崩れゆく日常、崩れない決意
私、ミリシアはアレクとレイとで家に戻っていた。
すでに外は夕方になっており、そろそろエレインたちも戻ってくることだろう。ただ本当なら私たちはもっと遅くに帰ってくる予定だったのだが、あんなことがあったのだから仕方ない。
それに私たちは教え子の一人を死なせてしまったのだ。今はただそれだけがショックであった。
「くそっ、あの透明のやつは一体なんなんだよっ」
「そうだね。生徒まで殺す必要はなかった」
レイとアレクは怒りをあらわにしていた。当然ながら、私も冷静でいるつもりなのだが表情は怒っているのだろう。
「でも、私たちにも非はあったと思うわ。あの時、人だからってバグドール流の人たちを殺さなかった」
「……どちらにしてももう過ぎてしまったことだよ。これから僕たちはどうするべきかを考えないとね」
アレクの言うように過ぎてしまったことを議論しても意味はない。この先のことを議論するべきなのだ。
今、この地下部屋にはナリアとユウナはまだいない。魔族侵攻の時から議会の警備を担当してくれているのだ。ユウナは自分で自覚していないのだが、この国の基準で言うとかなり強いと言える。
奇襲などの咄嗟の判断を試される戦闘においてはまだ弱いとはいえ、議会での警備ではそのようなことは滅多にないだろう。
「ええ、そうした方がいいわね」
「それで? これからどうすんだよ」
「学院生の人たちは当面の間は自宅で待機ということになっているわ。それに彼らが狙われるようなこともないし」
「うん。問題なのは僕たちだね」
バグドール流の人は私たちに対して攻撃を仕掛けてきた。暗殺を得意としている流派のようだったけど、どこまで本気で私たちを殺そうとしていたのだろうか。
少しばかり疑問の残る最後ではあったが、もう彼は死んでしまったのだ。
「これからも狙われるってのか?」
「おそらくはそうだろうね」
「だったら俺たちもそれ相応に対処するべきだろ」
「その方がいいのはわかってるわ。でも本当に私たちがこの国に干渉していいのかわからないの」
私たちはもともとこの国で生まれ育ったわけではない。もちろん、市民権を得ている。とは言ってもこの国の基準から外れてしまった存在であるのは間違いない。
そんな私たちが他国であるエルラトラムにどこまで干渉していいのだろうか。
本来の実力を発揮すれば、この国を乗っ取ることだって容易だろう。聖騎士団を全滅させ、議会を屈服させることもできる。
「僕たちはこの国の市民ではあるけれど、他国で特殊な訓練を受けてきたんだ。普通であれば、存在してはいけないだよ」
アレクの言うようにエルラトラム国民になる予定ではなかった存在だ。
だから、干渉は必要最低限で今まで済ませてきた。
「あ? 今更そんなこと考える必要あんのか?」
「あるのよ。あなたなら一人で議会を制圧できるでしょ? それに私とアレクだけでも聖騎士団を全滅させることだってできる。だからこそ、自分たちは抑制しなければいけないのよ」
「まぁ魔族は倒すべきというのがこの国との唯一の共通意識ではあるけどね」
この国の体制が気に食わないと思ってもそれは我慢しなければいけないことだ。郷に入れば郷に従えというのは普通のことだろう。
「ったく、面倒だなっ」
レイはそう言って勢いよくソファへともたれかかった。
彼がそういうのは無理もない。元々短気だった性格でそう簡単に変わることではない。
それに私たちは議長の権力を使って年齢を偽っている身だ。本当に年齢を重ねてはいないのだから仕方ない。この私とて全ての感情をコントロールできていないのだ。
「……小さき盾として一つ約束してほしいことがあるんだけど、いいかしら」
私は一つだけ共通で認識しておきたいことがあった。
確認も込めて私はそういうとアレクとレイはしっかりと私の目を見て聞く体勢になってくれる。
「絶対に死なないこと、これだけは約束してくれる?」
「へっ、人を殺すなって言うと思ったぜ」
「やむを得ない場合だってあるわよ」
「うん。帝国なき今でも僕たちは生き延びているわけだしね。しっかりと生き続けないと」
アレクの言う通りだ。
私たちがこうして生きてまた一緒に生活できている。どんなに日常が崩れていってもそこだけは変えてはならないのだから。それに、まだエレインに本当の自分を見せれていないのだから。
◆◆◆
私、アレイシアは議会で再び書類整理をしていた。
ブラドが私に向けられた刺客を新しく発見された地下の牢屋へと運んでいった。議長になったのだから誰かに狙われる可能性があるということは自覚していたつもりだ。それでもこうして恐怖心を抱いてしまっているのはどうしてだろうか。
「……アレイシア様?」
書類処理の手が止まっているところをユレイナが話しかけてきた。
「なんでもないわ。こっちの分は確認したから持っていってくれるかしら?」
「わかりました。ですが、書類はまとめて持っていきます。ほんの少しの間でもアレイシア様をひとりにさせるわけにはいきませんから」
「別にそこまで厳重な警備が必要というわけではないと思うけれど……」
私がそう言うと彼女は強く首を振ってそれを否定した。
「いいえ、それはいけません。先ほどの人は本気でアレイシア様を殺そうとしていました」
「そうだけど、気にし過ぎよ」
そう言ってみるが、事実私の方が気にしているのかもしれない。
本当ならもっと早い段階で書類を処理することができているのだが、今日は倍ぐらい時間がかかっている。
「アレイシア様、最悪を考えて行動するというのは聖騎士団の時からおっしゃっていましたよね。今は議長という立場です。護衛は必要ですよ」
「……そう、だけど」
確かに言われてみれば、議長は全ての権力が集中しているとも言える存在だ。誰かが議長に対して恨み憎みを持つ人だっていないわけではない。
まぁどちらにしろ、今までみたいに日常を過ごすというのはもう無理なのかもしれない。
それでも私はエレインを愛し続けているのだから。
こんにちは、結坂有です。
今回は小さき盾の決意とアレイシアの決意を改めて確認する回となりました。
そして、次回からはまた激しい戦闘が続く予定となっています。
それでは次回もお楽しみに。
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