変化を求める代償
それからのこと、私はエレインの訓練指導について見学することにした。
彼の指導法は非常に変わっており、クレアの得意とすることをとことん伸ばすといった方法のようだ。流派を学ぶにあたって、知らずに身に付いた癖などを矯正するのが普通ではあるのだが、どうやら彼はその癖すらも技として進化させているといった印象だ。
剣術に関してはそこまで知らない私だが、彼と剣を交えるごとに上達していくのが目に見えてわかる。
彼女の足捌き、そして身のこなし方も改善されていく。クレアは剣聖との訓練でとんでもないほどに実力が向上したのは間違いないようだ。私自身から見てもエレインの実力の高さは桁違いだ。
あのような実力の人間がエルラトラムにはいるのだろうか。いや、その国ですら剣聖という称号を付けるほどだ。彼が特別強いだけなのかもしれない。
「今日はこれぐらいにするか」
私がここにきてから三時間ほど経つとそうエレインが訓練を切り上げる。
時々休憩を挟みながらではあったが、訓練の内容としてはかなり濃厚なものであったのは間違いないようだ。
クレアは誰かの弟子に入ったことがなかったと言っていたことからも実力は訓練生の中でも低い方ではあったそうだ。しかし、素質は高かったのか剣聖であるエレインに認められたらしい。
そのあたりの経緯は詳しく聞かされていないが、リーリアという剣聖の従者と話をしてわかったことだ。私の考えていた最悪な状況とは全くの無縁だったと言えるだろう。
「……はいっ」
息を整えながら、クレアはそう返事をした。
彼女の体力を見ながらエレインは訓練の時間を決めているようだ。まぁ一対一の訓練であればそういったことはできる。しかし、その短い時間の間でそれもたったの四日といった時間でこれほどまでに実力が上がるというのは指導者である剣聖の指導力の高さが窺える。
「お疲れ様です」
すると、そう言って私の横からリーリアが水を二杯分注いで二人に持っていった。
「ありがとう」
「ありがとうございますっ」
ゆっくりと飲むエレインに対して一気に飲み干してしまうクレア。それを見るだけでもかなりの疲労が彼女に溜まっていることがわかる。
まぁ当然ながら視界を奪われた状態で歩き回るだけでも精神を消耗してしまう。
「剣聖というのは伊達ではないのね」
「そう思うのか?」
「ええ、このような訓練をして汗一つかいていないところを見るとね。とても人間業とは思えないわ」
それは事実だ。精霊を内に宿している私ですら彼と対等に戦えるのか疑問に思うほどだ。
「そうですよ。エレインさんはとんでもなく強い人なんですよ」
私の発言にクレアも便乗してそう言った。
私が言うよりも訓練をしている彼女が言った方が説得力があった。実際に実力がかなり向上しているとは言ってもエレインとは圧倒的な実力の差が存在している。
訓練の途中、彼女が予想外にも彼の裏手へと回り込んだ瞬間があったのだが、それでも彼は冷静にそれをいなすとすぐに反撃をしたのだ。目が見えていない状況下でそのような冷静な判断ができるという時点でエレインとクレアとの実力は決定的に差が開いていると言える。
「まぁこれでも剣聖という称号を得たわけだからな。それに見合っているのならそれでいい」
「本当に自分のこと強いと思っていないのですね……」
「そのようね」
もっと威張るような性格だと思っていたが、謙虚なのか本当に気付いていないのかかなり自分のことを低く見積もっているのだろう。
まぁそのほうが接しやすくていいのだけど、なぜかもったいないと感じてしまった。
「ところでエレイン様、まだ日は沈んでいません。久しぶりに商店街の方へ行きませんか?」
「そうだな。色々と調べる必要もあるからな。それにラクアもいることだ。何か得られる情報もあるかもしれない」
「はい」
「え、私も付いていくの?」
「この後予定でもあるのか」
ここには私一人で来たわけだ。当然、この後何か予定があるというわけでもない。しかし、こうして誰かと外を歩くというのはもう何年もしていなかった。
今日、家を出る前に身だしなみを整えてきて正解だった。
「問題ないわ。行きましょう」
それから私はエレインとリーリアとで商店街の方へと向かうことにした。昼間の活気は夕方の今でも収まる気配はなく、まだ人が多い。
クレアは訓練を終わった時点でかなり汗をかいていたためにシャワーを浴びることにした。確かに汗が服にべたつくのは気持ちが悪い。ただ、そうとは言っても彼女も一緒に商店街へと行きたそうな顔をしていた。
「それにしてもここの商店街はいつも人が多いですね」
「港町ということもあってヴェルガーの中でもここが一番活気に溢れているわ」
この国でもここまでの活気強さはあまりない。毎日がお祭りのようにみんなが賑わっている場所はそうそうない。
そして、国民なら誰でもここに住みたいと思うようなそんな場所なのだ。ただ、それでも完全に平和というわけではない。海外から入国する人たちの中に犯罪者がいる可能性もあれば、反政府運動の標的にされることも多々ある。
