進化の訪れ
暗く真っ暗な中、俺は目を覚ました。
魔剣を腹部に深く突き刺し、引き抜いた。普通であればかなりの出血量ですぐに治療しなければ死に直結するような大怪我だ。
だが、それを俺はアンドレイアの能力である”加速”で治癒力を加速させている。失ってしまった血液はどうすることもできないとはいえ、傷が塞がらないよりかはいいだろう。
「エレイン様、ご無事ですか?」
この声はイレイラの声だ。
ここが夢の中だということは言うまでもないだろう。俺が先ほどまでいた場所は禍々しい光に包まれた山頂だったはずだ。
こんな場所で倒れていたわけではない。
「イレイラか。俺はまだ眠っているのだな」
「そのようなのですが……」
彼女はそこで言葉を止めた。
何か問題でもあったのだろうか。
「どうかしたのか?」
「あの、アンドレイアさんの力で傷や致命傷などは回復したのですが、他の部分も加速してしまい、歳を取ってしまったのです」
なるほど、その件についてはある程度覚悟していたことだ。
「一〇年か? それとも二〇年か?」
「いえ、五年です」
「五年程度であれば何も問題はないだろ」
俺がそう言ってみるが、どうやらそうではないようだ。
「年齢的には二〇歳と普通なのかもしれませんが、エレイン様は十五歳と成長期でした。その状態で成熟した体に急になってしまうと大変なのではないかと思いまして……」
「まぁ色々と問題はあるかもしれないが、自分の問題はゆっくりと慣れてくるものだろう」
「そう、なのでしょうか」
イレイラは複雑そうな表情で考え込んだ。
そして、次第に彼女の頬が赤く染まっていく。
「一体何を考えているんだ?」
「あ……その、なんでもありません」
「まぁ考えていることはよくわからないが、気にする事でもないだろ」
具体的にどう変化しているのかは経験したことがないからわからない。とは言っても体の成長については少しは学習している。
ある程度のことなら想像できる。
「……もし、エレイン様が成長しても同じように私たちを想ってくれるのであれば、私はいつまでも付いていきます」
「仮に俺が悪意に染まったとしてもか?」
「それでも私は最後まで付き合います。それはアンドレイアさんもクロノスさんも同じだと思いますよ」
確かにあの二人なら俺がどうなってもついてくるだろうな。
だが、イレイラとはよく話していないからな。どう考えているのかはわからない。
「それはそうかもしれないが、それでもいいのか?」
「どういう意味ですか?」
「俺はイレイラを無理やりに引き抜いて手に入れたんだ。試練も何も受けていない」
「……関係ありません。私はエレイン様の決意、信念に惹かれたのですから」
精霊は人の心を感じ取ることができると言われている。
要するに彼女は俺自身の心に惹かれて身を委ねたということのようだ。確かに魔族が帝国に侵攻してきた時は心意に狂いはなかったかもしれない。
だが今は違う。今はほとんど自由な身だ。もちろんこの力を善にも悪にも変えることができる。事実、一度は議会を滅ぼそうと考えたことがあるぐらいだ。
一部の人間には善行かもしれないが、大多数の住民にとってはそれが悪行であることは間違いない。
「まぁそれならいいのだがな」
「エレイン様は悪いことをする人間なのですか?」
「善と悪は表裏一体だ。どれが正しいかなんてわからない」
「そうですね。ですが、エレイン様はならきっと正しいことをすると思います」
俺がそう言うとイレイラは真っ直ぐな目で俺を見つめてきた。
俺のことを信頼しているということなのだろうか。彼女の期待を裏切らないためにも俺は最善を尽くすことを考えることにしよう。
今回もリーリアの命を救う代わりに自分が大怪我を負った。天界で自然治癒の加速は確かに危険なことなのかもしれないが、実際にリーリアの命は失われずに済んだ。
「……エレイン様、そろそろ目が覚める時間です」
「そうなのか?」
「はい。最後に一ついいですか?」
「なんだ?」
すると、彼女はゆっくりと近づいてきて静かに俺を抱きしめた。
「……これが安心する、ということなのですね」
「体温の共有は心を安らげると聞くからな」
「エレイン様、全ては理屈ではございませんよ」
よくわからないが、彼女は理屈を超えたことを今感じているのだろうか。
若干の温もりを感じながら俺は再び目を閉じた。
◆◆◆
そして、目が覚めるとそこは真っ白な部屋だった。
どうやら城の方へと運んでくれたようだ。おそらくは剣神が運んだのだろう。
視線を横に向けるとリーリアが近くの椅子に座っており俺の手を握りながら眠っていた。
「んっ……。エレイン様?」
「すまない。起こしてしまったか?」
「いえ、大丈夫です。痛みはございませんか」
突き刺した部分のことを言っているのだろう。だが、傷は完治しているようで手で触ってみても傷跡はなく、痛みもない。
「ああ、完全に治っているようだ」
「それはよかったです」
ゆっくりと体を起こすとベッドに座っているにもかかわらず軽く目眩がした。
かなり失血してしまったようで貧血気味になっているのかもしれないな。
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ、これぐらい問題はない」
だるさは残ったままではあるが、全く体が動かないというわけではない。すぐにでも戦うことはできる。
ベッドの横には魔剣と聖剣が立てかけられており、しっかりと鞘に戻されている。
飛び散った血などもしっかりと拭き取られているようで誰かがきれいにしてくれたのだろう。
「エレイン様、服をお持ちします」
「ん? ああ、わかった」
全ての服を脱がして体も洗ってくれていたようだ。
俺が目を覚ますまでの間に色々としてくれたようで本当に助かる。
「……本当に成長しましたね」
「そうなのか?」
「ええ、もう大人の体になられたのですから」
少し顔を赤くしながら彼女はそういった。
まだ変化した体を見ていないためによくわからない。体感的には特に変わりはないように思えるが、それは鏡を見てからのお楽しみということだ。
「では、着替えをお持ちしますので少々お待ちください」
そう言ってリーリアは部屋を後にした。
その間に俺は掛け布団から出て鏡の前に立ってみる。
下着姿の自分が鏡の前に映る。
身長が伸び、筋肉もかなり発達している。流石にレイほど強靭で凶悪な体はしていないが剣技だけで言えば十分だろう。
当然ながら髪は伸びていたみたいだが、綺麗に切って整えられている。
そして、体を軽く動かしてみると一五歳の自分とは全く違う感覚がした。具体的には体の大きさのわりに軽く感じた。
普通は筋肉が発達すれば自然と体重が増える。しかし、それは数字上だけのようで感覚的には軽いのだろう。
「……確かに理屈だけではないな」
俺はイレイラの言っていた言葉を思い出した。
こんにちは、結坂有です。
体が急激に成長し、二十歳となったエレインですがこのまま下界に戻ったらみんなはどう反応するのでしょうか。気になりますね。
これからも面白い展開が続きますので、お楽しみに。
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