脅威の排除
何者かに攻撃を受けた俺はすぐに廊下に出て聖剣を引き抜いた。
セシルもリーリアも俺と同じく戦闘態勢に入っており、すぐにでも対応できるようにしてくれている。
リーリアは俺と共に戦いを切り抜けてきたのだから理解できるが、セシルまでも反応が早くなっているのは少し驚いた。
まぁ彼女も自分の中で決意のようなものが固まったということなのだろう。
それよりも今は俺に対して攻撃をしてきた人物について気になる。少なくとも殺意を直前まで感じさせずに仕掛けてきたのだからかなりの実力者であることは確かだ。そして、何よりも聖騎士団や元議会軍の人間が仕掛けてきたというわけではないということだ。
どういうわけか、暗殺を得意とした人物がいるということはアレイシアからも聞いたこともない。それなのにリーリアのような暗殺に長けた人物がいるということも事実だ。理由はなんであれ、俺たちを殺そうと誰かが企んでいるのは明白だ。
「エレイン様、どちらに行かれるのですか?」
「攻撃を仕掛けるのだとすれば廊下だと思ったのだが、誰もいないな」
俺に攻撃を放った後、すぐに移動を開始したとなれば確かに逃げれる時間はあったのかもしれない。だが、それにしてもあまりにも静かすぎるのだ。
俺たちは知らず知らずの間に罠に嵌められた可能性だってあるということだ。そんなことは置いておいて、少なくとも脅威であることは間違いない。それらを排除するべきなのは必要な自己防衛だと思う。
「そうね。でも、逃げたとかは?」
「ここに来るまでに階段があったな。階段は一つだけなのか?」
「確か、三つだったと思うわ」
中央に一つと両端に一つずつあるということか。まぁそれなら闇雲に走って追いかけるよりかは別の方法で見当をつけてからの方がいいだろう。
俺は目を閉じて、空気の流れや音に集中した。
しかし、これらの方法でもあまりにも人がいた場合は通用しないのかもしれないのだが、今はなぜか廊下に出ている人が全くいない。これからこの索敵も十分に機能することだろう。
「西側の階段を走りながら降りている人がいるな」
「多分その人かもしれないわね」
「ああ」
それから俺たちは西側の階段の方へと急いで向かうことにした。音を頼りにしてみても移動速度は走っている割にはかなり遅い。
俺たちの走る速度だとすぐに追いつくことだろう。
それから西側の階段へとたどり着き、そのまま勢いを止めずに階段を降りた。
「なっ、もうこんなところにっ」
俺たちに気が付いたのか男はそのまま急いで下の階へと向かった。
それにしてもその程度の移動速度で俺たちから逃げられると思っているのだろうか。俺はそのまま男を追うことにした。
「くっ!」
階段から降りると男は棒のような武器を持って俺へと攻撃してきた。
「ふっ」
俺はその攻撃を軽く避けると男は近くにあったゴミ箱を投げつけて走り出した。
どうやら彼は本気で逃げているのだろうが、それにしてはかなり移動が遅すぎる。フードをかぶっているため顔は見えていないとはいえ、かなり歳を取っているのは間違いない。
「エレイン様、あの男が敵ですか?」
「そのようだな」
「じゃ、捕まえるわね」
すると、セシルは俊足で駆け出すと一気に男へと接近した。
「ほっ」
しかし、彼女の攻撃は空を斬っただけだった。
男は体の軸をわずかにだが、ずらしていたのだ。そのために彼女の攻撃が寸前に避けられたということのようだ。
確かに今彼がいる場所はこの施設の中でもかなり広い場所だ。広大な場所での戦いにおいては彼が一歩上手だったようだ。
「え? どうしてっ」
「まだまだ若造よの」
そう言って男は棒を高速に回転してセシルへと攻撃する。しかし、彼女もそう簡単に攻撃を受けるわけではないため、距離を取ることでその攻撃を躱した。
「あの動き、見たことあるわ」
「知り合いなのか?」
「知り合いというよりも一度訓練を見てもらったことがあるような……」
セシルがまだ子供だった頃、父の戦死を知った彼女は聖騎士団の知り合いや他流はの人との交流で自分の腕を磨いていたそうだ。
その時に目にしたというのだろうか。
「……思い出したか? わしのことを」
「バグドール流棒術宗家、ベルゼ大師範?」
「よく思い出したの。ほとんど会話すらしていなかったのに」
セシルは急に警戒を強めてそういうと、男は深く被っていたフードを脱いだ。
彼女がそのように反応するということはかなりの実力者だということだ。少なくとも今のセシルでは彼には到底勝てそうにはないだろう。
あの優位な状況で攻撃を外したのだからな。
「ベルゼといったな。俺を殺そうとしたのは何故だ?」
俺は彼が俺に対して攻撃してきたと確信した。あの攻撃、明らかに相手の急所を狙った攻撃だ。
棒術で的確に相手の急所を攻撃するのはとても有効的だ。ただでさえ変則的な動きをする上に急所を突いてくるとなれば厄介極まりない。
「命令を受けてわしが動いただけのこと、当然だと思うがの」
彼を動かすほどの人物ということはやはり議会か誰かだろうか。それなりに権力のある人物であることは間違いないのかもしれないが、あまりにも急過ぎるような気もする。
ここまで実行力のある命令を出せるのは一部の人間しかできないはずだ。
「特に理由はないということだな」
「そうだがの」
俺のことを煽るような表情で彼はそう言った。この状況下でも余裕そうに話すということは彼自身が実力を持っているという証ではある。
「エレインっ」
すると、ナリアがやってきた。
どうしてこんな場所にいるのだろうか。まぁ今はそんなことはどうでもいい。
