これから始まる未来
邪神ヒューハデリックは封印できた。
完全に殺したかどうかはもはや判断できない。しかし、負の力を放っていると言われている結晶は砕け散り、その内に眠っていた神自身にも攻撃を与えることができたのは明らからだ。
とは言っても神がどういった形で死ぬのかは全くわからない。
「エレイン様、これで終わったのですね」
「とりあえず天界は平和になることだろうな」
正直なところ、一番の難所は天界ではない。俺たち人間の住む下界の方が難解なのだろうと思う。
邪神ヒューハデリックの言うことを信じるのであれば、神を喰らい能力を手に入れた一部の魔族が下界に何体もいるとのことらしい。
その言葉通りなのだとしたらこれから神に匹敵するほどの能力を持った魔族と戦うことになるのは確実だろう。
俺が望む魔族の全滅は程遠い目標となりそうだ。
「下界の解決には至らないということですね……」
俺はリーリアの言葉に違和感を感じた。
「疲れたのか?」
「……いえ、大丈夫です」
言葉の詰まり、イントネーションの微妙な変化を俺は見逃さない。
明らかにリーリアは弱っている。
「とても大丈夫そうには見えない」
演技をして普通を装っているのはすぐにわかる。
俺がそう聞くと彼女は膝を突いて息を荒げた。
「はぁ……。エレイン様、申し訳ございません」
「何があった」
彼女に近づき体の様子を観察する。
一見すると外傷らしきものはない。しかし、打撲や骨折は目で見てもわからない場合が多いからな。俺の気付かないところで魔族の攻撃を受けてしまったのだろうか。
「わかりません。攻撃といったものを受けたわけではないのですが……」
『もしかすると邪神の負の力が影響しているのかもしれません』
クロノスは剣の中からそう言った。確かに邪神の力が何も影響を与えないというわけはないだろう。
それにリーリアは邪神が攻撃してきた時に一番近くにいたからな。
俺は彼女をを近くの台座へと寝かせて様子を見ることにしてまずは周囲を警戒した。
ところが、この空間に入れる扉は一つしかない。俺はその扉が開かないように近くの柱を斬り倒して塞いだ。
外から相当な力が加わらない限りは突破されることもないだろう。
「リーリア、ゆっくりでいいからどういった状況なのか話せるか?」
「……はい。全身の力が失われていくようなそんな感覚です」
彼女は息を整えながらそう俺に伝える。
すると、魔剣からクロノスが飛び出してきた。
「かなり危険な状態です。ご主人様」
「それは見ればわかる。どうしたらいいかわかるか?」
「私の力ではどうにも……。助ける目的であればイレイラさんの力を使って負の力を解放することはできます」
リーリアの体内に宿っている負の力をイレイラの”追加”という能力で増幅させて解放するということだろうか。
「解放したら問題はないのか?」
「リーリアさんは助かりますが、ご主人様にその力が宿ると思われます」
クロノスは可能性を包み隠さずに俺に伝えた。
「あの、言いにくいことですが、あまりお勧めできません。ご主人様の負担が大き過ぎますので」
「エレイン様、私のことは構わないでください……。この命、少しでもエレイン様の役に立てたのであれば悔いもありません」
「リーリアが死ぬことは決して許さない。クロノス、どうすれば負の力を俺に移すことができるんだ?」
「……」
「それはいけません。エレイン様、これは私が受けたものでっ」
俺はリーリアの額へと手を置いて起きあがろうとするのを阻止する。
「教えてくれ。もう時間がない」
「……わかりました。イレイラさんの聖剣を使ってリーリアさんの体の一部を斬ってください。そうすれば精霊の掟を破らずに済むでしょう」
そうクロノスが言った。
肌に傷をつけるわけにはいかないので、リーリアの髪を斬ることにした。
さらりと伸びた髪は最初に出会った頃よりも伸びているからな。俺のメイドということでまともに理容院にも行く時間がないのだろう。
俺はイレイラを引き抜き、リーリアの髪へを斬り裂いた。
そして次の瞬間、信じられないほどの力が俺の体内へと侵入してくるのがわかった。
