わたしごと
私、ラクア・サンガレアは自分の家で軽い運動をしていた。
つい数日前に港町で爆発事故があったとのことだったが、その詳細については今も報道されていない。
この国は隠蔽だらけだ。
そのことに気がついたのは数年前のこと、当時の私は自らの訓練のために森を駆け抜けていた。
私が訓練に使っていた森は非常に広大な場所で、一般の人も入りたがらないほどに鬱蒼としていた。その時の私はいつもとは別のルートで走ろうと思い、森の中を駆け巡っていた。
この森は噂ではかつて神樹があったとされていた。特に私はその噂に関して何も考えずに走っていると巨大な木が崩壊して崩れていたのを見つけた。その時に私は政府が嘘をついていると確信したのだ。
ヴェルガーの歴史では神樹は魔族ではなく、寿命を迎えたために枯れ果ててしまったとされているが、今私の目の前に倒れている巨木は明らかに人工的に切り倒されていたのであった。
よくよく考えてみればわかることだ。魔族が出現する前には神樹があったが、出現した後に急に枯れてしまったというのはあまりにも都合が良すぎると思っていた。
そして、その倒れた神樹に触れると私の体に何かが入り込んでくる感覚に陥った。全身の筋肉が弛緩し、私は地面へと倒れるが、意識はしっかりしている。その時に私の脳内にとある声が聞こえた。
『やっと……やっと、この呪縛から解放される』
その無機質で少女を思わせるような声色は私の脳内を駆け巡る。
もし運命というものがあるとすれば、あの時私が神樹を見つけることができたのは運命だったと思う。
あの声の主は誰だったのかはわからないが、精霊なのには間違いないはずだ。あれから私の身体能力は飛躍的に向上し、今まで苦しいと思っていた訓練も今ではなんとも思わなくなっている。
普通精霊というものは物に宿るとされている。しかし、調べていくと憑依型の精霊というものもいるらしい。とは言っても厳密には堕精霊と呼ばれる存在なのだが、大まかに捉えると同じ精霊という括りでいいようだ。
私はその堕精霊と呼ばれる存在とはまだ話がことがない。
「はぁ」
私は朝食を食べながらいつものように新聞を眺めていた。やはり港町の爆発事故に関しては今日も報道されていない。
「今日もなし。本当にただの爆発事故だったのかしら」
そんな独り言を呟きながらも私はパンの一切れを口に含んだ。
そして、続けて私は新聞の見出しを流し見しながらコーヒーを飲む。いつもの日課となっているのだが、今日は少し気になることがあった。
「……剣聖」
その言葉が新聞に書かれていたのだ。数週間前にエルラトラム議会が作った新しい称号ということで私も注目していた。そんな彼が今、この国に来ているというらしい。それも爆発事故のあったあの港町だ。
これは偶然ではない。あの爆発はただの事故ではない。きっと剣聖である彼が何か関与しているというのは事実なのだろう。
そう思った私は部屋から出る準備を始めた。
こうして鏡の前に立つのは何ヶ月ぶりだろうか。これから外に出るのだから身だしなみはしっかりとしなければいけない。子供から訓練ばかりの私ではあるが、一人の女性でもある。それに二十代とまだ若い、はずだ。少しぐらいはおしゃれしたい。
若干乱れていた青い髪を櫛で梳かし、次は服を選ぶ。普段の戦闘服ではなく今回は普段着だ。性格からあまり派手なものを好きではないため可愛らしい服は持っていない。
それに身長も平均より高い。おそらく可愛らしいものは似合わないだろう。
「これで、いいかしら」
新聞などで情報を手に入れることはできているが、最近の流行などはわからない。だから私はフォーマルな服装にすることにした。
これなら流行に関係ないはずだ。
それから玄関へと向かい、部屋を出る。
久しぶりの外だ。今ではこの一軒家でずっと一人で訓練を続けていた。窓を開けて換気はしているとはいえ、外に出て空気を吸うとなんとも新鮮なものだ。
外で訓練を続けているのはこの国を守る兵士たち、そして私が住んでいるこの場所は軍の敷地内だ。外に出るのには申請はいらないものの兵士たちからは妙な目で見られる。私の体に精霊が憑依しているというのは彼らはもう知っている。
そんな視線の中、私は施設の門番の元へと向かう。
日帰りで帰ってくるのなら何も言わずに出てもいいのだが、今回は帰れるかどうかわからない。
「ラ、ラクアさんじゃないっすかっ!」
「どうかしたのかしら?」