「国内でもこれほどの場所はないということか?」
「ええ、大都会というわけでもないからね。住みやすい場所としても有名よ」
「そのような場所であのような爆発事故……。反政府運動が政府発足から続いているのは悲しいですね」
大都会のような喧騒もなく住みやすく平穏で、それでいて活気に溢れる平和を体現したかのようなこの一帯は残念ながら、反政府運動の標的になる可能性がかなり高い。
政府の活動に不満を持っている人は主に王家の人間が多い。そういった人たちは国内に向けての活動ではなく海外に向けて政府の悪評を広めている。当然ながら、海外から来る人が多いこの港町で運動をするというのは普通のことだ。
「反政府側の人間は誰かから支持を受けているのか」
「国民からの支持は全くないわね。ただ、支持者の多くは王家の人間だから、資金は潤沢なのよ」
国民が政府に何か文句を言うことは全くない。なぜなら政府のおかげで自分たちの暮らしが豊かになっているからだ。
最低限の安全とある程度の自由が保証されていれば人間は普通に生活できるからだ。
「なるほどな。活動には全く問題ないということか」
「ただ、どこの王家が主導しているのかはまだわかっていないのよね」
「オラトリアではないのですか?」
「確かに怪しい一族ではあるけれど、決定的な証拠は何一つないのよ。あの爆発事故があった時に来てた政府関係者も断言はしていなかったのでしょ?」
以前聞いた話ではそのようなことを断言していたとは言っていなかった。
まぁ過去の歴史もあることから一枚噛んでいるのは確実だろうが、どこまでが本当なのかはまだわからない。
「確かに断言はしていなかったな」
「あの宿でも言ったけど、この国はかなり裏があると思うわ。それもとんでもないことをしていると思う」
少なくとも私が知っているだけで神樹を切り倒しているのだ。それだけでも十分重罪ではある。
それにどうしてそのようなことをしなければいけなかったのかも私は疑問に思っている。国を一つにするためだけではないはずだ。
どちらにしろ、この政府に疑問を抱いている人は私以外にも存在しているということは間違いなく、王家の人間も不満に思っているからこそ反政府運動をしているのだろう。
私はそのような下劣なやり方ではなく、正々堂々と政府に文句を言いたいと思っている。私自身、連邦政府というやり方はそこまで悪くはないと思っている。ただ、隠している嘘をはっきりさせたいだけなのだ。
そんなことを考えていると急にエレインが立ち止まった。
「どうしたの?」
「……囲まれたな」
「え?」
「以前の数より多いな」
「ここは商店街よ? こんなところで戦ったら大変なことになるわよ」
当然ながら、こんな場所で大規模な戦闘が起きればそれこそ大問題だ。剣聖という称号にも傷がつくことにだってなり得る話だ。
「どうするの」
「攻撃を仕掛ける気配はない。ひとまずは様子見だな」
流石に相手側も商店街で戦おうとは思っていない様子らしい。だが、商店街を抜けて人気がなくなった場所で襲いかかってくる算段なのだろうか。
どちらにしろ、危険な状況に陥ってしまったのには間違いないようだ。
「リーリア、クレアの様子を見てきてくれるか?」
「クレアさんの様子、ですか?」
「ああ、少し気になる」
「……わかりました。エレイン様、くれぐれもお気をつけください」
そう言って彼女は小さく頭を下げると踵を返して来た道を戻っていった。
「私たちはどうするの?」
「この数の人間につけられた状態で宿に戻るのは流石に危険だからな。それにこの人たちとも決着をつけなければいけない」
「決着って、戦うってこと?」
「ああ、俺一人でも大丈夫なのだが、一緒に来るのか?」
エレインは怖がる表情もせず淡々とそういった。
彼に恐怖というものはないのだろうか。
それは置いておいて、ここで私が逃げればどうなる? 国を変えたいという意思がありながらも危険に挑む勇気がなければ意味はないだろう。
相手はとんでもない嘘を隠している政府機関、それと比べればこのような小さな犯罪集団はとても小さなもののはずだ。
「ええ、私も聖剣使いの端くれよ。こんな犯罪集団なんかに負けないわ」
「……そうか。まぁ小さな集団とは思えないが、その覚悟は受け取った」
そういうと彼はまた堂々と歩き始めた。
それに続くように私も彼の横をあることにした。
こんにちは、結坂有です。
ヴェルガーでの展開も進んできましたね。
次回は舞台が変わり、エルラトラムでの話となります。エルラトラムの方では一体どのような事件が起きているのでしょうか。
実は、この一連の出来事。ヴェルガー政府だけの問題ではなさそうです。
それでは次回もお楽しみに。
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