二つ目の事例
血塗れになった体を洗い流した私はユウナの魔剣を持ってすぐに医務室の方へと向かった。
彼女の魔剣を持ったときに違和感を覚えたのだが、私は気にせず走り続けた。
そこには必死に治療に当たってくれている医者の方と数人の看護師がユウナを取り囲むように集まっていた。
医務室に来るまでの間、大勢の女性がユウナの出血を抑えるために圧迫し続けてくれていたのだが、それでもおぞましいほどの量の血液が廊下から続いている。
ジュジュッ
肉が焦げるような音とともに酸味の混じった生臭い匂いが部屋に充満する。
「な、何をしているの?」
「……」
私の体を流してくれていた女性が私よりも前に出てどのような治療をしているのか確認しに行ってくれた。
「聖剣での治療ではないよねっ」
「せ、聖剣使いの医者ではないだ……」
医師の方もかなり焦っているようでかなり震えた声であった。
「ナリア、これだと完全に止血はできないわ」
「そうなの?」
「ええ、いつもなら治癒の能力を持った聖剣使いがいるのだけど……」
その女性の表情も次第に焦りに染まっていく。
「何が起きたんだ?」
すると、ブラドが部屋に入ってきた。
彼は聖騎士団団長だったのだが、色々とあってこの議会の特別諜報部隊に所属することになった。
「ブラドさん?」
「ナリアか。この血痕はどういうことだ」
「ユウナが何者かに攻撃を受けたわ」
最初は心の平静さを失っていた。しかし、今は落ち着きを取り戻すことに成功している。このような状況になるのはもう二度目だ。
「ユウナが?」
そう言ってブラドは医師の方へと向かって彼女の容態を確認しに行った。
「鋭利な刃物で胸部から丹田にかけて一直線に斬り裂かれているのか。幸いにも腹膜には到達していないみたいだな」
「は、はいっ」
ブラドの分析を看護師の人が受け答えする。
「聖剣使いの医師は?」
「今のところお呼びできない状況でして……」
「どういうことだ? 緊急事態ではないのか?」
「そ、それはそうなのですが……」
看護師の人もどう受け答えすればいいのかわからないと言った様子だ。これはもうここの医務室に頼るのは難しいのかもしれない。
「少なくともここでの治療は無理だ。できたとしても止血ぐらいだろうな」
「ブラドさん、どうすればいいの?」
「今はとにかくユウナを治療することに専念しなければいけない。担架を借りてもいいか?」
「た、担架ですか?」
「早くしろ」
ブラドの一言で手の空いている看護師の人が即席で作った担架よりもしっかりとしたものを用意してくれた。
すると、彼は剣の柄に手を添えると黒い影のようなものが数体出現してその担架を持ち上げた。
「ある程度止血できたか?」
「ああ、これ以上は無理だ」
「わかった」
それからブラドはユウナを抱き上げるとそのまま担架に乗せた。
「ここの医務室では難しいだろうな。議会軍が使っていた医療施設に運ばせる」
「かなりの出血量だ。それだと時間がかかりすぎるのでは?」
「ならお前が治療できるんだな」
「……」
無言になった医師をブラドは確認すると、すぐに分身を移動させた。
その分身は人が走るよりも速いペースで全速力で駆け抜けていく。
「ナリア、お前もその施設に向かうといい。アレイシアには俺が伝えておく」
「わかったわ」
それからブラドに言われたように私はその分身の後を追った。もう一人の女性はまだ任務中ということで付いてくることはなかったが、しっかりとした場所で治療すればきっと大丈夫なはずだ。
私はそのまま分身を追いかけるように走り出した。
◆◆◆
俺、エレインは昼食を食べ終え、とある場所へと向かっていた。
その場所とはミーナのいる場所だ。
まだ彼女と会うには早いとの判断だったのだが、まぁ早めに会っても問題はないということで向かうことにした。
とりあえず、彼女の剣術に関することでなければ別に会っても問題はないだろう。ただ、俺と会ったところで何か変化があるとは思えないがな。
「議会軍の使っていた医療施設か?」
「ええ、本当は解体される予定だったのだけど解体する前に魔族が攻め込んできたからね。今は魔族関連で怪我をした人を全般的に治療している施設になったわ」