「ずっと部屋に閉じこもって何してたんすか?」
「訓練よ。報告書にもそう書いてたでしょ」
「訓練って、どんな訓練なんすかぁ」
いやらしい目で見つめてくる門番はそう私に質問してくる。
そんなに私は魅力的な女性なのだろうか。とは言ってもこのような下劣な人間に好かれるのはどうも気味が悪いものだ。
「どうでもいいことよ。これから外に出るわ」
「ちゃんとした服なんて着てどこ行くんすか?」
「爆発のあった港町の方に行くわ」
「デートっすか!」
「違うから。それと数日は帰ってこないかもしれないわ」
それだけ伝えて私は門の外を出た。
何か後ろで話しかけてくるが、私はそれを無視して港町の方へと向かう。
ここからは距離があるため、馬車を使うことにした。
久しぶりの馬車はどうもお尻が痛くなってくる。
そして、昼過ぎになった頃に港町へと着いた。
海に近いということで潮風が吹いている。匂いになかなか慣れないものの私は町を歩いて行くことにした。
何度かここに来たことがあるのだが、何も変わっていないのは嬉しくもあると同時に悲しくもある。
ここは海外からいろんな人がやってくるためそれなりに都会ではある。しかし、私の住んでいる軍施設の近くよりかは発展していない。街は政府に税金を納める必要があり、それが原因で発展が遅れているということだ。
そして、その集まった税金が集まる軍や政府機関の周辺だけが発展し続ける。いい意味でも悪い意味でも権力が集中してしまっているということだ。
私としてもそれが一番効率がいいということは理解しているつもりなのだが、もう少し市民にもその富を分配してほしいと思っている。まぁ私自身は国から保護されている身のため不満があるというわけではないが。
「それにしてもここはいつも賑わっているわね」
前に来た時も驚いたのだが、ここの商店街の賑わいは目を見張るものがある。しかし、少し通りから外れるとそこは誰もいないような路地が続いている。
もしこんなところを一般女性が歩いていたとしたら何か犯罪に巻き込まれるのは間違いないだろう。
私もこんな場所には一人で入りたくはない。
それで一通り商店街を見て周ったのだが写真に写っていた剣聖エレインはいなかった。まぁこんな商店街に彼がいるとは思えない。
「……仕方ないか」
冷静に考えてみれば、剣聖と呼ばれるような人だ。一人でこんなところを歩いているわけがない。
とりあえず、港町に滞在していることは新聞の情報で確かなようだ。今私がするべきことは宿を見つけることだ。
このために必要な荷物を持ってきている。
「そういえば、訓練生がよく集まる宿があったはず」
過去の記憶を頼りにその場所へと向かう。
商店街から少し離れて丘になったところにその目当ての宿があった。
少し離れた場所からでもわかるようにあの宿のすぐ横には訓練場のような施設があり、そこで訓練生たちは自分で鍛錬を積むことができるそうだ。
師匠となる聖剣使いを見つけるために旅をする訓練生も多いということでここの宿主が建てたそうだ。
「まぁ最近の情報を得るためにもここに泊まるのは正解かもしれないわね」
そう思った私はこの宿で数日過ごすことにした。
若い訓練生が集まるということで最新の情報も得ることができる。それに剣聖エレインのことを知っている人もいるかもしれないからだ。
そして、私は受付の方へと向かってチェックインをする。
「エレインさん。次はどんな訓練をするのですか?」
「っ!」
受付で名前を書こうとした直後、すぐ横にある階段から三人の男女が降りてきた。
その中の一人がエレインと名前を呼んだ。
驚いた私は横へと向くとそこには写真で見た剣聖エレインがいたのであった。どんなことを話しているのかは聞き取れなかった。
しかし、今はそんなことはどうでもよかった。
彼を一目見ただけで一体どういった人物なのか、どれほどの実力を持っているのかはわからない。
ただ、決して敵に回してはいけない存在だと私の直感が訴えかけてくるのであった。
こんにちは、結坂有です。
今回は会話の少ない回となってしまいました。
しかし、これから重要な人物となるラクアが登場しました。
彼女は一体何者なのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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