知らない世界、同じ世界
お前は、魔族だ。
その言葉だけが脳裏を駆け巡る。
私は天井を見上げた。真っ白な天井。上も、横も、下も。全てが真っ白な空間。そんな場所に閉じ込められてから一〇年近く経っただろうか。
物心ついた頃にはすでにこの部屋にいた。必要最低限の教育は受けているものの、それ以外は何も知らない。
この真っ白な空間のみが私の世界であり、そして私の牢屋でもある。
『自分のことを人間だと思うな。魔族だと思え』
『魔族になるために生まれたのだ』
『お前は誇り高き魔族』
『人間ではない』
どうしてかはわからない。体は人間に近い。でも自分は魔族なのだ。魔族のために生き、そして魔族のために死ぬ。
それがこの真っ白な空間で教え込まれたことだ。
一度だけ外に出たことがある。その時ガラスに映った自分を思い出してみた。
そこに映っていた自分の姿は真っ白な髪、氷のような淡く青い目。そう、私は紛れもない魔族なのだ。
そんな自問自答の時間が何ヶ月続いただろうか。
もう数える気力も残っていない。自分が魔族であると確信したと同時にまた私は虚無感に襲われた。
どうして魔族なのに人間と話しているのだろうか。魔族は人間の敵、そして人間は魔族の敵。なぜ敵同士で会話をしなければいけないのか私には理解できなかった。
『お前は、魔族だ』
何万回も聞いたその言葉に私はうんざりした。
どうして、どうして人間は私にそのような言葉を浴びせるのか。全くもって理解できなかった。
魔族も人間の敵、人間も魔族の敵。それなら人間も、魔族も、私にとっての敵。
私は、私自身は魔族でも人間でもない存在になりたい。誰からも邪魔されない。自由な世界。
この真っ白な世界ではない別の世界に、私は進みたかった。
『お前は、魔族だ』
どこからか響いてくるその音を聞き流しながら、私は……私はただひたすら白い壁を殴り続けた。
今の私にできることはそれぐらいしかなかったからだ。
人間になれないのならいっそのこと、この世界を壊してしまえばいい。ただそれだけなのだ。
◆◆◆
俺、エレインは宿に戻った。
宿に戻ると憲兵の人たちが帰っていくところを見た。どうやらクレアを狙った人がいたようでその人を拘束したようだ。
すると、リーリアとクレアが受付のところに立っていた。
「エレイン様、ご無事でしたか?」
宿に入った俺たちに気がついたのかリーリアが話しかけてきた。
「気にするほどのことは起きていない。クレアは大丈夫なのか」
「はいっ。私は大丈夫です」
「クレアさんを狙った人は聖剣を持っていました」
なるほど。確かに聖剣使い相手では今のクレアでは対処することはできなかったことだろうな。先にリーリアを向かわせて正解だったか。
「そうか。俺たちも十五人ほどの聖剣使いに囲まれたが、問題はなかった」
「……普通は大問題だけどね。でも本当にあなたたちは強いのね」
「師匠は最強ですっ」
あの人たちの実力がエルラトラムとは比べものにならないほどに弱いのだ。まぁ聖剣の多いエルラトラムと比べれば剣術の質が低いのは納得できるがな。
その話を聞いてリーリアが少し考え込んだ。
「リーリア、どうかしたのか?」
「本来なら聖剣の少ないこの国にどうして聖剣使いが多いのか、わからないのです」
確かにエルラトラムから聖剣の輸出が止まっていると聞いている。それに聖剣の数も他の国と比べて少ないと聞いている。
しかし、今日出会った人たちは全員聖剣を持っていた。能力としてはそこまで強いものではなかったもののそれでも魔族に対して有効となるものではあるはずだ。
「もしかすると裏で取引でもしているのかもしれないな」
「……どうしてそう思うのですか?」
「エルラトラムの情報と聖剣を敵国に渡す。国を裏切るのならそれが一番効果的だろう」
「そうですが、本当にそんなことは可能なのでしょうか」
俺としても可能かどうかで言われれば怪しいところがある。ヴェルガーというこの場所に物資などを提供するには船を使わなければいけない。商船などを利用できるとなれば、そこに聖剣を紛れ込ませることは可能だがな。
「ヴェルガー政府も怪しいし、エルラトラムの内部でも怪しい動きがあるってこと?」
「まぁそういうことだな。この件は色々と複雑なのかもしれないな」
「戦争、いやですよね。本来なら私たちは協力し合って魔族に対抗しなければいけないのに……」
クレアがそう呟くように言った。
確かに彼女の言う通りだ。明確な敵が存在している以上、俺たち人間は協力し合わなければいけない。そんな状況で戦争なんてしている場合ではないのだ。
