鷹は爪を隠す
俺、エレインはリーリアと一緒に近くのカフェへと向かった。先ほどまで爆発現場にいたわけだが、特に怪我をしたという人もなくただ火薬の入った箱が爆発したと言ったところだった。
もちろん、爆発直後はみんなざわめき始めていたが、今は落ち着いている。平和な場所と言われているものの内政に関しては安定しているとは言えない様子のようだ。
「エレイン様、簡単に説明しましたがわからないところはありましたか?」
リーリアが俺の目の前でラテを片手にそう聞いてきた。
この国の内情に関してはある程度理解できたのだが、王家を統治している政府の活動が気になる。
「大体は理解できたが、政府はどのようなことをしているんだ?」
「ここの連邦政府は王家に利益になるようなことをすることで安定を図っています。ですが、全ての王家を納得させることはまだできていないようであのような事件が起きるみたいです」
なるほど、連邦政府は数多くある王国を統一するためにそれぞれの利益になる貿易や条約などを作ることで一つの国としてまとめているようだ。
それでも全てを納得させることができないでいるらしい。まぁ当然なのだがな。
「なるほどな」
「ですが、それでも王家共通の敵は魔族です。表面上だけでもうまく政府と連携できていると思わせたいのでしょう」
政府とうまく連携できているようにしたいのはわかるが、あのような事件を起こしてばかりいればいずれ王家の亀裂が強くなっているというのはわかってしまうものだ。海外の人たちにはうまく隠すことができたとしても国民までを欺くことは到底できることではない。
「まぁこの国内だけでも色々と問題があるということだな」
「そうですね。魔族の攻撃が少ない分、国内の内情はそこまで安定しているわけでもなく決して平和というわけではないのです」
ただ魔族による攻撃が少ないだけということらしい。だが、それでも疑問に思う部分がいくつかある。
魔族が少ないのは理解できる。しかし、どうして聖剣をあんなにも欲しがるのだろうか。俺がこの国に来る二日ほど前に大騎士の人たちから詳しい情報を教えてくれた。どうやら彼らはエルラトラムに聖剣の輸出を多くしてほしいとのことらしい。エルラトラムと戦争状態になったのもそれが理由とのことだが、どうしてそこまで聖剣が欲しいのかはよくわからない。
ただ、その理由に関してはこの国にしばらく滞在しているとよくわかってくることかもしれない。とりあえず、今はこのカフェの外から仲を伺っている人物のことが気がかりだ。強い殺意のようなものは感じられないが、それでも注意しなければいけないだろう。もしかするとあの爆発を引き起こした張本人という可能性も捨てきれないからな。
「エレイン様、どうかなされましたか?」
「気づいていないのかもしれないが、外から誰かに見られている気がしてな」
「敵、ですか?」
「明確な敵意は感じられない。今は様子見だな」
何か行動を起こす気配もない。こちらが妙な動きをしない限り何もしないのだろうか。とりあえず、今は相手の動向を待ってみる方がいいだろう。
そう考えた直後、カフェに先程の訓練生の女性が入ってきた。急いできたのか少しだけ息が荒れている。
彼女は俺を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「どうかしたか?」
「いえ、妙な人影は見かけませんでしたか?」
先程の爆発と何か関係あるのだろうか。俺が爆発現場に向かうよりも前に彼女は到着していたようだからな。訓練生だと聞いていたが、何か自分で調べようとしているのだろうか。
「妙な人影といえば、先ほどからカフェの様子を伺っている人がいるぐらいだな。それ以外は……」
俺がそう言うと彼女は少し焦った様子で周囲を見渡した。
それと同時に外からの視線は強烈なものに変わる。
俺は咄嗟に自分の盾にするように椅子を持ち上げると、低い銃声とともにその椅子は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「っ!」
そして、机をひっくり返して大きな盾にする。
「……訓練生ごときがでしゃばんじゃねぇ!」
先ほど彼女の横にいた大男ではないが、それなりに大柄な体格を持った男が三人ほど扉を蹴破って入ってきた。
それと同時にこの店内にいた一般の人たちは悲鳴をあげる。
「すみませんっ! 私が変な行動を取ったばかりに……」
「気にするな。そのおかげで彼らは行動を起こしてくれた」
「ですが、エレイン様。この場所で戦闘はかなり危険です。相手の銃はどうやら散弾銃のようですから」
そうだろうな。俺の椅子を粉砕するほどの強力な銃のようだからな。最悪俺たちは無事だとしても店内にいる他の客に銃弾が当たる可能性がある。聖剣で無理やり制圧することも可能だが、狭い店内では危険でもある。
