重なる思惑
翌朝、エレインは私たちと朝食を食べて、学院へと出発した。
彼との日常は学院に入学して確かに変化しているのだが、それにも慣れてきた頃だ。
私はエレインとリーリアを見送った後、ユレイナと話をしていた。
「エレインたち、本当に大丈夫かな」
「それはわかりません。ですが、エレイン様はまだ何も力などは持っていないとはいえ、リーリアはある程度持っています」
ここでの力というのは権力や地位と言ったことだ。
確かに彼には私や公正騎士と言った権力や地位はない。しかし、それでも彼の実力は高い。
議会の駒にされないように気をつけなければいけないのだ。
「アレイシア様、そろそろ団長が到着する時間です」
そう言ってユレイナは時計を見上げながら朝食の食器を片付けている。
「そうね。応接間に移動しておくね」
「はい」
私の足はあまり機能していない。
なるべく移動は短くする必要があるのだ。とは言っても最近ではもう慣れてきた。そろそろ剣の練習を始めたいところだ。
それからしばらくすると、扉が開く音がした。どうやらブラド団長が入ってきたようだ。
「アレイシア、朝早くにすまないな」
「気にしないで」
すると、ブラド団長は私の目の前の席に座った。
「足の様子はどうだ」
「うん、最近は痛みも少なくなってきてるよ。ブラド団長はお疲れのようね」
学院に入ってからは会っていなかった。ブラド団長も昨日の遠征のせいか少し疲れが表情に現れている。
「ああ、遠征での攻撃で魔族の部隊が分裂していたようでな。防衛側にもある程度被害が出たと言ったところだ」
そのことは昨日のエレインとリーリアが話してくれていたから知っている。それにしてもブラド団長が防衛に人材を使わないなんて珍しいこともあるのね。
「エレインたちから聞いたわ。防衛側は人が少なかったようね」
「その点で話がある。我々聖騎士団の保守派の人たちがどうやらこの采配を決定したようだ」
なるほど、保守派の人たちか。まぁ保守派というのは名前だけで、かなり過激なことをやったりする人たちだ。
聖騎士団の保守派とは議会に所属した方がいいという考えを持っている人たちのことだ。議会に入れば、確かに安定した活動ができる。
しかし、その分部隊としての自由な活動に支障が出てしまう。そのせいで世界の魔族からの攻撃にすぐに対応できなくなるはずだ。
ある程度聖騎士団は自分の意思で行動できるようにしないといけない。
「保守派、ね。副団長の座を狙っているのはその人たちなのよね」
「そうだ。あいつらが副団長の座に出れば、俺としても自由が効かなくなる」
「ふーん。それでリーリアを副団長に指名しようとしていたのね」
今は公正騎士として聖騎士団から外されている彼女だが、確かに強力な剣士だ。
実力は私と同列、いや私以上かもしれない彼女は適任かもしれない。
「ああ、彼女は頭も良い上に戦闘も得意だ。おまけに魔剣を持っていることだ。彼女を手札に入れることができれば、楽だったのにな」
ブラド団長はそういうと苦笑を浮かべて紅茶を一口含んだ。
「特に気にしていなかったのだけど、そんなに魔剣ってすごいの」
「当然だろう。聖剣に唯一対抗できる存在だ」
それってエレインの持っている黒い剣も魔剣なのだろうか。
「エレインの黒い剣も?」
「彼の剣は我々が把握している魔剣の中で最も危険なものだ。お前も知っていると思うが、もともとは大聖剣ヘンゼリッシュだ」
大聖剣ヘンゼリッシュ。聞いたことがある伝説級の聖剣だ。
魔族百体斬りを初めて達成したことでも有名だ。当時の剣術はまだ聖剣を生かした戦闘法など開発されていなかったのだが、それでも百体を倒せるほどに強力なものだ。
そして、聖剣としての能力は高周波。刃先を高速で振動させることで剣撃として凄まじい切れ味を持っていた。
もしそれがエレインのような最強の剣士が持ったとしたら、一体何が起きるか。
千体を超える軍勢よりも強力な存在になるということだ。いや、もはやそのようなものとは比べものにならないのかもしれない。
さらにその剣を持っていた剣士の所属部隊が遠征からの帰還中になぜが全滅したのは今から十五年ほど前のことだ。
「もともとってことは聖剣から魔剣に堕ちたってことなのね」
「その通りだ。理由はまだ明確ではないのだがな。ただ気がかりなのはエレインがその剣を主体とした戦いをしていないということだ」
「それって議会を意識して、手を抜いているということ?」
「可能性は高い。監視カメラで門近くの戦闘だけを見ただけなのだがな」
学院入学前に言ったことをまだ引き摺っているのだろうか。
私は実力を隠さないでって言ったのだけど、本人はまだ不安なようだ。
