味方なき場所
俺、エレインはこれから拠点となるヴェルガーでの宿屋をクレアの紹介によって見つけることができた。
この国にいる間はこの宿屋を拠点に活動を続けていくことになると思うのだが、街での一件もあってあまり平和な暮らしはできないだろう。宿屋を運営している人は俺たちがここに泊まることを嬉しく思っているようだ。俺の目からも彼が演技をしているとは考えられない。
そんなこともあって午前は過ぎていく。ここまでくるのに色々と事件に巻き込まれることもあったが、まぁ午前中に宿を見つけることができたのは幸いだったことだろう。
それから自分の宿泊部屋へと入る。クレアは俺とリーリアの部屋のちょうど真横に位置する部屋を借りたそうだ。その場所ならすぐに話をすることもできることだ。
「エレイン様、こうして二人きりというのはどこか新鮮ですね」
「そうか? 天界にいた時も似たような状況になった覚えがあるが……」
「あの時はカインさんもいました。完全に二人きりというわけではございません。それに一緒のお部屋というのがとてもドキドキします」
そう言ってリーリアは頬を若干染めた。
彼女が俺に対して好意的な感情を抱いているのはよく理解しているが、そこまで気分が高揚するものなのだろうか。
人を好きになるというのはどういうものなのかは俺にはわからない。もちろん、美しさに見惚れることはある。しかし、恋愛的に感情が動くということがどういうことなのか、今の俺にはわからないのだ。
「私はこの体験を一生忘れません」
「別にこれが最後になるわけでもない。それに今回は任務の意味合いが大きいからな。できることなら旅行としてどこかと一緒に行きたいものだ」
「……っ! はいっ」
そう彼女は耳まで赤くなり、顔を隠しながらそう弱々しく返事をした。
彼女には世話になっていることだ。二度や三度、二人で旅行したところで誰からも文句を言われることはないだろう。
「それにしてもこの宿はクレアのような人たちにとってはかなり助かることだろうな」
「そう、ですね。この場所で訓練をすることができるというのはいいと思います」
リーリアから聞いた話なのだが、この国ではエルラトラムのような高度剣術学院といった訓練施設などがあるわけでもない。そのため聖剣使いになるにはそれ相応の訓練をしなければいけないのだそうだ。
そして、ヴェルガーの政府に認められた人のみが聖剣を手に入れることができるようだ。
「特にクレアのような人にとっては重要な場所になるのは間違いないか」
「この国では聖剣使いの人にまず弟子入りすることから始まりますからね。もちろん、聖剣を師匠である人から譲り受けるという目的もありますが、多くの場合は聖剣使いによる推薦を得るためでしょうね」
師匠を見つけるのにもある程度の繋がりが必要だとも言っていた。中央で平和に暮らしていた彼女の家庭ではそういった聖剣使いの人たちとの交流などもなかったことだろう。
高い素質を持っている人がいるのにも関わらず聖剣使いになれないのはどうも不平等だと思う。この国の政策に何か文句を言うわけではないが、そうした才能ある人材を見つけ出すための施策なども作った方がいいのは確かだろうな。
「ですが、あまりクレアさんに肩入れしない方がいいと思います」
「敵国の人間だからか?」
「違います。妙に肩入れするとヴェルガー政府から何か言われるかもしれないのですよ。特に王室の人間に知られでもすれば擦り寄ってくる人が出てきます」
もちろん、リーリアの言いたいことはよくわかる。剣聖という称号を持っている俺が一個人を指導しているということが知られれば俺を利用しようといろんな人が近寄ってくることは誰でも予想できることだ。
「そうかもしれないな。だが、大丈夫だ。クレア以外は指導しないことにしている」
「逆に彼女が狙われるかもしれません」
「ああ、その時は師匠として全力で彼女を救い出すだけだ」
要は自分たちの自由は自分で守れということだ。俺はクレアに高い素質を見出している。それを磨き上げ才能を開花させたいと思うのは当然のことだろう。そして、それを実行するのも俺の自由だ。
俺は俺の自由を守るために力を尽くすだけなのだ。
「……エレイン様は本当にお優しいのですね」
「優しい、か?」
「はい。優しいと思います」
まぁリーリアが言うのだから間違いないのだろうな。
とは言っても、俺は敵対する人間に対しては厳しいと思うのだがな。
以前、俺は人の両手首を斬り落としたことだってある。もちろん、それを彼女は知っているはずだ。
しばらく宿の部屋で過ごしていたあと、それから俺たちは商店街の方へと向かった。
クレアも商店街を案内してくれるそうで新しい木剣を携えて俺たちと共に商店街を歩いていた。
「エレインさんは何か好きな食べ物とかあるのですか?」
「普段はなんでも食べるが、強いて言うのなら肉料理が好きだな」
「そうなんですね。ここは港町ということでいろんな食材が入ってくる場所でもありますから美味しい肉料理店もありますよ」
そう言って商店街の中へと入っていく。
通りはいろんな料理店から様々な香りが漂ってくる。時間も一時半を過ぎた頃ということで昼食としては少し遅めの時間帯となるが、それでもこの商店街は賑わっていた。
