双方の現状
この国の内部事情に関してはまだよく知らないとはいえ、ここまで危険な国だとは思ってもいなかった。事前情報によると魔族の攻撃が少ないため平和な場所だということだけは知っていたが、魔族がいない分人間同士の争いがあるのだそうだ。
まぁ確かに無差別に人間を殺しにくる魔族と比べればまだ人間の方が平和なのかもしれない。しかし、それでも気の休まる状況ではないようだ。
実際にカフェでゆっくりとしているところを何者かが俺の命を狙ってきたのだからな。
とは言ってもその三人は聖剣を持っていたもののそこまで強いわけでもなく、すぐに倒すことができたのは幸いだっただろう。
「エレイン様、大丈夫ですか?」
「ああ、初めは警戒していたのだが、警戒するほどの実力でもなかったな」
「そうみたいですね。私も後ろから見ていてかなり弱いと思いました」
リーリアも高い実力者であるため、この三人の実力の低さは見ただけですぐにわかったのだろう。
それよりもひっくり返った机の裏でこちらの様子を伺っている訓練生のクレアの方が気になる。
「クレア」
「……は、はいっ」
緊張混じりで裏返った返事をした彼女はすぐに俺のところへと駆け寄ってきた。
緊急時とはいえ、人の武器を壊してしまったのだ。もしこの木剣に何らかの思い入れがあるのだとしたら申し訳ない。
「木剣を割ってしまった」
「いえ、大丈夫です。その剣も支給されたものですし」
特に思い入れのないものでよかった。誰かから譲り受けた形見だとすればどうしようかと思ったのだがそれは杞憂だったようだ。
「それならよかった」
「その壊れてしまった木剣、もらってもいいですか?」
「どうしてだ」
壊れてしまったものが欲しいというのは変わっているが、何か理由でもあるのだろうか。
「壊れてはいるのですが、それでも大切にしたいのです」
「俺が使ったからか?」
そういうとクレアは頬を若干赤く染めて小さく頷いた。
「別に構わない」
俺はちょうど半分のところで割れてしまった木剣を彼女に渡した。すると、彼女はその割れてしまった断面や他に傷がないかを確認し始めた。
訓練生である彼女にとってさっきの俺の動きはどのように映ったのだろうか。
「気になるのか」
「ど、どういうことですか?」
「そのままの意味だ。熱心にその木剣を観察しているのだからな」
「……あのような動きを見たのは初めてです。人間技とは思えないような洗練された動きは尊敬します」
恥ずかしいのか時々視線を俺から外しながらも真っ直ぐ俺に向かってそう言った。
まぁどちらにしろそう言ってくれるのは嬉しいがな。
「なるほどな」
「だめ、でしょうか」
「本当に尊敬に値する人間なのかはわからないが、何か目標となるものがあれば訓練も捗ることだろう」
そういうと彼女は先程の緊張した表情から笑顔に変わった。
どうやら俺の言葉が嬉しかったのだろうか。どちらにしろ、好意的に思われたのなら嬉しい。
「エレイン様、警備隊の方が来ました。私が説明して参ります」
「ああ、頼む」
そう言ってリーリアは警備隊に話をした直後、すぐに倒れている三人が警備隊の人たちに連れて行かれていった。
彼らは立つ寸前まで悶絶していた。もう少し手加減すればよかったと思ったが、相手の実力がわからないからな。まぁ俺の命を狙ったぐらいだ同情する理由はないか。
「あの、なんて呼べばいいでしょうか」
三人が連れていかれる様子を見ていると横からクレアが話しかけてきた。
「エレインで構わない」
「では、エレインさんと呼ばせていただきます。私のことはクレアと呼んでください」
「ああ、わかった」
改めて彼女は自分の名前を言った。
俺のことを気にかけてカフェへと走ってきたことから、まだ実力はないものの直感が優れているのは確かなようだ。ここであったのも何かの縁なのかもしれない。関係を築いておいて問題はないだろう。
しばらくするとリーリアが警備隊の人と話をつけてきたようで戻ってきた。
「エレイン様、あの三人はとりあえず政府機関の方で拘留するみたいです」
「そうか。政府に関してはまだ信用していないが、まぁ問題はないか」
政府としてのやり方にはまだ疑問に思うところがあるとはいえ、政府としてもこの事件はただ事ではないのは確かなはずだ。
「クレア、警告してくれて助かった」
「いえ、邪魔をしたのかもしれないので感謝されるほどのことではないです」
「それでも自分の直感を信じてここまで走ってきたのは評価に値する」
「……ありがとうございます」
彼女は頬を赤く染めてそう返事をすると顔を隠すように俯いた。
それから俺はリーリアと共にカフェの出口の方へと歩いていくと彼女が急に後ろから話しかけてきた。
「……エレインさんっ」
「なんだ」
何かを決心したかのように彼女は俺を呼び止めた。
「で、弟子にさせてくださいっ」
「っ! エレイン様、何か話したのですか?」
「いや、別に何も話していないのだがな」
それにしても弟子にさせてほしいか。何度か人の訓練を指導したことがあるが、こうして弟子にしてほしいと言われるのは初めての経験だ。
剣聖という称号を持っているため、そう弟子にしてほしいと言われることがこれから増えるのかもしれないな。
まぁここで断ってもいいのだが、この国の現状をよく知るためにもここは彼女を弟子に迎え入れるのは悪くない選択肢だろう。
「クレア、多少なりとも厳しいものになるかもしれないが、それでも弟子になりたいか?」
「はいっ」
すでに覚悟ができているとそういった表情をしている。多少無茶な訓練だとしても必死に食らい付いてくることだろう。
それに彼女は直感に優れていると見える。技術ももちろん重要となってくるのだが、そういった人間の直感というものは強くなる要素でもあるからな。