「ナリア、その男から離れろ」
「っ!」
後からやってきたナリアも事態を把握したようですぐに警戒態勢に入った。腰には何故かユウナの魔剣を携えていたのだが、構えている武器は棒だ。
「ほう、棒を使うのか?」
「……」
ナリアはしっかりと相手を見据えて警戒を強めている。
「まぁいいわい。お主の相方には致命傷を与えたのだからの。一人ずつ対処していくつもりだったが、こうなっては仕方ない。まとめて殺すとするかの」
「ユウナを殺そうとしたのねっ」
どうやら俺よりも前にユウナを標的にしていたようだ。殺そうとしたということ幸いにもまだ死んでいないようだ。
「どうするかの?」
「っ!」
彼女は怒りに身を任せて男に攻撃を仕掛けた。
確かに彼女はアレクやミリシアから訓練を見てもらっていたとのことで実力は高い。しかし、それでもあのベルゼという人には一歩届かないようで間合いを詰められないでいた。
「ナリア、ちょっといいか?」
「何?」
「本来ならまとめて戦った方が勝率が高いのだがな。実力の差を見せつけるには一対一で戦った方がいいだろう」
「どういうこと?」
「彼は誰かに命令を受けただけのようだ。殺すほどのことではない」
それに彼はとある流派の宗家らしい。そういった人物をそう簡単に殺していいわけがない。ここは実力の差を見せつけて関わらないようにしてもらった方がいいだろう。
「だから、俺に任せろ」
「……わかったわ」
ナリアはベルゼを睨みつけながら、棒を下ろした。
「本当に一対一で勝てると思っているのかの?」
「悪いが、この国では一度も負けたことがなくてな」
「エレインっ、彼は古くから続いている由緒正しき流派。かなり強いわよ」
セシルが後ろからそう話しかけてくる。由緒正しき流派であるのならこのような野蛮なことはしないと思うのだがな。まぁなんであれ彼を倒すのには変わりないか。
「ほっほっ、わしが最初で最後ということかの」
「そうならないだろうがな」
俺はナリアから棒を受け取ると軽く回して腕に馴染ませる。
自分にとっては少し短いかもしれないが、十分に戦える長さではある。
「お主、流派はないと聞くが?」
「無流派というわけではないのだがな。まぁ無名の流派といったところか」
「ふむ、わしじゃて無名に負けたとなれば顔が立たんからの」
彼も俺のような無名の人に負けるのはプライドが許さないようだ。無名とは言っても一応剣聖の称号を得ているのだがな。
まだその称号を証明するものは身に付けていないから仕方ないか。
「一つ聞くが、それは聖剣なのかの?」
「いや、ただの棒だ」
「ほっほっ、それで勝とうとでも?」
「十分だ」
「……その余裕な口振り、いつまで言えるのかのっ」
そう言って彼は無駄のないステップで一気に距離を詰めてくる。
かなり素早いのではあるが、セシルの剣撃よりかは少し遅い。しかし、明らかに技術のある技を連続で仕掛けてくる。当然ながら、俺は相手の攻撃を受け流すだけだ。ここで無理に反撃をすれば彼は聖剣の能力を使ってくる。間違いなくそうなれば、このただの棒は簡単に壊れてしまうはずだ。
「ほっ!」
しかし、俺の予想とは裏腹に彼は聖剣の能力を使ってきた。
技の手数がなくなる前に勝負を付けようとしているのだろう。
「ふっ」
俺は咄嗟にその攻撃を避けて距離を取る。それでも彼は棒を振り下ろした。
その瞬間、空気の流れが変わり俺へと何かが飛ばされる。
「っ!」
目に見えない斬撃、先ほどミーナの病室で放たれた攻撃と同じものだろうか。
避けるのは簡単だが、後ろにまで被害が出るとなれば危険だ。ここはなんとか防ぎ切る必要があるだろう。
ガジャン!
強烈な威力だったようで棒がしなる。かなりの力が加わったのだろう。しかし、俺の加減でうまく衝撃を逃したことで棒は折れずに済んだ。
「ほう、力を受け流したか」
「こういったことは得意でな」
「では、これはどうかのっ」
続いて彼は距離を取った状態で連続して斬撃を飛ばしてくる。棒術使いではあるのだが、斬撃とはなかなか面白い聖剣の能力だ。
ただ感心しているだけでは意味がない。そろそろこのお遊びも終わりにしたい。
「手も足も出ないのかの?」
「……聖剣に宿っている精霊に聞くが、なんのために聖剣になったんだ?」
「何を無駄なことをっ」
ベルゼはさらに勢いを増して攻撃を放ってくる。
「精霊族のためか? 人間のためか? それとも自分のためなのか?」
『……』
まぁ聖剣から誰かが出てくるということはない。精霊の掟があるのだからな。
「もし、この行いが間違っていると思うのなら自らの力を封じろ」
「この聖剣とは五〇年の付き合いだっ。その程度の言葉で……」
すると、圧縮された空気の刃が止まった。
「なっ」
「遊びは終わりだ」
俺は一歩前に大きく踏み出して彼に攻撃を仕掛ける。
「む、無名なんかにっ」
彼は俺の攻撃をうまく防ぐが、その判断は間違いだ。
俺は体を回転させながら、強烈な一撃を神速の速さで放った。
「グガッ!」
棒の先端が強烈にベルゼの頬へと食い込んだ。
その一撃は彼の脳を大きく揺らし、意識を刈り取った。
こんにちは、結坂有です。
エレイン、どれだけ強いのでしょうか。
剣だけでなく棒術もかなりの腕のようです。あのような技をナリアの前で見せてしまったのは果たして正解だったのでしょうか。いや、正解だったはずですね。
それでは次回もお楽しみに。
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