そして、その日の深夜。
あれから特に何も起きなかったが、妙な気配に目が覚めた。
「お主、感じるのかの?」
ベッドから目を覚ますと横にはアンドレイアとクロノスが立っていた。
「何か起きたか?」
「ご主人様、おはようございます。この国に来て珍しく魔の気配を感じたので少し警戒しておりました」
クロノスがそう丁寧に説明するとアンドレイアがめんどくさそうに剣を持った。
「久しぶりに体を動かそうかとも思ったのじゃが、どうも変な感じがしての」
「どういうことだ?」
「魔族なのには変わりないのですが……”人間”なのです」
「魔族には人間もいるのか?」
「いえ、人間と変わりないのです」
どういうことだろうか。
今まで戦ってきた魔族は人型とはいえ、人間とは程遠い見た目をしていた。
確かに俺も魔族とは違った気配であることは感じる。おそらく彼女たちも違和感を覚えていることだろう。
「どこにいるのかわかるか?」
「ここから北東に向かったところです。あの山から気配を感じます」
そう言ってクロノスが窓の外を指さしてそういった。
目はまだ暗さに慣れておらず何も見えないのだが、おそらくその方角に山があるのだろう。
「その場所に行ってみるか」
すると、俺が剣を腰に携えるとその音で起きたのかリーリアがゆっくりと体を起こした。
「……エレイン様、どうかされましたか?」
目を擦りながら彼女は俺の方を向いた。
「少し出かけてくる。リーリアはこの部屋で待っていてくれるか?」
「まだ真夜中です。外で何が起きるかわかりません。私もついていきます」
「わかった。俺から離れるなよ」
「はい」
そう言ってリーリアは急いで準備を始めた。
それから俺たちはクロノスの案内で山の方へと向かうことにした。
そして、それと同時に魔の気配も強くなっていく。
ズゥン!
低い音が次第に強くなっていく。
「なんでしょうか」
「わからないな。相手が魔族だということは確かなんだろうな?」
「はい。この力は魔族に違いありません」
彼女がそういうということは魔族なのだろう。しかし、人間でもあるということが疑問だ。話ができるのであれば、殺すことは避けたい。
「……木が倒れていますね」
「強い力で折られたみたいだな」
歩いていると道を塞ぐように木が倒れていた。
近寄るなと暗示しているのだろう。しかし、魔族が人間の住む国にいるのは危険すぎる。
俺たちはそれらを乗り越えて先へと進むことにした。
先ほどから低い音が響いているのだが、おそらく木を倒している音のようだ。ここは非常に大きい山のため、木々が生い茂っている。魔族が自分の縄張りを作ろうとしているのだろうか。
「っ!」
すると、暗闇から丸太が飛んできた。
「ふっ」
俺はすぐに聖剣イレイラでそれらを斬り刻むと凄まじい勢いで少女が走ってきた。
「ああぁ!」
殺しにかかるような形相でその少女は俺へと殴りかかってくる。
それを俺は寸前で避け、相手から距離をとった。リーリアもそれに合わせて彼女から距離をとる。
「人間は許さない」
「……何があったのかは知らないが、魔族なのか?」
しっかりとした言葉を話せるということは思考力のない魔族ではないということだ。
魔族の中でもそれなりに知性がある方なのだろうか。
しかし、それにしても可憐な少女の見た目をしている。美しい白髪はアンドレイアに近いものを感じさせる。そして淡く輝く青い目は神秘的ですらある。
「魔族でも人間でもない。どっちも敵。私は私なの」
「エレイン様、危険ですっ」
今にも飛びかかってきそうな彼女ではあるが、俺にはどうも敵ではないように思える。
「……なら、俺は敵に見えるのか?」
そう言って俺は剣を納めた。
敵意のないことを相手に証明すれば、相手は納得してくれるのかもしれない。
だが、それでも少女は敵意を向けてくる。
「もう一度聞く。魔族なのか?」
「……」
少女は俺の目をじっくりと見つめると徐々に表情を緩めていき、そして膝を突いてゆっくりと口を開いた。
「……同じ?」
少女がそう言った途端、彼女からの敵意はなくなった。
こんにちは、結坂有です。
新たなキャラクターが出てきましたね。
魔族のような、人間のような美しい少女が登場しました。
彼女は一体何者なのでしょうか。そして、次回はヴェルガー政府の闇にも触れていきます。
それでは次回もお楽しみに。
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