何よりもこの場所で聖剣の能力を相手に知られたくない。
「どうすればいいですか」
訓練生は申し訳なさそうにそう質問してくる。
「へっ、邪神を倒したとか魔族の軍勢を一人で殲滅したとかいう噂の剣聖でも体は人間だ。特別に改造したこの銃には敵わねぇだろっ」
もちろん、彼が言うように俺の体は人間と変わりない。いくら治癒能力が高いからと言ってもそれには限界がある。あの散弾銃をまともに喰らえば即死は間違いないだろう。
「エレイン様。少し危険ですが、ここは私の精神干渉を使った方がいいでしょうか」
「かなり危険なのには変わりなさそうだな」
「はい。こうなった以上、リスクを負うのは仕方ないと思います」
確かにリーリアが言うようにこうなってしまったからには仕方ないのかもしれない。だとしても危険を背負うのは彼女ではない。
「訓練生のクレアと言ったな」
「はいっ」
「持っているのは木剣か?」
「そうです」
そう言って彼女は剣を引き抜いた。質は低いものの人間を倒すには十分なものだ。
この剣を持って魔剣の”加速”という能力をうまく組み合わせれば俺の能力を知られずに相手を倒すことができるだろう。
それにはまず客も含めてここにいる全員の正確な位置を把握する必要がある。彼が散弾銃を撃った際になるべく被害を少なくしたいからな。
「それを貸してくれるか」
「これで戦うというのですか?」
「ああ」
「……わかりました」
少し躊躇したものの彼女はその木剣を俺に渡してくれた。
「エレイン様、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ」
俺はすぐに飛び出せるように姿勢を整え、目を閉じて周囲にいる人の正確な位置を把握する。
「出て来いよ! こっちも時間がねぇんだ!」
「このままだとマジで警備隊が来るぞ。早く殺そうぜ」
「だったら、そこの客を一人殺すとするか?」
そう俺たちのいる場所から銃口が逸れた直後、俺は机から飛び出した。
「なっ!」
神速の移動と剣捌きで男の持っていた銃を上方に打ち上げる。
ズドンッっと低く衝撃波が店内を轟かす。しかし、散弾は天井に大きな穴を開けただけで誰にも命中することはなかった。
「てめぇ!」
俺からの急な攻撃に男たちは一瞬だけ取り乱すが、訓練を受けていたのかすぐに剣を引き抜いて臨戦態勢に入る。
だが、ここで剣を引き抜いたところで意味はない。この短めの木剣は狭い店内ではかなり有利に働くからな。
「ふっ」
相手の懐へと深く入り込むことで相手の攻撃を封殺し、一人目の鳩尾に剣先を突き入れる。
「うがっ!」
その強烈な一撃で一人目は完全に行動不能に陥ったことだろう。そしてすぐにその真横から俺に対して斬りかかってくる人へと対処する。
相手は聖剣使いなのかはわからないが、かなり素早い斬撃で俺へと斬り込んでくる。
「死ねよ!」
素早い動きではあるもののその雑な踏み込みは簡単に動きを読むことができる。
俺は男の攻撃を軽くいなすと脇腹へと木剣の一撃を入れる。
「ぐっ!」
手加減したつもりだったが、かなり深く衝撃が伝わったようだ。もしかすると左の肺を損傷させてしまったかもしれないな。ただ、それよりも木剣にヒビが入ったのが気がかりだ。
「クソっ、ふざけるなよ!」
もう一人の男は長剣を引き抜いた。こんな狭い店内でよくもそれを振り回そうと思うものだが、それなりに技術を持っているようでそれでもうまく扱えているようだ。
下手に技術を持っているだけあって面倒な相手だ。
ジュンッ!
鈍い風切り音を立てて彼は長剣を振り下ろしてくる。当然ながら、このヒビの入った木剣ではその強烈な一撃を受け止め切れるはずもなく、俺は一歩だけ距離を取る。
「逃げるなっ!」
俺が距離を取ったと同時に相手も踏み込んでくる。これだから妙に技術を持っている相手は面倒なのだ。
「ふっ」
相手が斬りかかってくるのと同時に俺も大きく一歩踏み出す。
「っ!」
その長い剣は俺の体へと斬り込むことはなく、盛大に空を切った。洗練されていない技は動きを読みやすいからな。当然ながら避けることが容易になる。
そして、盛大に空振りした彼の頭部へと俺は木剣で一撃を入れる。
バギィン!
破裂するように砕け散った木剣の鋒とともに男は地面へと倒れた。
少し時間はかかってしまったものの上手く対処できたのは運が良かったと言えるだろう。何よりもあの散弾銃で誰も怪我をしなかったのだからな。幸運に恵まれたのは間違いない。
こんにちは、結坂有です。
入国して早速命を狙われる剣聖エレインですが、幸先はよくなさそうです。
これからどうなっていくのでしょうか。
そして、訓練生であるクレアの存在も気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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