琥珀の天使
私、クレアはシャワーを浴びていた。
本当は剣聖であり、私の師匠でもあるエレインとご一緒したいところだったのだが、流石に訓練のすぐ後ということもあって汗と臭いが気になる。訓練生とはいえ、一人の女性なのだ。人と街中を歩くには最低限の身だしなみが必要だろう。
そう思ってみるが、そこは軽くタオルで拭う程度でよかったのかもしれないとシャワーを浴びた後に感じた。
「……もったいない気分」
しかし、過ぎてしまったことは仕方がない。別に師匠と街を歩くのは今日でなくてもいいのだ。明日や明後日、いや明明後日にでもチャンスはあるわけだから、そこまで気にする必要もないだろう。
そう意気込んだ私はシャワーを止めて服を着替える。
本当はおしゃれをしたい気分ではあるが、訓練生という身でもある。地味な服しか持っていない。
もし私が普通の女性だったらもっと可愛い服でも着ているのだろうか。
それから服を着替えた私は窓辺まで行って外を眺めることにした。師匠たちが出かけてまだ数十分程度しか経っていない。商店街で何を買うのかはわからないが、今私ができることは待機すること、そして明日に向けての体力を温存することだ。
「あれ……」
外を眺めるとただ訓練場があるだけなのだが、ちょっとした違和感があった。
もう何日も眺めていて慣れ始めている景色。しかし、今は何かがおかしい。人形の配置でもなく、木々の量も変わらない。ただ妙な違和感だけが窓の外に広がっていた。
「剣聖の弟子ってのはお前か?」
「っ!」
そんな違和感に疑問を抱いていると急に後ろから声をかけられた。
低い男性の声、そして敵意をむけてくるその目は恐怖を心の奥底から無理やり引き出してくる。
最後に怖いと感じたのはいつだろうか。もう何年も前のはずなのに。
「お前、あの剣聖の弟子なんだってな?」
「……」
私は何も答えずに黙っていると男性はゆっくりと私に近づいてくる。手には太い刀身の直剣を持っている。何よりもその剣から異様な力を感じた。紛れもなく聖剣に違いないだろう。
「剣聖から指導を受けてるって言うことは少しは楽しませてくれんだろうなっ!」
そう言って男性が一気に剣を振り下ろした。
「……っ!」
私は咄嗟にその攻撃を交わし、自分の武器を取ろうと場所を移動する。
「逃げんじゃねぇ。一対一で勝負しろよ」
私は武器も何も持っていない丸腰なのにどう戦えって言うのだろうか。勝負を挑むのならお互い同じ条件で戦うのが筋というもののはずだ。
彼の目は敵意、いやこれが殺意というものなのかはわからないが、完全に私を倒そうとしているのはわかる。
訓練用の木剣をベッド横にある箱から取り出すと男は一気にその木剣を蹴り上げた。
「なっ!」
「武器なんて必要ねぇだろっ!」
再度彼がまた襲いかかってくる。当然ながら、私にはまだ師匠のように生身で戦えるほど実力があるわけではない。しかし、それでも師匠から教えてもらった技術は私の体に染み付いている。
「ちょこまかと動きやがってよ!」
狭い場所では必然的に行動が制限される。その限られた範囲内で的確に相手から距離を取るのは非常に難しい。それに剣を構えているか構えていないかでも動ける範囲は違ってくる。男は大男で剣を構えているのに対して、私は小柄な方で剣すら持っていない。当然ながら、私の方が自由に動けるわけだ。
しかし、そうは行ってもこの個室は訓練場ほど広いわけではなく、相手もかなり近い場所にいるわけだ。
『今いるすべての空間を脳内で再現できれば、反射的に逃げることも可能だ』
師匠の言葉が脳裏に浮かぶ。
その言葉は目隠しの訓練をした最初に言った言葉だ。実際に目で確認しなくとも脳内で把握していれば素早く避けることができるということらしい。流石に師匠のようには上手くできないかもしれないが、自分の部屋なのだから脳内で再現できる。
「ふっ」
「動きだけは一人前だなっ」
それでも男は必死に私へと攻撃を仕掛けてくる。狭い空間なのに彼は勢いよく振り回してくる。壁や家具を斬らないでよく振り回せるものだと思う。
あれ、こうして別のことを考えれるほどに私には余裕があるのだろうか。もしそうなのだとしたら、頭の中で次の行動を考えることができるということだ。私もほんの少しだけ師匠に近づけれたのかもしれない。
そう今まで見えてこなかった自分の上達具合がこうして人とやりあうことで見えてくる。
まさか、これも師匠が仕掛けた罠なのだろうか。いや、そんなはずはないか。
「余裕だってのか? これだけ追い込まれてるってのによ」
「そう、見えるの?」
「煽ってるようにしか見えねぇなっ!」
そしてさらに男は攻撃の速度を上げてくる。当然ながら、私もそれに合わせて行動しなければいけない。
とは言っても反射で体が避けていく。熱いものを触れてすぐに手を離すのと同じようにだ。
「一筋縄ではいかねぇってか!」
「嘘っ」
すると、彼の剣が急に光り始めた。
聖剣には能力がある。それは理解していたのだが、具体的にどういった能力があるのかは知らない。
もちろん、彼の持っている聖剣がどのようなものなのかは全くの未知数だ。
