招集
模擬戦を終えた俺はリーリアと一緒に帰宅することにした。
セシルが接触してくるかと思ったが、教室でも放課後でも視線を向けてくるだけで何も話しかけてこなかった。
まだ警戒しているのだろうか。
「エレイン、どうしたの? そんな難しい顔して」
俺とアレイシア、リーリア、そしてユレイナとで夕食を食べていた。
少し考え事をしている俺に対してアレイシアがそのように聞いてきた。
「いや、セシルという女性が気になっていてな」
「え……女の子?」
「ああ」
すると、アレイシアはあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「ユレイナ、どうしよう。エレインが色恋沙汰に……」
「エレイン様も立派な男の子です。そしてかっこいいお方ですから、モテるのは当然でしょう」
「でもでも、私だって可愛いはずよ!」
アレイシアはそう反論すると、リーリアが悪戯顔で口を開いた。
「セシルはアレイシア様と同じように綺麗で美しい人でしたよ」
「え? 嘘、エレインはその子のことが好きになったの? どうなの?」
何に焦っているのかわからないが、俺に問い詰めてくる。
表情は美しいままではあるが、動揺しているのが声からしてよくわかった。
「好きになったわけではない。ただどう言った人なのか気になっただけだ」
「どういうこと?」
「以前、エレイン様が聖騎士団の応援に行くと連絡しましたよね」
彼女が質問してくると、リーリアが俺の代わりに説明しようとしてくれる。
「うんうん。それは聞いてるわ」
「セシルも一緒に参加することになっているようなのです。まぁ副団長の娘と言うことで当然といえば当然なのですけど」
「セシルって副団長さんの?」
「はい。知らなかったのですか」
すると、急にアレイシアは不機嫌になり腕を組む。
「あの子、強いのは強いのだけど。何て言うか私に対抗してくるのよね」
「そうですね。髪型も伸ばし始めているようですから」
どうやらセシルはアレイシアの知り合いのようだ。
予想はしていたのだが、思っていたよりも交流があるみたいだな。
「それで? エレインは何でそのこのこと気になってるの」
「敵対心を抱かれているようでな」
「……あの子が?」
「そうみたいだ」
教室などで向けてくる視線は好奇心からもあるのだが、大半を占めているのは警戒の方だ。
俺がどのような動きをしているのか、怪しい動きをしないかなど観察されているように思える。
「気が強い子だとは思っていたのだけど、私の義弟に敵意を向けるなんて良い度胸だわ」
アレイシアはふんっと顎を突き出してそう言った。
「まぁ明日の招集には友好的に接するようにするよ」
「まぁ一応リーリアも付いて行ってくれる?」
「いいのですか」
「私の権限で許可するわ」
どうやらアレイシアの権限で聖騎士団の応援にリーリアも参加するようだ。
まぁ戦力にはなるため、聖騎士団側も断る理由はないだろう。
「かしこまりました」
リーリアはそう言って椅子に座ったまま頭を下げる。
「それで、エレイン。一つ頼みがあるのだけど……」
「なんだ」
「セシルよりも私のことを見て欲しいなって」
何だ、そんなことか。
まぁ彼女にとって俺は大切な人だろう。
養子だから、家族だからとはまた違った別の感情を持っていることは知っているのだ。
「いつも見ている」
「……!」
俺がそう言うとアレイシアは頬を手で押さえて、身をくねらせる。
その様子を見たリーリアは少しムッとした表情で俺の方を見ていたのだが、別に気にすることはないだろう。
そんな夕食を過ごした俺は自室に戻った。
すると、アンドレイアが剣から飛び出して来た。
「何じゃ! あの小娘は!」
「そう騒ぐな」
「全く怪しからんぞ」
彼女は頬を大きく膨らませながら、俺のベッドへと座る。
「別に良いじゃないか」
「明らかにお主を寝取ろうと……わしが許さんぞ」
「許すも何も、俺に害がないのならいいだろ」
そうじゃないと言わんばかりに足をバタバタさせるアンドレイア。
しかし、こんな会話も今に始まった話ではない。
夕食を終えた後はいつも彼女のお怒りタイムが始まるのだ。
「害じゃと? 十分害ではないか。色情に毒されてしまう」
「色情は悪いことなのか」
「悪い! いや、悪くない……じゃが悪いのじゃあ」