「エルラトラムとは大違いだな」
「はい。ここまで大規模な商店街はないですね」
「意外です。エルラトラムはもっと都会な印象でした」
「まぁ都会といえばそうなのかもしれないが、この国の規模と比べれば小さいものだ」
ヴェルガーは大陸全体が一つの国ということもあってかなりの大国となっている。対するエルラトラムといえば人口もヴェルガーほど多くもなく、土地も小さい小国だ。当然ながら、そのような国ではこの商店街のようなものはできないだろう。
「そうなんですか」
意外だったようで少しだけ落ち込んだ素振りを見せたが、それよりもどんな国なのかが気になっているようだ。
流石にこの規模の商店街などはないにしろ、楽しめる国であるのは確かだからな。それに強固な防衛網があることだ。安全もある程度確保されている。
「ところで、クレアさん。どうして聖剣使いになろうと思ったのですか?」
「……えっと、一度だけ魔族に遭遇したことがあるのですよ。その時は貨物船に潜入していたようで、三体がこの国で出現したことがあったのです」
海に囲まれているということもあって魔族が侵入するのは容易ではないにしろ、貨物船などを利用すればこの国に数体程度なら入ることができるだろう。
そして、聖剣の少ないこの国では魔族が数体侵入するだけでも大問題だ。
「それで、その時に私たち家族を救ってくれたのが聖剣使いの人たちだったのです。その人たちのおかげで私も両親も生きています。私も大人になったら人を救う立場の人間になりたいと、そう思ったのです」
よくある話ではあるのだが、彼女の目にはそれ以外の理由もあるようだ。
まぁあまり深く聞き込むのは野暮だろう。
「その聖剣使いには後で会うことはなかったのですか?」
「その後は会ったことがありません。その人のことを調べようと色々国中を探し回ったこともありましたが、それでも見つかりませんでした。おそらくは海外遠征の時に命を落としたのでしょう」
すると、悲しそうな表情をして彼女はそう言った。
聖剣を持っている以上自国の防衛だけでなく他国の防衛にも参加することだってあるはずだ。聖騎士団が他の国の部隊と協力して魔族の拠点を攻撃することだってあるのだ。おそらくそれで命を落としたと見ていいだろう。
「人の命を守るということは自分の命を削ることになる。それほど守るというのは難しいことだ」
「はい。それでも私は聖剣使いになりたいのです」
そう言って彼女は俺の目を真っ直ぐ見ながら言った。
彼女の中でもう覚悟は決めているようだ。魔族と戦うということ、そして命を投げ出してでも人を守るという決意がその目から感じ取れた。
「覚悟はできているようだな。それなら今から一緒に戦ってくれるか」
「……え?」
商店街に入ってからずっと妙な気配を感じていた。とは言ってもそれは視線だけであったために俺は何も行動に移さなかったのだが、相手はそうではなかった。商店街を進んでいくにつれ次第にその気配は敵意に変わったのだ。
「エレイン様、敵ですか?」
「ああ、クレア。これから激しい戦闘になるかもしれないが、それでも大丈夫か?」
「私にできることならなんでもしますっ」
彼女は新しい木剣に手を添えるとすぐに戦闘態勢に入った。姿勢は十分だ。基礎訓練をしっかりとしているのが見て取れる。
「どこから来るのですか?」
「右奥の小屋に三人、左の脇道から五人、そして屋上に三人いる」
相手の罠にかかってしまったようだが、それでも全く問題はない。いざとなれば俺の聖剣で一掃することができるからな。
しかし、今回はクレアの実力を知りたい。少し危険だが、彼女に小屋から来る敵を対処してもらうことにしようか。
「クレア、時間稼ぎでもいい。小屋から来る敵と戦ってほしい」
「はいっ」
その返事に迷いはなく、彼女は剣をまっすぐに構える。
「リーリア、屋上の敵は任せる」
「わかりました」
俺がそう言うと屋上から俺たちを狙っている敵に対してリーリアが魔剣を引き抜き能力を発揮した。精神を干渉されたために屋上にいた人たちは体勢を崩し、そのまま地面へと落下した。あの高さからの落下であれば命に別状はないだろう。まぁ骨折はしているに違いないがな。
俺は左の脇道から来る五人組へと視線を向ける。
そこにはまたしても聖剣を持っていない男たちがいた。
「ふっ」
当然ながら、午前に出会った人たちとは違うため動きも全く違う。
まぁ実力が低いのには変わりないが、少しは訓練経験があるようで五人でうまく連携を取っている。
俺は素早い剣捌きで相手の剣を全て弾き落とすと刀の峰で急所を打つ。
「がっ!」
それから流れるように五人を打ち倒していく。
そして、クレアの方へと視線を移す。
三人を相手にうまく立ち回る彼女を見て、俺は彼女に素質があると確信した。
こんにちは、結坂有です。
外に出歩くと必ず誰かに狙われてしまうような場所のようですね。
これは気軽に外に出ることはできなさそうです。
それにしても、クレアはいったいどれほどの実力を持っているのでしょうか。気になるところですね。
それでは次回もお楽しみに。
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