ヴェルガー政府の狙い
『なんでだろ……騒がしいな』
私の脳内でそういった声が響く。倒れた神樹に触れた時に聞こえた声だ。
その声が聞こえた途端、全てが軽くなった。私の体も、重たい鎖も全てが軽く、そして柔らかくなっていた。
思い返してみれば、あの倒れている神樹に触れた時から私はおかしくなっていたのだ。精霊が自分の体に宿っている。それは理解していたのだが、いったいそれがどのように私の体に影響を与えているのか。そこまで私はまだ理解していなかった。
自主訓練中、私は森の中で一際神聖そうな場所へと辿り着いた。もちろん地図にそのように書かれているわけでもない。しかし、そこには明らかに建物があったであろう跡があった。そして、特殊な紋章が倒れている巨大な木に彫られていた。私はその紋章を知っていた。あの紋章は間違いなく神樹のものである。聖剣使いになった時にヴェルガー政府から授かる認定証にも同じものが描かれている。
かつて、この国で聖剣が作れていたということなのだ。
『やっと……やっと、この呪縛から解放される』
私の体に精霊が宿った時に聞こえたあの言葉について思考を巡らせた。
私に宿っている精霊は神樹に閉じ込められていた。そして、私が触れたことによって呪縛が解放され、私に憑依した。
もちろん、納得はできる。ただどうしてその精霊が残っていたのかが気になる。
普通、精霊というのは神樹から力を受け取って自身の存在力を維持していると聞いている。しかし、その命綱のような存在の神樹は何者かに倒されてしまった。当然だが、存在力を受け取ることはできない。そうなれば精霊は存在することができなくなり、消えていく。
それなのにどうして私に憑依できたのだろうか。
その理由を考えていると次第に体の重さが戻ってきた。
ゆっくりと目を開けるとそこは先程の部屋ではなく建物から遠く離れた場所に移動していた。
「え?」
男に今から犯されると言った状況だったのは覚えている。気を失ってしまったのだろうか。
「人生で初めて気絶というものを経験した、ということ?」
もちろん、周囲に誰かがいるわけもなくそう呟いた。
『まぁそれに近いものかな?』
「っ!」
あの言葉が聞こえた。その無機質で少女を思わせるようなそんな言葉が脳内を駆け巡る。
『久しぶりに体を動かした気分だよ。しかしまぁこのボクが負けることなんて万に一つもないよ』
「……精霊、なの?」
『正確には堕精霊になったんだけど、そんなところかなぁ』
少し間の抜けたような反応だが、精霊ということには間違いないようだ。
「どうして、ここにいるの? もしかして脱出したのかしら?」
『そうだね。あ、人は殺してないよ? 少し懲らしめただけだから……』
無機質ながらもどこか気まずそうに精霊はそう答えた。
どちらにしろ、私の身を守ってくれたことは間違いないようだ。周囲を見回してみても誰かが追ってきているという様子もないし、そもそもあの建物からかなり離れた位置にいるようだ。
「……いいのよ。あの人たちはどうせ非合法であんなことをしていたわけだからね。別に気にする必要もないわ」
『よかった。それなら安心ね』
どのように懲らしめたのかはわからないが、あまり気にしない方がいいのかもしれない。
「それより、あなたの名前は? 精霊って言っても名前はあるのでしょ」
『本当は隠れているつもりだったけど、こうなった以上仕方ないね。ボクの名前はテスカだよ。授かった能力は”強化”だから、誰かに憑依しなければ意味のないものだけどね』
そう堕精霊テスカは言った。
確かに”強化”という名前からして憑依した方がより良い効果が出そうな名前ではある。
「強化……」
今思えば、確かにその恩恵は受けていたのだろう。テスカが体に宿ってからというものの体の調子がとても良い状態を保てている。それに体術における技術も自己評価ではあるが、上がっていると思っている。
ということはこの精霊が、テスカのおかげなのだろうか。
『まぁ気付いていたとは思うけどね』
「テスカのおかげなのかなとは思っていたわ」『とりあえず、改めて自己紹介したってわけだし、ボクはもう寝るよ。おやすみ』
なぜか一方的に会話を止められた気分ではあるが、テスカも疲れてしまったことだろう。それに話す機会なんてものはこれからもあるはずだ。
それから私は山を降り、エレインのいる宿へと戻った。
◆◆◆
ある男が資料を見ていた。
「この女は一体何者なんだ?」
「調べたところ精霊を体に憑依させているというラクアという女性です」
「なるほど、憑依型の聖剣使いか」
「厄介な人に目をつけられてしまったようです」
彼らが会話をしているのは政治家たちが集まる連邦議会のとある一室だ。
「確かに憑依型を相手にするのは危険だな。それもあの剣聖のいる宿に泊まっているとなると、夜襲を仕掛けるのも難しいか」
「もちろん、それもありますが、一番の問題はあの魔族です」
「ああ、あの魔族を使って我々政府がどれだけ強いかをアピールしなければいけないのだからな」
「そうです。あの魔族がいなければ長年計画してきた作戦が全て水の泡となってしまいます」
資料を見ていた男がその話を聞き終えると、資料を机の上に置いた。
「わかっている。あのエルラトラムさえ説得できていればよかったのだがな。あのアレイシアとかいう新議長は疑い深い性格のようだからな」
「ええ、そうです。我々の力がどのようなものなのか、世界に伝える必要があります。あの魔族はそのための道具に過ぎないのですよ」
「奪われた道具は取り返すのが筋だ。宿のことはどうでもいい。襲撃を仕掛ける準備を始めろ」
「わかりました」
「新議長の方は俺に任せろ。明後日にはここに来るそうだからな」
そう言って男は不気味な笑みを浮かべてもう一つの資料へと手を伸ばした。
そこに書かれていた内容はとんでもなく酷い計画だった。
『人間を魔族化させ、従属する計画である』
そう赤く強調されて書かれた表紙を開け、そして男はその書類にサインをした。
こんにちは、結坂有です。
今回にてこの章は終わりとなります。
全体的に戦闘の少ない章でしたが、いかがだったでしょうか。
次章はこの怪しいヴェルガー政府の今後について描いていきます。一体どのようなことが起きるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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