負の力というとんでもなく強力な力が今、リーリアの体内から俺の体内へと流れ込んできているのだろう。
「くっ……」
「エレイン様っ」
「気にするな。耐えられないほどのものではない」
とは言ってみせるが、正直に言うとこの力は耐えられるものではない。人間の限界を遥かに超えたこの力を俺は制御できるわけがない。
「信じられませんが、ご主人様の魔族化が始まっているようですっ」
「魔族化? 一体どういうことですかっ」
その言葉は初めて聞いた。
確かに人間が魔族に変化するということはブラドから聞いているが、クロノスやアンドレイは知らないと聞いていた。
「……知らないのではなかったのか?」
「いいえ、正確には知っています。しかし、それは堕精霊や神に関わる話のことです。人間がこうして魔族化するなどは聞いたことがありませんから」
つまりは人間が魔族に変貌するということは知らなかったということのようだ。
「魔族化したらどうなるんだ」
「私の知っている限りでは理性が失われ、本能に従うと聞いています。ですが、それはあくまで推測です」
「エレイン様を戻すことはできないのですか?」
「元通りに戻す方法は神の力で邪悪なる力を取り除くことができれば大丈夫だと思います。しかし、ほとんどの場合は邪悪なる力に全ての力を奪われてしまいます」
つまりは元々の力が全てなくなる前にその邪悪なる力を除去することができれば問題ないということだ。
いわゆる魔族と言われるものはこうして邪神の負の力から生まれるものも多いだろうが、堕精霊などが魔族化するということもあるようだ。
まぁ色々と気になる点はあるが、それは後でも聞ける話だ。今は俺の内部に侵入してきた大量の負の力を除去することが先決だ。
「なら話は早い。こうすればいいだけだっ」
俺は魔剣を振り上げ、自分の腹部へと神速の速さで突き刺した。
理由はリーリアに止められないようにすることだ。
「っ! エレイン様っ!」
「……大丈夫だ。これぐらいなら耐えられる」
大量の鮮血が白い床を赤く染めていく。
「クロノスさんっ、一体どうしたら……」
「私の力で痛みを抑えていますが、傷口は塞がらないです」
「では私が手で押さえておきます」
クロノスの”減速”という能力で痛みによるショックは抑えられており、失血の量もリーリアが傷口を圧迫しているために抑えられている。
とは言ってもこのまま傷口が治らなければいずれは失血で死んでしまうことだろう。
「アンドレイア。聞こえているのなら今すぐ傷口を塞いでくれ」
『……』
それでも彼女は姿を出そうとはしない。
理由はわかっている。今の状況で彼女の”加速”を使えば予期しない事態に陥ることがあるようだからな。
「覚悟はできている。今すぐ治療を始めろ」
『本当に身勝手な男じゃの。まぁ老人になったとてワシの愛は変わらんからな』
アンドレイアがそう言いうと魔剣の歯車が勢いよく回転し始める。
彼女が能力を使った証拠だろう。
「ご主人様、私がなんとかフォロー致します。安心してお眠りくださいっ」
クロノスは祈るように手を合わせる。
リーリアもそれに倣って祈り始める。この天界において精霊の力が不安定になるのは目に見えていた。
イレイラの”追加”はそこまで複雑ではない。それにクロノスの”減速”は確かに複雑ではあるものの、暴走することはほとんどないからな。
しかし、アンドレイアの”加速”に関しては複雑な力な上に暴走してしまっては取り返しのつかないことになってしまう。
ここは俺も祈るしかない。なるべく老人にはなりたくはないからな。
こんにちは、結坂有です。
新章始まりました。
章のタイトルでわかると思いますが、作品名にもなっている剣聖の誕生が主体となって物語が進んでいきます。
これからもたくさんの戦闘があります。主に対人戦が多い予定ですので楽しみにしていただけると幸いです。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
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