その辺りのことはセシルが一番詳しいようで説明してくれた。
確かに議会軍の存在がなくなったことで一度は解体される予定だったのだろうな。その名残りなのかは知らないが、表札にはまだしっかりと”議会軍管轄”と書かれている。
「エレイン様、何か慌ただしくはありませんか?」
施設内に入ると一部の看護師たちや医師たちが慌ただしく移動していた。理由はわからないが、救急で誰かが来たのだろうか。
「何があったのかは知らないが、専門家に任せるほうがいいだろう」
医者としてカインも同行しているのだ。もし何かあった時は彼女が一役買ってくれることだろう。
そのまま俺たちはミーナの病室へと向かうことにした。
この施設は一般的な病院とは全く違う構造となっており、非常に広大な敷地を有している。
患者一人一人に個室が割り振られているのだ。そういった部分だけを見るとホテルのように作られているからだ。
死地で命を削って戦った兵士を治療するのだ。心身ともに療養するにはこうした落ち着いた場所が必要なのだろう。
そしてミーナの病室へセシルだけが先に入った。
「ミーナ、起きてる?」
セシルが優しい声で呼びかけるとすぐに彼女は起き上がった。
「え? セシル?」
急な呼びかけに彼女は驚いた。
「元気そうね。エレインも連れてきたのだけど、色々あって大きくなったの。それでもいい?」
「どういうことかはわからないけど、大丈夫よ」
「よかった。エレイン、来て」
そう言ってセシルが俺たちを呼んで中に招き入れる。
「エレイン……なのよね?」
「ああ、体が大きくなったかもしれないがな」
「……未来から来たみたい」
「やはりそんなに変わってしまったものなのだな」
「別に詳しくは聞かないけれど、まぁいいわ」
そう言って目を丸くしていたミーナであったがすぐにいつも通りの表情に戻る。
聖剣で体格が変わるということはどうやら不思議なことではないようだ。実際にレイも体格が徐々に変わってきているからな。彼の魔剣が持つ”超過”という能力で日々鍛え抜かれているらしい。そういうことで同じく聖剣使いである彼女も素直に受け入れてくれた。
「それで、リハビリがうまく続かないみたいだね?」
すると、後ろからカインが彼女のすぐ横に座って話しかけてきた。
「カインも来ていたのね……。フィンから聞いたの?」
「えっと、セシルから聞いたわよ」
「多分、筋力的には問題ないと思うの。でも感覚がまだ掴めていないみたいでね」
その点はセシルからも聞いた通りだった。
腕などの露出している部分を見ても特に変わっている様子はない。やはり俺が思ったように感覚がまだ取り戻せていないといった状況だろう。
「動きはしっかりと覚えているのか?」
「ええ、何年も自分で訓練してきたから覚えているわ」
反復練習でなんとか感覚を取り戻すということもできるのだが、間違っている場合を考えると妙な癖が付くことだって考えられる。
正直言うと彼女には師匠と呼べる存在が今はいない。覚えたと言っているグレイス流剣術も基本的なことだけを教わっただけのようだ。全てを受け継がれているわけではない。
「ねぇ、エレインはどうしたら感覚は戻るかしら」
しばらく無言でいると彼女はそう質問してきた。
実際に彼女と会って話してみると本当に悩んでいるのは明白だ。しばらく様子を見ようと思っていたのだが、別に話しても大丈夫だろう。
「正直なところ、今の状態で以前の自分と同じ実力を手にいえるのは難しいだろうな」
「……どうして?」
「グレイス流剣術を受け継いでいるのはミーナだけだ。もし間違った訓練法などで妙な癖などが付いてしまった場合は実力が劣るのは目に見えている」
俺がそう言うと彼女は黙り込んでしまった。
どうやら彼女も俺が指摘したことを直感的に理解していたのだろう。それでどうするべきかずっと悩んでいると言った状況だ。
「一つ手があるとすれば、グレイス流剣術を一度捨てることだな」
「え?」
「父の意志を継ぎたいというのは理解できるが、強くなることを目的とするのならあらゆる技を身につけて常に進化する方が強くなれる」
