小さき盾の出張任務
私、アレイシアの元にヴェルガー政府から書簡が届いた。
議長である私がヴェルガーに入国することを許可するとのことだった。ただ、安全は保証できないそうだ。
その書簡が届いてから数日、私はあらゆる手段を使って溜まっていた書類処理を終わらせることにした。どのようにしたのかというと議長である私が許可しなければいけない書類だけを選別し、それらをまとめて処理したのだ。
今までは形式上議長室で書類に目を通してからしなければいけないことだったのだが、あまりにも書類が多過ぎるため今回はこのようなやり方をしたのであった。
まぁ今回だけだろうし、他の議員も許してくれることだろう。
「アレイシア様、溜まっていた書類がすっかりなくなりましたね」
「そうね。これでゆっくりヴェルガーにも行けるわ」
議長室に戻ってきたユレイナは私のきれいになった机を見てそう言った。
確かに今まではいつ見ても書類が溜まっていくばかりでうんざりしていたのだが、いざ書類がなくなるとどこか物足りなさを感じてしまう。
「では、本当にヴェルガーに行かれるのですね」
「ええ、こればかりは私が直接行って確認しなければいけないことだから」
私がやらなければいけないこと、それはヴェルガーとエルラトラムの停戦協定の見直しだ。以前、ヴェルガーの大騎士がこの国で暴れたことがあった。当然ながら、それは停戦協定を破ることでもある。
剣聖としてエレインがあの国に行っているが、彼一人では政治に強く関わることはできないはずだ。彼は彼なりの方法でヴェルガー政府をどうにかするのかもしれないけれど、私は私ができることをしなければいけない。
議長である私が直接政府に掛け合うことで事態は少しでも好転するはずだ。
「安全は保証できない、ヴェルガー政府は暗殺を考えているのかもしれません。それでも行くのですか?」
「もちろんよ。エレインだって命を狙われている可能性があるのよ。私だけが安全な場所にいるべきではないの」
エレインは私たちのためにヴェルガーという国に行った。確かにそれが一番リスクの少ない手段だったのかもしれない。でも、私にはなぜか違うように思えた。
彼はやらないといけないことがあるのだ。剣聖、魔族から人類を救う存在として彼は活躍する。こんな人類同士の戦いに巻き込まれるべき人ではない。
「……わかりました。私は議長代理ということで外に行くことはできません。誰か護衛をつけるべきですね」
「いいわよ。私だって一人で戦えるわ」
私が決めたこと、私が全てやらなければいけない。予算も私に使うよりも別の内政に使った方が市民が安心する。それに先の魔族侵攻で壊れた壁の修復もまだ終わっていない。
「無理です。それにアレイシア様は聖剣も持っていません」
「でも仕込み刀はあるわ」
「相手は聖剣使いかもしれないのですよ? そんなものでは対抗できませんっ」
ユレイナがいつにも増してそう言ってくる。
どうしてだろうか。
確かにヴェルガー政府の人は安全を保証するとは言っていない。いや、厳密には言えないのだ。連邦政府内でも意見が割れていると報告で受けている。ということはその中に悪いことを実行しようとする人が出てくるのは自然のことではないだろうか。
「政府の人間が全て悪い人だとは思っていないわ。それに私が死ぬようなことがあったらこっちの議会が黙っちゃいないでしょ?」
「また何も言わずに危地に向かわれるのですか」
「……とりあえず、ユレイナは来ちゃだめだからね?」
私だって何も考えていないわけではない。
もしヴェルガー政府が私を狙うのだとすれば、船の中が一番狙いやすいだろう。船の中で体の不自由な私が事故に巻き込まれたり、船が何者かの襲撃で沈没したりでもすれば私が生き残れる可能性はかなり低い。
だから私は移動手段に関しては専用の物を手配したのだ。
「いけません。予算が出せないのなら小さき盾を同行させるべきですっ」
いつにも増して彼女はそういった。
その表情は私が足を怪我して帰ってきたその時の顔に似ている。
「……別にそこまで言わなくても、だって向こうにいる期間てそんな長くはないから」
「ダメですっ。もう少し、もう少し自分の身を案じてください」
今にも泣きそうな表情で彼女がそういう。
流石に私もヴェルガーが本当にそんなことをしてくるような常識知らずではないと考えている。エルラトラムとの聖剣貿易を行いたいヴェルガーにとって私は重要人物なのだ。流石に命を奪うようなことはしないはずだ。
でもユレイナがそこまで言うのならその提案を受け止めるべきなのかもしれない。小さき盾は今、別任務を与えている。それなら一人だけ、私に同行してもらう方がいいだろう。
「わかったわ。小さき盾の一人、同行させるわ」
「そうですか。それなら安心ですっ」
まだムッとした表情をしている彼女ではあるが、ある程度は納得してくれたそうだ。
思い返してみれば、私がヴェルガーに行くと決まった時に真っ先に同行させてくださいと言っていた。
そこまで私のことを思ってくれているとは思ってもいなかった。
