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崩れた陣営

 エレイン様のためにも私、リーリア・ユーグラシアは応援を呼ぶ必要があった。

 一番近い拠点は私が全速力で走ったとしても三〇分以上はかかる場所にある。

 当然馬や電動のバイクなどがあるわけでもないため、なんとしても急がないといけない。


 配属先の拠点から走って三五分ほど経っただろうか。

 やっと別の拠点に着いた。

 しかし、何やら様子が変だ。


「そこにいるのは聖騎士の応援か?」

「いいえ、応援ではありません」


 拠点となっているテントはいかにも先ほど建てられたかのような状態で、指揮官が示していた地図上にはこの拠点には一五人程度の聖騎士の部隊がいたはずだ。

 それなのに、私の前のテントの中にはたったの七人の聖騎士、その誰もが怪我をしている。


「応援ではないのだな」

「はい……何があったのですか」


 この状況ではその全容が掴めない。


「上位の魔族三体が突撃してきてな」

「ゴースト型ですか」

「いいや、実体のあるゴーレム型だ。ただのゴーレムではない。おそらくだが、リーダー格の魔族のようだ」

「そのような魔族がどうしてここに……」


 リーダー格の魔族は上位の中でもより強力な存在である。

 もちろん戦闘力も高いのだが、統率力が高い。そのため、普通は集団で攻めてくるのだ。


「理由はわからないが、おかげで第一防衛線は完全に崩壊、まさに壊滅状態だ」


 部隊長の人がそういうと、奥の方へと指差した。

 大きな拠点となっていたであろう陣営からは煙が立ち上り、柵などは完全に破壊されていた。

 まだ戦っているのか、耳をすましてみると剣が交える音が聞こえる。


「あなたたちは行かないのですか」

「行きたいのだがな。ここにいるのは重傷者ばかりだ」


 確かに皆包帯を巻いており、床には治療した後なのか血溜まりができていた。


「動ける人はいない状態ですか」

「僕は動けます」

「お前は動くな」


 ふらふらと立ち上がった聖騎士は剣を握っている。

 すると、部隊長が彼をベッドに寝かせる。


「彼は?」

「あいつは吹き飛ばされて重度の脳震盪を起こしている。平衡感覚が完全に麻痺しているんだ」


 あの状況ではまともな治療を受けなければ、後遺症が残るだろう。


「……私は加勢に向かいます」

「あんたは聖騎士ではないだろ」


 私が駆け出そうとすると、部隊長が呼び止める。


「以前は聖騎士として、アレイシアと並んでいたのですよ」

「それは心強い。要請した応援が来たらすぐに向かう」

「わかりました」


 そう言って私は駆け出した。




 第一防衛線まではそう遠くなく、数分で到着した。

 そして、その場所はまさに混戦状態であった。


「聖騎士って言っても雑魚ばかりだなぁ!」


 そう言って上位の魔族が戦斧を振り回している。


「オラァ!」

「がっ!」


 その強力な一撃を聖剣で受け止めた聖騎士はその衝撃に負け、数メートルも飛ばされる。

 聖剣の加護を受けている聖騎士はあのような衝撃ではそう死なないのだが、確実に体力が消耗していることだろう。

 場合によっては衰弱死の可能性だって……


「あ? 可愛らしいお嬢ちゃんがいるじゃねぇか」

「スレイル、分析をお願い」

『対象の行動分析を開始……』


 脳内に念話してくる男の声、無機質で淡々と告げるその声は私の魔剣の中にいる精霊の声だ。


「死ねよ!」


 大きく振り下ろされた戦斧を上手く躱しつつ、私はスカートの中から魔剣を取り出した。

 魔剣に伸びているラインは今は灰色を示している。これは分析をしているという証拠だ。

 この色が白く輝くとそれが完了したという合図だ。


「テメェも聖騎士かよ!」


 大きく横振りをしてくる魔族はどうやら単純な思考をしているようだ。

 リーダー格といえど魔族の知能は人間ほど高くないようだ。


『行動分析完了……予測される攻撃を表示』


 そして、ラインが白く輝き、私の目も銀色に輝くのが銀色の刀身の反射でわかった。


「ガアア! どうして!」


 斜めに振り下ろそうとした瞬間に、魔族の腹部が大きく抉れる。

 私の目には相手の次の攻撃パターンが表示されている。魔剣スレイルが相手の心理状況、行動パターンなどを完全に分析した結果だ。


 魔剣スレイルは精神を司る精霊、自分の精神強化以外にも相手の精神状況すらもコントロールすることができる。

 意外な一撃に魔族は焦りを感じたようで、私の魔剣の力でその焦りをさらに強化。すると、焦りは恐怖に、恐怖が行動の萎縮に繋がる。

 そして、単純化された行動は剣の弱さに繋がる。


「はっ」


 相手の攻撃を完全に封じた私には怖いものなどない。

 次なる攻撃を躱し、私は魔族の頭部を斬り落とした。


「まずは一体……」


 私の欠点と言えるのが、この行動分析の時間にある。

 今回の相手は単純な魔族だったようで、すぐに終わったのだが知能の高い相手だと時間がかかってしまうのだ。


「ひゃっは!」

「っ!!」


 上空を飛び出してきたのは魔族、もう一体がいつの間にかここにたどり着いてきたようだ。

 私は双剣を十字に重ね、上段の攻撃を防いだ。


『更なる脅威を確認……分析を開始』

「キェ!」


 そう言って、魔族は距離を取る。

 素早い移動だ。


「びぇ!」


 奇妙な声を上げて、突きの態勢をとり突撃してくる。

 単純ではない。直感に任せた攻撃をしてくるようだ。