「いいぜ? その余裕そうな表情が崩れていくのは気持ちがいいなっ!」
彼が剣を振るうとその直後、強烈な衝撃波が走る。
今までは力を抑えていたというのだろうか。その衝撃波は窓を震わせ、カーテンを踊らす。
「くっ!」
「逃げれるなんて思うなよ? こんな狭い場所で俺から逃げれる奴なんざ存在しないのだからな!」
そう言って男はさらに剣を振り回す。
無数の衝撃波が空気を轟かせると家具や木の柱が弾け始める。
その信じられない力に圧倒されそうになった瞬間、目の前に琥珀の天使が現れた。
◆◆◆
私、リーリアはエレイン様に言われて急いで宿泊している宿へと戻った。
私たちが離れてから一時間近く経っている。もし出かけた直後、クレアさんに何かあったとすればもう手遅れになっているかもしれない。
訓練中の彼女の様子を分析してもまだエレイン様とはほど遠く、とても聖剣使いと戦えるほどの実力ではないように思える。それに彼女には聖剣を持っていない。当然ながら、聖剣を持っている人と戦うことのは非常に不利だ。ただ、逃げるという点においては時間稼ぎできる可能性がある。
そして、宿へと到着する。気配はないものの違和感のようなものを魔剣を通して感じた。おそらく誰かが何らかの能力でこの宿を監視しているのだろう。
遠隔で監視するとなればカメラなどが挙げられるが、聖剣を使えば可能になる場合がある。ブラドの持つ分身という能力では分身に誰かを尾行させることもできるからだ。
それに光関係の能力を持つ聖剣であれば、カメラのようなものを作ることだって可能だろう。しかし、そういった使い方をしている聖剣使いはほとんどいないわけだけど。
宿に入ってみるといつも通り宿主が受付に立っていた。
「何か不審な人は見かけませんでしたか?」
「不審な人は見てません。もし見かけたらすぐに憲兵を呼びますよ」
「そうですか……」
「不審ではなかったですが、剣聖様が出かけてから一人だけ宿泊に来た人ならいますよ」
「どのような……っ!」
その人を聞こうとした瞬間、上の階でとてつもない爆音のような音が聞こえた。
「なっ、何が起きたんですか!」
「わかりません。私はすぐに向かいます。憲兵を呼んでくれますか?」
「は、はい!」
そう宿主にそう伝えて、私はすぐに上の階へと向かった。
「逃げれるなんて思うなよ?」
クレアさんの部屋の前に着くとそういった声が聞こえた。
明らかに女性の声ではなく、低い男性の声だ。
私は魔剣を引き抜くとすぐに扉を蹴破った。
すると、そこには衝撃波を生み出す聖剣をもった男性とクレアさんがいた。
『分析……完了』
魔剣スレイルから私の脳内に響く。
刀身に走る光のラインが光り始め、私の目には彼の行動の全てが映し出される。
「はっ」
私は駆け出し、振り下ろされる男の直剣を受け止めた。
ガジャァン!
強烈な金属音が轟き、空気が震える。
「なんだてめぇ!」
「エレイン様の大事な教え子です。傷付けることは許しません」
「あ!」
すると、彼は私から一気に距離を取る。しかし、私から距離を取ったところで無駄だ。なぜならすでに彼の行動はわかっている。
彼は私から距離を取って正中線に剣を構える。その後、剣を左右に振り、衝撃波を使って私に攻撃を仕掛けてくる。私の魔剣には衝撃波を受け止めることはできない。つまりは彼が能力を使う前に私から攻撃を仕掛けるだけだ。
「はっ!」
私は大きく一歩を踏み出し、彼が剣を構える前に攻撃を仕掛ける。
「好戦的だなっ!」
男がそういうと次の行動パターンが私の目に映し出される。聖剣の能力を使わずに右方向から剣を振り下ろす。しかし、その剣速は遅い。エレイン様のように避けることのできない速度ではない。
「なっ!」
「相手が悪かったですね」
私はその振り下ろされる剣を難なく剣でいなすと、もう片方の剣で相手の顔面を叩きつける。
不必要に相手を殺すことはしない。それはエレイン様の意思に反することでもあるからだ。それに殺すことで情報を得ることができなくなる。
「リーリア……さん」
「クレアさん、よく耐えましたね」
周囲を見渡してみる。目の前で倒れている男が作り出したであろう衝撃波で破壊された家具などが散乱している。逃げ場のないこの個室でよく耐えれたものだ。
いや、全てはエレイン様の教えがあったからだろう。
それから、気絶した彼は憲兵によって拘束された。部屋は修繕するようでクレアさんは一つ隣の部屋へと移動することとなった。
師匠から離れるのは嫌だと言っていたが、最終的には受け入れたようだ。
それにしても、エレイン様は大丈夫なのだろうか。私は窓の外を見てふとそんな不安に駆られた。
こんにちは、結坂有です。
今回、琥珀の天使となっています。
もちろんリーリアのことです。彼女は美しい茶髪の女性です。そして、何よりも可愛らしい女性です。
美しく、そして強い女性はかっこいいですよね。
それでは次回もお楽しみに。
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