聖騎士団時代からの大切な仲間、でも今はそれだけではないのかもしれない。もし私たちが逆の立場なのだとしたら、私は彼女と同じ反応をしていたのかな。
それから今日の業務を終えて明日の出発に向けて今日は家で準備を始めることにした。まずは小さき盾の人たちに話すべきことがある。
「あのちょっといいかしら」
私は地下に向かう階段を降りて扉をノックした。
すると、一人が扉を開けてくれた。
「夜遅くにどうしたのかな?」
彼はアレクだ。
片腕片足が義肢の彼は非常に素早い剣技を持っている。
「急な話なんだけど、明日ヴェルガーに向かうことになったの」
「えっ!」
そう真っ先に驚いたのはミリシアだ。
彼女も素早い剣技を持っているのだけど、アレクには劣る。しかし、相手の弱点を確実に狙う彼女の技は非常に重たいものだ。
「別に驚くことないでしょ? 前にも話したことだし」
「だって数週間はかかるって……」
「色んな人に協力してもらってすぐに終わらせたの」
「流石に護衛はつけるわよね」
「そのことで話をしにきたの」
私はそう言って地下部屋へと入る。
彼女たちはまだエルラトラム国内の情勢を調査してもらっていた。もちろん諜報部隊からの情報も使っているようで、ものすごい勢いで裏の組織の活動を暴いて行っている。
それはこの部屋に入って真っ先に目に入る大きな地図でよくわかった。
ナリアとユウナはもう先に寝てしまっているようだ。彼女たちは厳密に小さき盾ではないのだが、日々の訓練でとんでもない実力を持っているのは確かだ。本当は彼女たちにお願いしたかったけれど、少しここに来るのが遅かったようだ。
「もしかしてだけど、僕たちを護衛につけたいのかな?」
そう私が部屋の中を見渡していると、アレクが聞いてきた。
「ええ、そうよ。無理を言っているのは承知してるけれど、一人だけでいいから護衛になって欲しいの」
「……ユレイナさんは無理そうなの?」
「彼女は議長代理でもあるからね。国外に出ると議長としての仕事が完全にできなくなるの」
できることなら彼女の方が都合がいい。しかし、こうなってしまった以上は仕方ない。いくら私のメイドとはいえ、議長代理の仕事を放棄することはできないのだ。
「そう、それなら……」
すると、ミリシアが急に考え込んだ。
無理をさせているのはわかっている。でも私の大切な仲間であり、親友のユレイナの頼みでもある。
「レイ、いけるわよね?」
「あ? 護衛だっけか」
ソファで目を閉じていた彼がゆっくりと起き上がって私の方を向いた。
彼は剣術や剣技において優れた技を持っているわけではないが、それを補うかのように高い身体能力や技術を持っている。
「お、お願いできるかしら」
私はそう彼に言うと大きく背伸びをして立ち上がった。
「へっ、ちょうど調査任務とやらに退屈してたところだ。ちょうどよかったぜ」
「本当に連れて行ってもいいのかしら?」
「ええ、彼もその方がいいと思っているだろうし」
「確かに僕たちが今していることは魔族と戦っているわけではない。だから、彼にちょうどいい仕事じゃないかな」
どうやら無理を言って彼にしたわけではないそうだ。
言われてみれば、彼らはエルラトラム聖騎士団を超えるほどの戦闘能力を持っている。たった数人の団体なのにとんでもない力を持っている人たちなのだ。一人欠けたところでそこまで問題はないのかもしれない。
「それなら都合が良かったのね」
「それで、どこまで行くんだ?」
「エレインの言っているヴェルガーって国よ」
「……ミリシア、行かなくていいのか?」
私がそう言うと彼は振り向いてミリシアの方を向いた。彼女はエレインに会いたいと強く思っているはずだ。
「そこまで気を使わなくていいわよ。エレインなら絶対に帰ってくる。そう信じてるから」
「そうかよ。もし会ったら元気かどうか聞いてきてやるよ」
「ええ、楽しみにしてるわ」
そう言って彼女は笑顔を作った。
本当は自分が生きたいと思っているのだろう。でもいろんなことを考えるとミリシアが行くよりもレイが行く方がいい。自分の欲を押し切って彼を選んだのだ。
「ありがとう」
「……いいのよ。任務なんだから」
そういうとミリシアは表情を隠すように視線を逸らしてそういった。
「それじゃ、明日また顔を出すわ」
「へっ、俺も準備しておくぜ」
レイはそう言って張り切るようにそういった。当日に体調を崩さないか心配だが、仮にも小さき盾だ。そのようなへまは絶対にしないだろう。
それから私も準備をして明日に備えた。
こんにちは、結坂有です。
一日遅れの更新となってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
これからアレイシアとレイの物語が始まります。一体どのような展開になっていくのでしょうか。
そして、ヴェルガー政府の思惑を阻止することができるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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