「それって監視カメラがあるからってのもあるんじゃない?」
「そうかもしれんな。途中、カメラから外れた場所で戦闘をしていたようだからやはり意識しているのだろう」
「入学前にあんなこと言うから……」
私はあからさまに口を尖らせてそう言ってみせた。
すると、それを見たブラド団長も苦笑を強める。
「まぁ警戒しているに越したことはない。実力がどうであれ、千体斬りを達成したのは事実だ。それも無傷で」
「そうよね。私はその戦いを見ていないのだけど」
私が戦闘不能に陥ったとき、彼は私の見た無数の軍勢をたった小一時間で全滅させていた。
後からの調査では魔族の大半は上位の魔族、そしてリーダー格の魔族も多くいたとのことだ。
あの聖剣でそのような軍勢を一人で捌くなど正直言って異常の二文字しか思いつかない。
「そうだ。だから俺たちが本当に理解しなければいけないのかもしれないな」
「彼の実力をってことを?」
「議会よりも早くに……」
そう言ったブラド団長は何かを決意しているようにも思えた。
「ブラド団長はエレインの味方なの?」
「どうだろうな」
この発言で私はブラド団長をあまり信用できなくなった。彼はエレインのことを自由にさせてあげたいと言っていた。
それなのに、今は議会と同じように情報を得ようと画策している。
「私はエレインのために全てを捧げるつもりよ。もしあなたが彼の敵になると言うことは、フラドレッド家全員を敵に回すのと同じ」
「ははっ、それは恐ろしいな」
フラドレッド家は第二の議会と呼ばれるほどに強力な権力を持っている。
まだ私にはそこまでの権力はないのだけど、今の聖騎士団と同じぐらいの力を持っている。
「だから、変な気は起こさないことね」
「まぁリーリアは俺の命令に従うだろう。彼女も利用できる」
彼女は公正騎士とはいえ、団長の命令を聞く立場にある。
利用されれば、簡単にエレインの実力がわかってしまうことになる。
学院にずっと付いて回ることのできる彼女ならエレインの本当の力をすぐに見破ることもできるかもしれない。
「……公正騎士の管轄は私たちフラドレッド家よ」
これは無理な反論だ。
管轄とは言っても実際の主導権は団長に委託しているのだから。
「俺とて、魔剣を持っている。公正騎士の立場もよく理解しているつもりだ。俺を敵に回せばどうなるか、それこそわからないのではないか」
そう言ってブラド団長は腰に三本携えている剣の一つに手を添える。
「くっ……」
私は強くブラド団長を睨んだ。しかし、彼も彼とて睨み返してくる。
フラドレッド家には魔剣を持っている人間はエレインしかいない。
そして、ブラド団長は遠征攻撃で常に魔族を百体以上討伐している実力者。最高記録は超えていないものの、総合で言えば数千体は倒していることになる。
「まぁ今は議会が共通の敵だと言っておこう。お互いに協力しようではないか」
「……そうね」
私はそう差し出された手を握ることしかできなかった。
こうなったからには私も剣術を極め直す必要が出てきた。エレインを守るためにも必ず。
そうして紅茶を飲み終えたブラド団長は私の家を出た。
「ユレイナ」
「はい」
「私の稽古相手になってくれる?」
「アレイシア様、それはエレイン様が許さないと思いますけど」
確かにエレインには内緒にしなければいけない。
私が無理をすることを強く嫌っているからだ。
「そこは内緒にしてほしい」
「……私とて元聖騎士団。アレイシア様やエレイン様のお役に立てる自信はあります」
確かにユレイナも聖剣を持っており、聖騎士団に最も近い存在だ。
それに高い実力も持っている。
しかし、それでも不十分だ。
ここは一人でも多くの戦力がいる。それが私であってもだ。
「私もエレインの力になりたい。だから私も力を磨く」
「そう、ですか。ではゆっくりとすることにしましょう。体を痛めればエレイン様に気付かれてしまいます」
「そうね。ありがと」
ユレイナには感謝しなければいけない。
彼女は基本的に私に忠実だ。
議会にも聖騎士団にもエレインを支配させない、させるわけにはいかない。
そう私も決意を固めるのであった。
こんにちは、結坂有です。
味方だと思っていた聖騎士団団長が裏切るような発言をしました。
彼は一体何を考えているのでしょうか。
そして、エレインの本当の実力とはどれほどのものなのか。気になるところですね。
次でこの章は終わりとなります。第三章からは少し展開が変わっていきます。
それでは次回もお楽しみに。
Twitterでのアンケート機能なども使った活動なども考えていますので、Twitterの方も確認してくれると嬉しいです!
Twitter→@YuisakaYu