一度は反抗的な目を俺に向けたが、すぐにその目も下を向いた。
彼女自身もこれ以上は強くなれないと理解しているのだから当然だろう。それでもグレイス流で貫きたいと思うのならまた別の手段で考えるのだが……彼女の場合は問題ないか。
「確かにその方がいいというのは理解できるわ。実際にセシルだってそうでしょ?」
「ええ、父の剣術を元に我流を作ったわけだから」
「それでも私はグレイス流剣術を捨てることはしないわ。あの聖剣はまだ私のことを認めてくれている。私は与えられた技を誇りに思っているの」
子供の頃だけとはいえ、しっかりとした技を習得しているのは確かだ。
戦場で手数の少なさは欠点だと言われることもあるが、俺はそうとは思わない。一撃必殺の技が一つあるだけでも勝つことはできる。
例えを挙げるとすればレイがそうだ。彼は俺やアレクのような流線的で技術の高い技を持っているわけではないのだが、その剛腕と必中の一撃は明らかに強力だ。
何も欠点ばかりというわけではないのだ。
「そうか。まぁそれも一つの考えだ。強い信念があればいずれ悩みも晴れるはずだ」
「……信念、だけでどうにかなるのかしら?」
「技は心を生かし、心は技に宿る。迷いのない剣技がグレイス流の特徴なのだろう」
その言葉はグレイス流剣術について調べた時に知った言葉だ。
どうやら彼女の父が開いていた道場に掲げられていた文言だったそうだ。
「そうね。迷いがあるから訓練に身が入らないということなのね」
「まぁそれでも足りないと感じた時は……」
俺は嫌な予感に駆られた。
何かが俺たちを覗いているような感覚だ。殺意のようなものは感じられない。しかし、強烈な悪意のようなものが蠢いている。
正体はわからないが、何が目的なのだろうか。
「エレイン?」
ミーナがそう聞き返してきた瞬間、空気の流れが変わった。
「っ!」
俺は咄嗟にリーリアとセシルの頭を両腕で下げさせ攻撃を躱す。
バシュン!
強烈な剣閃が走り、ベッドを囲んでいたカーテンが首の高さで斬り裂かれていた。
「な、なに?」
「わからないが、明らかに殺しに来ているな」
明らかに誰かを狙って攻撃してきたのは確かだ。カインはミーナのそばで座っていたために無傷。リーリアもセシルも問題はない。
「……エレイン様、今のは一体なんですか?」
「人の気配はなかったからな。距離の離れた場所から攻撃してきたのかもしれない」
「でもこんな強力なのは見たことないわ」
「俺たちが知らないだけかもな」
周囲を確認してみるも何も反応はない。医療施設という場所でもお構いなく攻撃してくるぐらいだ。どこにいても安全とは言えないな。
「エレイン、どうするの?」
「相手の標的はどうやら俺のようだからな」
剣閃の走った場所を考えれば俺の首を狙ったものなのかもしれない。
それにしても殺意を隠して攻撃を仕掛けてきたところを見ると暗殺を専門としている人なのだろうか。まぁ俺たちの敵であることには変わりないのだがな。
「少なくとも、俺を殺しに来たというのは事実だ」
「私はお供します」
「私も行くわ」
そう言ってリーリアとセシルは俺の目を見ながらそう言った。
「……わかった。カインはミーナを頼む」
「え? どういうこと?」
詳細を話さなくても彼女なら理解してくれるだろうと俺は走り出した。
理由はどうであれ、人を殺そうとしたのだ。俺としてもそれ相応の対応をしなければいけないだろう。
それに、先程の医師や看護師たちが慌ただしく動いていたのもおそらく関係のあることなのかもしれない。
俺は廊下に出て、すぐに聖剣を引き抜いた。
こんにちは、結坂有です。
今回は長くなってしまいましたが、いかがだったでしょうか。
次回も少し長めにはなりそうです…
エレインを攻撃してきた人はおそらくユウナを攻撃した人と一緒のようですね。
強烈な一撃で暗殺するならず者は誰なのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに。
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