下界での全面衝突
私、ルカは防壁の上でティリアと一緒に座っていた。
もう私たちができることは尽くした。これ以上は自分の身が持たないからだ。
「……あなた、もう動けないの?」
「はぁ……お互い様だろ」
「ほんと、あなたって役に立たないわね」
「ああ、私もちょうどそう思っていたところだ」
炎の門を開き、聖剣を納めると私の内に溜まっていた熱が消えていった。
私は動くことができない。ティリアも、マフィも同じく動けないことだろう。マフィは私とティリアよりも先に防壁の内側へと避難してくれたようだ。
だが、そうとは言っても一日以上は体を休ませないと力は戻らない。
「そろそろね。門が開くのが」
「ふむ、時間通りだな」
予定していた時間になり、防壁の門が開く。
これからの予定は私たちが魔族をある程度狩り尽くしたあと、残党を内側で待機している兵士たちで一掃する。第一陣、第二陣と構えられた防衛のための波状攻撃は魔族の足止めには十分だ。
まぁ私たちは予定していた時間、予定していた量を倒すことはできなかったのだがな。
マフィは予定の一〇分前に離脱、ティリアは八分前に限界となり、私は二分前に力を使い果たした。
そして魔族の半数を倒すという作戦はなぜか達成できているようには感じない。
大騎士三人の力を合わせても前線に攻撃してくる魔族の数は減っていないのだから。
この戦い、もしかすると大失敗なのかもしれない。
前回以上の被害を私たちはこれから被ることになる。
「開くわ」
ガシャンっと重たい金属の音が響くと門の内側からむさ苦しい兵士どもの雄叫びが聞こえてきた。
「これが最後になるのかどうか。見届ける必要があるな」
「そうね。私たちの失態をどう終わらせてくれるのかしら……」
ティリアは先ほどから余裕そうに呟いているが、表情は全く余裕そうではない。
「ふっ、。兵士どもの勇姿を見るのだ。そんな辛気臭い顔をするな」
「……負けたら国の滅亡よ? 正直、これほどの数は歴史上類を見ないかもしれないけれどっ」
「何、私たちの死は確定していたはずだろ。私の場合、ほんの数年早まった程度だからな。気に病むことは何ひとつない」
「……怖くはないの?」
私の発言にティリアは質問してきた。
今まで私は寿命と引き換えに力を増強してきた。自らを強くするにはそうするしかなかった。
結果的に他の大騎士よりも強く、そして長く力を振るうことができた。
私の命は長くてもあと四年ほどだろう。
「怖い? どうだろうな。考えたことすらなかったな」
「そう、炎の騎士がもういなくなるなんて寂しいわね」
「この私のことが嫌いで嫌いで仕方なかったのにか?」
「う、うるさいわね……」
そう言ってティリアはそっぽを向いた。
いつになっても彼女の心象はよくわからないな。
そんなことを考えていると魔族と兵士たちが衝突した。
重く響き渡る金属音は兵士たちの剣や甲冑の音だろう。私たちは座り込んでいるためにどう戦っているのかはわからないが、音だけでもわかる。
私たちが劣勢なのはどうやら変わらないようだ。
「ルカ先生……」
すると一人の女性が私へと話しかけてきた。
この声はセシルの声だ。どうして私の教え子がここにいるのだろう。
「ん? セシル、どうしてここにいる?」
「議会は学院生に有志を募ったの。それで私はここにいるのよ」
「ほう、一応そう受け取っておくとするか」
おそらくはセシルか誰かが議会に申し出たのだろう。いや、誰がとはもう関係ないか。
「もう力はないのね」
「ご覧の通りだな。私たちの全力でも奴らには歯が立たなかった」
私がそう言うとセシルは防壁から戦場を見下ろした。
「私たち有志の学生は第二陣へと組み込まれたわ。時間までまだあるわ」
防壁の垣に手を置いた彼女は強く握り込んだ。
それはこれから死をかけて戦うと決意したのだろうか。まぁ今はどうでもいいか。
「ふっ、この私の教え子なのだ。この現状を打破してくれるのかもしれないな」
「それはわからないわ。でも、私がここで散ったとしても決して無駄ではない。時間を稼ぐことは絶対に必要なのよ」
「一般的にはそうだな」
籠城戦では時間が稼ぎをどうするかが要だ。
とは言ってもそれは相手が同じ人間だった場合だ。魔族の体力は無尽蔵、いくら時間をかけたとて、私たちが全滅するまで攻撃を続けることだろう。
「そうかもしれない。それでも私は私にできることをする。ここで戦い死ぬことになってもそれが間違いだとは思わないわ」
「覚悟はできた、そういった目をしているな」
「もちろんよ。エレインのためにもね」
「……」
エレイン、彼の名前が聞こえた瞬間、私の口は固まってしまった。
とっくの昔に死を覚悟していた。そのはずなのに何故か気持ちが揺らいでしまっている。
どうしてだろうか。もう死ぬことに、果てるまで力を出し尽くすことに恐怖など感じないはずなのに。
あの時もそうだ。
一万の魔族をあの一撃で倒すつもりだった。しかし、彼の前では力の半分も出し切っていない。