「わかった。ここに何ヶ月滞在するのかはわからないが、その間だけでもいいのなら指導してもいい」
「お願いしますっ!」
そう言ってクレアは大きく頭を下げた。
本気で師匠となる存在が欲しかったのだろうか。
ただ、そんな彼女のことよりもカフェの周りに集まってきたヴェルガー市民の人たちの彼女に対する視線の方が気になった。その目は冷ややかなもので誰も彼女に対して期待していないかのようなそんな目を送っている。
さっきの政府関係者とのやり取りでもわかるが、俺が思っている以上にこの国での訓練生の扱いは悪いものなのかもしれないな。
「エレイン様、本当に弟子に迎え入れていいのですか?」
「この国での情報を仕入れるにはちょうどいいからな。それに彼女にはもっと強くなる要素がある。ある程度訓練すれば、それなりに強くはなれるだろう」
「……わかりました。理由があっての決断だったのですね」
そういうとリーリアも納得してくれたようだ。
「それではクレアさん。私はエレイン様のメイドのリーリアと申します。私からもよろしくお願いします」
すると、リーリアはクレアの方へとゆっくり近づいていって自己紹介した。
これからこの国での立ち回りについて少し考えてみるが、しばらくの間は彼女の師匠としてこの国に滞在することにしよう。
入国直後に政府関係者と話すことができたとはいえ、それほど高い役職の人でもなかったからな。しかし、彼女が訓練生の中でも強い存在となれば、少し現状は変わってくるのかもしれない。
とりあえず、なんの繋がりもない俺ができることは彼女に指導をつけることぐらいだろう。その他のことは後から考えればいいだけの話だ。
◆◆◆
「ふっ!」
私、ミーナは病院のリバビリルームで剣を振っていた。
私の怪我はひどいもので腕の神経をかなり傷付いてしまっていたようだ。もちろん脊椎なども損傷していたらしい。
カインの治療によって大部分は完治しているものの、失ってしまった感覚を取り戻すにはまだまだ時間がかかるようだ。それで私は今も病院の施設でこうして訓練をしたり、検査をしたりしているのだ。
「……このままだとまだまだ調子は戻りそうにないわね」
大きめの木剣を眺めながらそういった。
私の持っている聖剣と比べれば軽いものなのだが、それでも今の私にとってはかなり重たいもののように感じる。
筋力が低下しているせいか、感覚がまだ取り戻せていないのか、それともその両方なのかはわからない。
それでも今の私にできることは日々の訓練を続けることだけだ。自分の受け継いだ流派なのだ。自分自身で開拓してみせるしかない。エレインにも言われたのだから私は頑張るしかないのだ。
「あともう少し、もう少し感覚が戻れば何かわかるかもしれないのに……」
柄を強く握りしめる。
一度失った感覚を取り戻すのは難しい。そのことはエレインからもカインからも言われている。それでも私は取り戻さなければいけないのだ。父の流派を受け継いだのだから、これからもっと強くなるのだから。
こんなところで躓いていてはダメなのだ。
そして、私はもう一度剣を振った。
さっきまでとは違い、もっと力強く剣撃を放つ。
「……っ!」
大剣の形をした木剣の重量を制御できずに私はバランスを崩してしまう。
体の重心が大きく傾き、そのまま地面へと激突する。
「大丈夫ですか!」
すると、廊下の方から一人の女性が走ってきた。
「大丈夫よ。何回か同じように転んでるわけだし」
私がそう言うとその女性は私に優しく手を伸ばしてきた。
「そうなのですね。ですが、頑張りすぎも良くないです」
「……わかっているわ」
彼女は私の腕を引っ張り上げて立たせてくれた。
「ゆっくりでいいのです」
「それでも私はやらなければいけないの」
「どうしてそこまで頑張るのですか?」
その女性は私にそう優しく語りかけてきた。
「自分が強くなるためよ」
「その強いというのはどういうことですか? 私から見ればあなたはかなり強そうに見えますよ」
彼女は転がった木剣を拾い上げてそういった。
「……こんな重たい剣をあんなに素早く操るなんてなかなかできることではありませんよ」
すると彼女は軽くその木剣を振り回してみせた。その動きはどこかで見たことのある動きをしている。
「このままだとダメなのよ」
「ダメではないです。もっと自分自身を信じてくださいっ」
「え?」
「ここに運ばれてからずっとあそこの窓から見てました」
そう言って彼女は指を刺した。
その場所は救急治療室と隣接した病室だったはずだ。もしかすると彼女も魔族と戦って怪我をしたというのだろうか。
「……あなたは誰なの?」
「あ、忘れてましたっ。私はユウナと言います。小さき盾の一人、といえばわかりますか?」
「え? そうなの?」
「そうなんですよ。ちょっとした不注意で大怪我を負ってしまってここに運ばれてしまったのです」
そう恥ずかしそうに彼女は私に木剣を渡してきた。
「もしかして……」
「ごめんなさい。検査の時間です。また今度お話ししましょう」
すると、彼女はそう言って駆け足でリバビリルームから出て行った。
小さき盾の一人。本当にそうだとしたらエレインのことをよく知っているかもしれない。彼女からはまた色々と話をしなければいけないのだろう。
そう思いながら私はもう一度剣を構え直した。
「私にはやらなければいけないことがあるの。だから、動いて」
自分の体に語りかけるようにそう呟いて木剣を振った。
こんにちは、結坂有です。
今回は戦闘回というよりも訓練回でしたね。
まだまだ戦闘的なシーンは続きます。これからのエルラトラムとヴェルガーの展開が気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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