業火に包まれた前線
私、セシルは暗闇の中走り続けた。
そして走り続けて十数分、息を切らしながらも辿り着いた第一防壁は炎に包まれていた。
「どうなってるの?」
「わからない……。でも、この炎は誰かが意図的に作り上げたもののようね」
「意図的に? じゃあ、魔族かなにか?」
「違うと思うけれど」
この炎からは禍々しい力を感じられない。その上、熱すらもそこまで感じられない。強烈な火柱を上げているものの焚き火程度の熱さだ。
とりあえず、防壁を抜けて前線があると思われる場所へと向かうことにした。
門を潜って外に出てみると地面が凍り、風が吹き荒れ、雷光に空が染まっていた。そして火柱が魔族の群れへと突撃し、その業火に魔族が駆逐されていく。
「……じ、地獄みたいね」
「おい! お前たち、どうしてこんなところにっ!」
すると、兵士の一人が防壁から出てきて私たちのところへと走ってきた。
「増援として来たセシルよ」
「あの副団長の娘のかっ? それは嬉しいんだが、見ての通り俺たちができることは何一つないって感じだ」
「あれはどうなってるの?」
「四大騎士の本気ってところだ。あんなところに俺たちまで参戦して生きて帰れるわけがないだろ」
確かにあの中でまともに戦えるはずがない。急いでここまで来たわけだけど、緊急性はそこまでないのかもしれない。
あの様子だとしばらく魔族は防壁に近づけないはずだ。
「じゃ他に手伝えることは?」
「怪我人が何人かいてな。治療士の人たちが来るまでの間、手伝ってくれるか?」
魔族と戦うつもりで来たのだが、想定以上に順調なようで私たちが出る幕はないということらしい。
でも怪我人の手当も兵士としての務め、やらないという選択肢はない。
「わかったわ。アレイ、リンネ。いきましょう」
「ちょっと待て、アレイとリンネってフェレントバーン流の?」
「ええ、私たちがフェレントバーン流剣術の正当後継者姉妹よ」
「聖騎士団に匹敵するって噂だからな。大騎士とフェレントバーン剣術の使い手に副団長の娘がいれば俺たちば負けなしだなっ」
すると、兵士は喜んだ。
確かに地獄のような戦場だが、これは私たちが優位である証。士気が上げることは戦場にとっても重要だ。
私たちが来たことで数での増援の他にも意味があったということのようだ。
「ま、とりあえずは怪我人の手当が先だな。今は四大騎士のおかげで魔族の侵攻が収まっている内に俺たちの態勢を整えようと考えている」
「そうね。その方がいいわ」
「とりあえず、こっちに来てくれ」
そう言って兵士に案内されて医務室へと向かった。治療士の人がほとんどいない中で何人もの怪我人の相手をしている。
この状況で大侵攻が起きればすぐにでも全線が崩壊してしまいそうだ。
ここまで時間の猶予を作ってくれているのは大騎士の人たちだ。この時間を有効に使ってしっかりと魔族の攻撃に耐えれるような態勢を作り上げる必要があるだろう。
◆◆◆
私、ミリシアは第二防壁前で待機していた。
まだレイが戻ってくる気配はない。フィレスの容体から考えてかなりの重症だとわかる。とは言っても丁寧に治療を終えることができれば、後遺症の残るような怪我ではないだろう。
「遅いわね」
「そうだね。でもあの状況でよくここまで歩いて来れたものだよ」
「肋骨と肩甲骨が砕けていたからね。普通なら痛みで歩けないはずだけど」
普通であればだ。
しかし、彼女は聖剣使いだ。
何らかの聖剣の能力で痛みが緩和していた可能性もないわけではないが、それにしても一般レベルではないことは確かだ。
そんなことを考えていると門の方から何人かがこちらに向かってきた。レイが増援でも呼んできたのだろうか。
「先生っ!」
「え?」
門からやってきたのは私たちが学院で訓練指導をしていた生徒たちであった。そのほかにも寮生の生徒が何人かいる。