 その攻撃を左の剣で受け流し、右の剣で反撃を入れる。背中部分に狙いを定めて斬ろうとすると相手は瞬時に体を捻ってその攻撃をかわす。

 構造上無理な方向に捻ったのか、相手は痛そうに脇腹を(さす)っている。


「いてぇな!」


 私が原因ではないのだが、相手は怒りに満ちている。

 それでもまだ分析が終わらない。


「ギャア!」


 頭上に剣を振り上げ、突撃してくる。


「!!」


 私がそれを防ごうと防衛態勢に入ると、急に体を回転させ肘で私の腹部を打撃する。


「かはぁっ!」


 強烈な鋭い痛みが体の芯から響く。


『行動分析に難航……精神支配を実行』

「なんだよ、これ」


 魔剣スレイルのラインが毒々しい紫に輝く。

 最終手段である精神支配を実行したようだ。

 これは相手に幻覚や幻聴、さらに進むと感覚すら麻痺する強力な力だ。


「そこまでだ!」


 すると、もう一体の魔族が目の前の魔族を引っ張る。


「お、お前!」


 現れた魔族が敵だと認識しているのか、攻撃を始める。しかし、その攻撃はもう一体の大きな腕で防がれる。


「魔剣使いが現れるとはな。ここは退くべきだ」


 そう言って、暴れている魔族を引きずりながら撤退していった。


 私も追撃をしたいところだが、私の肋骨が折れそれが内臓を刺激している。

 激しい移動は怪我の悪化に繋がるため、やめておくべきだ。


『敵対勢力の撤退を確認……損傷箇所の処置を開始』


 魔剣のラインが緑色に輝いて私の腹部の痛みが消えていく。

 怪我を治すというよりかは痛みを和らげると言ったほうがいいか。幸いにも受けた攻撃は打撃だけで、大きな傷があるわけでもない。


「ありがとう。スレイル」

「ここにいたのか。撃退したようだな」


 私の背後から部隊長が駆けつけてきた。そして、別の聖騎士団の人たちも応援に来てくれたようだ。


「はい。一体だけですが倒すことができました」

「さすがはアレイシアの部隊にいた人だ。感謝する」

「これぐらい、苦労になりません」


 そう言って私は一礼する。


「よし、怪我人を治療するぞ!」


 部隊長がそう指示を飛ばすと、周りにいた騎士団が周囲のけが人を治療するために動き始める。


 彼も部隊長となっている人だ。それなりに地位が高い人なのだろう。

 私も応援は呼べそうにないとエレイン様に報告しなければいけません。


 どうか、ご無事だといいのですけど……


   ◆◆◆


 第三列に突撃したが、呆気なかった。


 巨躯な魔族ではあったものの、何も武器を持っているわけではなかった。

 ただの投石要員だったようだ。

 俺はため息を吐いた。


「はぁはぁ……エレイン、そのため息はなんなのよ」


 横で息を切らしながら肩を上下に揺らしているセシルがそう言った。


「拍子抜けだなと思っただけだ」

「あんな巨大な魔族を相手にしてよくそんな言葉が出るわね」


 第三次魔族侵攻の頃はこのような魔族などざらにいた。さらにいえば、強力な上位の魔族もそれなりに多くいたはずだ。

 今となってはあまり記憶はないのだがな。


「まぁもう少し数がいても良かったぐらいだ」

「四〇体以上倒しておいて、何よその言い方」

「お前も六体倒している」


 セシルもよく頑張っていた。初の現場で六体斬りは上出来の他ないだろう。


「五倍以上倒している”あ・な・た”にだけは言われたくないわ」


 そうしていると、背後から走ってきている人がいた。

 足音的にリーリアだろう。


「エレイン様、応援はすぐには来そうにないです」

「気にするな。なんとか撃破した」

「ほとんどエレインの手柄だけどね」


 すると、リーリアは安心したのか緊張した表情を緩めた。

 応援が呼べなかったというのは当然と言えよう。


 周辺の地図を思い浮かべてみれば、この攻撃の意味が想像できたからな。

 この場所を上位以外の魔族で総攻撃、そして挟み撃ちにする形で奥の部隊を奇襲する。

 もし成功すれば、ここ一帯は魔族の領土となっていただろうな。しかしここが突破できなかったからな。意味はなかっただろう。


「そうですか。それなら良かったのですけど」

「セシルも今回で六体斬りを達成した。リーリアの記録を破った」

「私も見習わないといけないですね」


 そう笑顔でリーリアは言う。しかし、セシルの表情は堅いままであった。


「あなた、実際は五体斬り以上の実力あるでしょ」

「そうかもしれませんが、記録として残っているのは五体だけですよ」


 確かに今のリーリアならもっと倒せる実力を持っている。ただ、それは記録に残っているだけのものだ。俺も含め、何体倒したかなんて混戦状態となった戦場では把握なんて無理だからな。

 俺の予想では二五体ぐらいならリーリアの実力だけで倒せるだろう。とはいえ、それも魔剣の能力を加味したものではない。本来ならもっと多くの敵を倒すことだってできるに違いない。

 アレイシアの十体斬りも詳しく聞けば、団長の支援だったそうだ。

 彼女も支援という形でなければ、三〇体はいけたはずだ。まぁ大規模な戦闘がないというのはいいことなのだがな。


「なんかパッとしないわね」


 そう言ってセシルはふんっとそっぽを向いたのであった。

こんにちは、結坂有です。


なんとか魔族の襲撃を撃破した双方ですが、裏では一体何が起きていたのでしょうか。

そして、エレインとセシルのこれからの進展も気になるところですね。


それでは次回もお楽しみに。

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