に出入りできるように配慮しているのかもしれないが、安全面では少し不安になる。まぁいくらここで文句をいったところで全く意味はないのだがな。
「あんなふうに楽しく過ごせたらなぁ」
そういって彼女は窓にもたれかかった。
外を見てみるとなにやらカップルのような人がちょうどタラップを降りて港町の方へと遊びに出かけていった。
「へっ、ここの連中は平和なことだな。エルラトラムではいろいろと事件が起きてるってのによ」
「でもね。エルラトラム聖騎士団がいなければこの平和は作れないのよ。彼らを世界に向けて派遣しているからこそ、こうやって市民は魔族の恐怖に震えることなく生活できているのよ」
エルラトラムは聖剣を唯一生産することのできる国であり、そして世界で最も魔族への抑止力となる聖騎士団を持っている国なのだ。もちろん、すべての国が自衛できる力を持っていれば問題はないのかもしれないが、実際はそうではない。
他の国々が安定した生活を送るためにもエルラトラムが魔族に対して強い抑止力にならなければいけない。当然ながら、魔族の矛先もまたエルラトラムに向けられても仕方のないことだ。
そんなことを話していると個室をノックする音が聞こえた。
「っ!」
こんな時間に誰かがノックしてくるなんて不自然だ。俺たちを狙っている誰かがノックしてきたのだろうか。
気配を感じ取ってみても殺意のようなものはない。ただ、それも当てにならないからな。多少訓練を受けているやつならば直前まで殺意などは隠すことができる。
「俺が見てくる」
「ええ、お願いするわ」
俺は魔剣を携えて扉のところへと向かう。扉の外には三人いる。
「なんだ」
俺がそう扉を開けると三人が隠し持っていた特殊な形状のナイフを俺へと突き立ててきた。
そして、それと同時に後ろでは天井が砕ける音がした。
「っ!」
「すべてが遅いんだよ!」
ガリガリと削っていたのはどうやら天井だったようだ。そして、目の前の男たちは俺を足止めしてアレイシアを暗殺しやすい環境を作ったということのようだ。
まぁ半日という短い時間でよくもまぁ面倒な計画を実行したものだな。
「オラァ!」
議長は手加減はするなといった。もちろん、手加減をするわけがない。
三人を一蹴りで吹き飛ばすと宙に浮いた特殊な形状をしたナイフを掴み、アレイシアを狙っている暗殺者へと投げつけた。
「うがっ!」
特殊なナイフは空気抵抗が少ないのかまっすぐに相手へと命中した。
しかし、背中にナイフが刺さった程度ですぐに死ぬほど人間は弱くはない。当然ながら彼は再び剣を振り上げそのままアレイシアへと斬りつけようとする。
「させねぇよ!」
俺はその振り上げられた剣を魔剣で砕き無力化する。
すると、背後から吹き飛ばされた三人が襲いかかってくる。そこまでしてアレイシアを殺そうとしたいのだろうか。それならそれ相応の覚悟ができているってことだ。
「何も文句はねぇよな!」
俺は暗殺者の首を掴み、背後から襲ってくる三人組へと投げつける。もの凄い勢いで投げつけられた暗殺者は首の骨が完全に砕けていることだろう。そして、強烈な勢いで人間とぶつかった三人組も腕や肋骨を激しく損傷しているはずだ。
「へっ、その程度で議長を殺そうなんて俺よりもバカなんだなっ」
「うぅ……」
もちろん、全員喋れるほどの体力は残っていないようだった。
「レイ、ありがと」
後ろを振り返るとアレイシアがそう笑顔で礼を言った。
それから暗殺者を含めた四人組はこの停泊している港町で治療を受けたあと、すぐに処罰が下ることになったそうだ。
まぁアレイシアが議長だとわかると船員たちは非常に驚いていたからな。はじめから正体を隠す必要はなかったのかもしれないが、なんとか事態を収めることができたのは運が良かったとしか言いようがない。
こんにちは、結坂有です。
船内での暗殺は非常に計画的なものでしたね。
とはいえ、レイの異常な戦力にはまったく意味がなかったそうです。
それでは次回もお楽しみに。
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