だから、あの後も少しは動くことができた。
「もう行くわね。戦場の動きは掴めたから」
そう言って彼女はゆっくりと私の横を通り過ぎて下の階へと降りて行った。
第二陣の時間がそろそろなのだろう。
「ふっ、なぜだろうな」
「ん?」
「ティリア。好きな人はいるか?」
「……え? なによ今更。急に怖いわよ」
ティリアのその反応から察するにおそらくいるのだろう。流石に大聖剣の継承者を選ぶために誰かを好きにならなければいけない時期だからな。当然と言ったところか。
「少し聞いてみただけだ。お前なら好きな人のために全力は尽くせるのか?」
「変な質問ね。まぁできるんじゃないかしら」
「見栄っ張りなお前ならできるのかもな」
私はそう言って鼻で笑った。
ティリアは私の方を向いて「なによっ」と口を尖らせて言った。
死を覚悟するということ、できていたように見えて実はできていなかったというわけか。
この私もまだまだなようだな。
それから第二陣が出撃する笛が鳴る。
門もそれに合わせて開いた。
生徒たちの戦いがどうなるのかはわからない。それでも私は見届ける必要があるだろう。
私の教え子なのだ。教師である私が見届けないでどうする。
「ルカ?」
私は力を振り絞って立ち上がった。
「……生徒たちが死力を尽くして戦うんだ。見届けないというわけにはいかない」
ほとんどの力を先程の攻撃に使ってしまった。
震える足を私は叩きながら防壁の垣まで歩いて戦場を見下ろす。
「全力で前方に攻撃を仕掛けろっ!」
学院評価二位だったフィンが真っ先に門から走り出した。続いて複数人の生徒も彼に続く。
前方なら闇雲に剣を振ったとしても魔族には攻撃が入るだろう。
だが、それだけではダメだ。
彼らよりも先に出陣した第一陣は戦闘慣れした魔族にまんまと狩られている。技術なしで魔族と戦ったとて意味はない。
「くっ、狩られるのも時間の問題か」
セシルの言葉は生徒を代表していたようにも聞こえた。
ここに来ている生徒たちは強い意志で剣を握っている。それが彼女の言葉からも伝わった。
その意思が無駄になるのかもしれない。そう思うだけで怒りが沸き立ってくる。
だが、その怒りは何かに昇華することはない。ハーエルのような能力は私にはないのだから。
「私はそうは思わないわっ」
先ほどまで気配がなかった背後から声が聞こえた。
「っ!」
「驚かせて悪かったわね」
私の背後に立っていたのはセシルでもティリアでもなく、小さき盾たちであった。
小さき盾がどうしてここにいるのだろうか。
彼女たちは第二防壁で最終防衛を担当するはずだった。
「ミリシア、どうして?」
「小さき盾として第二防壁を守る、でももう一つ仕事があるのよ」
「もう一つの仕事?」
「僕たちが生徒を教えているってことだよ」
アレクが彼女に続いてそういった。
「へっ、生徒に危機が迫っているのなら教師である俺らが守るのは当然だろうが」
なるほど、議会の命令が二重になっていることを逆手に取ったということか。
彼ら小さき盾は許可のない行動は固く禁じられている。しかし、許可のあること、命令のあることであれば自由を認められている。
「ってことでこれからは私たちが頑張る番ね。レイ、あの魔族の壁を壊してきて」
「おうよっ」
そう言って大男のレイが防壁から飛び出した。
「なっ。無茶だわっ」
呆気に取られていたティリアがレイの行動を見てそう言った。
彼らは小さき盾。少人数のため守れる範囲は小さいが、とても強力に作用する最強の盾だ。
そんな彼ら小さき盾に不可能などあるわけがない。
ドゥガァン!
強烈な破裂音とともに魔族の血が混ざった砂塵が私たちのいる防壁まで舞い上がる。
振り返り、下を見るとゴーレム型の魔族で作られた壁が一瞬にして砕け散っていた。さらにレイはそのまま魔族を破竹の勢いで斬り込んでいく。
「アレク、私たちも行くわよ」
「ああ、背後は任せてくれっ」
そう言ってミリシアとアレクも防壁から飛び降りて前線へと加勢に向かった。
何がどうなっているのかはわからない。
だが、あのゴーレム型の壁が崩れた瞬間に魔族の勢力が弱まったのは感じた。
火柱や風刃でも突破ができなかったあの壁を彼らは簡単に突破した。
「……大騎士失格だな。私たちは」
「認めたくはないけどね」
私の言葉にティリアはそう同意した。
「不思議だな。同情できるのが二つもあるとはな」
「こんな時に何を言っているのかしら」
砂塵と血飛沫が巻き上がる戦場を見ながら、私とティリアはなぜか笑ってしまった。
こんにちは、結坂有です。
まず、更新が大変遅くなってしまい申し訳ございません。
無事に小さき盾の参戦が決まりましたね。
ミリシアの策が通用したようで良かったです。あの理由ではアレイシアや他の議員も納得することでしょう!
戦況が一気に好転するといいですね。
それでは次回もお楽しみに。
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