「こんなところで何をしているんですか?」
「それはこっちのセリフよ。生徒がこんなところで何をしているの?」
そういえば、先ほどセシルたちが来ていたことを考えると、この人たちも第一防壁の増援に向かう予定なのだろうか。
「第一防壁の方に行こうと思っているんです。こんな国難の時に剣術学院生が黙っていないですから」
「……先にセシルたちが向かっていったわ」
「へっ、じゃ俺たちもセシルの後を追うぞっ」
すると、一人の男がそう声を上げると生徒たちは意気込んで歩き始めた。
「先生たちは行かないのですか?」
「私たちは第二防壁で待機よ」
「……第一防壁では魔族が防げないというのですか?」
生徒の一人がそう鋭く質問してきた。
どれほどの魔族かはわからないが、一〇万もの魔族がきたと想定しても防げる確率は三割もない。それは私たちが加わったとしても大きな変化はないのだ。
「あまり言いたくはないわ」
「僕たちにはわからないですが、何か考えがあるのですね?」
「……」
「この国難、救うのは先生だと信じてますからっ」
そう言って生徒たちは第一防壁の方へと走って行った。
まだ淡くだが光っている第一防壁に今から死ぬ気で行くつもりなのだろう。
そんな生徒たちの後ろ姿を見て私は思った。
この作戦ではダメだ。もっと別の作戦を立てないといけない、と。
「ミリシア?」
「ごめん、わがまま言ってもいい?」
「わがまま?」
◆◆◆
第一防壁で煉獄の炎を使って魔族を蹴散らしてから何分経っただろうか。
普通であれば魔族が逃げるか、全滅するかぐらいの攻撃を続けているが、それでも魔族の数は衰えることを知らない。
「ティリア、まだ動けるか?」
「……これはもう地獄ね」
体力的にも情景的にも地獄の中で私たちは力を奮っている。
四大騎士の中でハーエル以外は既に体力的に限界が来ている、こんな状況では数分もこの前線を維持することができないかもしれない。
実際にマフィの風刃の力が弱まっているのを感じる。
「マフィ! 力を使い切る前に一旦引いた方がいい!」
私は火柱を操りながらそうマフィに伝える。
この状況下でこの私の声が聞こえているかはわからないが、伝えないよりはいいだろう。
「そう言っているルカはまだいけるのかしら?」
「ふふっ、各地に散らばった私のメイドが戻ってきたらな」
「……馬鹿なの?」
「これでも教師を務めている。ティリアよりかは賢いと自負しているが?」
すると、ティリアは呆れたように小さくため息をついた。
そして彼女は深く地面に剣を刺し込んでいく。
ティリアの大聖剣は地面に突き刺すことで真価を発揮する。だが、それは時間と共に剣が上がってくるのだ。
その上がってきた剣をまた地面に突き刺すことでまた力を開放する。
「権力を使ったくらいで賢くなったつもりなのかしら?」
「少なくとも私利私欲のために引きこもっているお前よりかは賢いとは思う」
「ほんと、気に入らないわね」
「ああ、そこだけは同情できる」
私はまた剣を大きく振って、強烈な火柱を数本巻き上げる。
これでもまだ魔族が全滅しないというのだからとんでもない数だ。血を大量に消費すれば壊滅するのかもしれないが、正確な数がわからない以上使うのはかなりのリスクがある。
こんな時に聖騎士団の奴らは一体何をしているのだろうな。
それから私は感情を無にして剣を振り続けた。
こんにちは、結坂有です。
熾烈な戦場と化してしまった第一防壁ですが、魔族の侵攻は果たして防げるのでしょうか。
まだまだ続くこの地獄のような戦場は一体どういった結末になるのか!
そして、ミリシアの”わがまま”も気になるところですねっ。
それでは次回もお楽しみに。
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