矛盾したことを言っているが、どうやら俺がアレイシアと親しくすることに嫉妬しているのだろうな。
まぁそう言ったところは正直で可愛らしいものなのだがな。
「とりあえず、そこをどいてくれないか」
「なんじゃ、もう寝るのかの」
アンドレイアはそう言っているが、ベッドから離れるつもりはないらしい。
「どうし……わぁ!」
俺はアンドレイアを押し倒してベッドに入ることにした。
「が、我慢できなくなったのかの?」
「ああ、明日のためにも今日は寝る」
「寝るじゃと。今日は寝かさないぞ」
そう言ってアンドレイアは俺の上に覆いかぶさるように寝転がる。
「重い……」
「レディに向かって重いとは何じゃ!」
そんなことを言いながら彼女は俺の上で暴れる。
すると、カランッと近くに立てかけておいたイレイラが倒れる。
「ふん? お前も出てくればいいじゃろ」
アンドレイアが剣の状態のままのイレイラにそう声をかける。
「どうやら掟を破る勇気はないようじゃの? 掟を破ればこんなことも、できるのじゃがな」
そう言って彼女は俺の脇に腕を通して抱きつく。
まるでイレイラに見せつけるように。
「そこまでにしておけ、イレイラが怒っても知らないからな」
「怒ったところでじゃろ。わしに勝てるわけがなかろう」
「そうかもな」
俺はそう言って寝ることにした。
アンドレイアが横で俺を起こそうとしているのだが、無視することは慣れている。
揺り籠とまではいかないが、心地よく寝かせてもらうとしよう。
先ほどまで自分の部屋のベッドにいたと思っていたのだが、ここはどこだ。
夢にしては意識がはっきりとしている。
「エレイン様……」
「誰だ」
「私は……イレイラです」
俺の持っている聖剣の名前だ。
もしかすると、剣に宿っている精霊が話しかけて来ているのだろうか。
「それなら正体を現せ」
「……はい」
どこからか聞こえる声はそう言うと目の前が白く輝き始める。
「それがお前の姿か」
「そうでございます」
目の前に現れたのは純白のドレスに身を包んだエメラルドグリーンの長髪で桜色の目をした美少女であった。
アンドレイアのような幼女のような体格ではなく、大人びた容姿だ。
「少しがっかりいたしましたか?」
「どう言う意味だ」
「アンドレイア様のように幼い容姿ではありませんから」
どうやらイレイラは俺がそのような容姿を好んでいると思っているのだろう。
それは誤解と言える。
「別に俺は幼女が好きだとか、そう言った趣味はない」
「そう、なのですか」
「断言する」
俺は強くそう言った。
確かにアンドレイアと一緒にいる場所を目にしていたらそう思うのは無理はないのだろう。しかし、俺の中の何かが否定しろと言っている。
「それならよかったです」
「俺の夢の中に現れてどうしたんだ」
「……怒りませんか?」
先にそう言ったことを聞いてくるのは卑怯ではないだろうか。
まぁ大した理由でもなはずだ。
「ああ」
「少し嫉妬しただけでございます」
「アンドレイアのように俺に情を抱いていると言うのか?」
しばらく考えた後、イレイラは口を開いた。
「アンドレイア様のような感情では……ないと思います。おそらく敬愛に近いものだと思います」
「なるほど、そう言った情を抱いてるとはな」
「怒っていますか」
イレイラは少し申し訳なさそうにそう聞いてきた。
「怒っているわけではない。安心しろ」
「そうですか。少しいいですか?」
「何だ」
すると、イレイラは俺に抱きついて来た。
優しく腕を回して、頭を俺の胸に擦り付ける。
「一度やってみたかったのです」
「そうか。気が済むまでするといい」
それからイレイラが離れるまでこのままでいた。
後から聞いた話だが、夢の中での出現はどうやら掟の範囲内とのことらしい。
朝起きると、アンドレイアは俺のベッドの中に入り込んで下半身に顔を埋めている。
「……何をしようとしている」
「お主よりも起きるのが早い奴がいると思ってな」
「いったい誰のことだろうな」
そう言って俺はすぐにベッドから離れる。
「やはり興奮するんじゃろ」
「急いで支度するぞ」
俺はそう言いながら制服に着替える。
制服はそのまま戦闘服としても機能するもので、非常に使い勝手がいい。
「そんなこと言わずにもう少しゆっくりしてはどうじゃ」
アンドレイアはその美しい銀髪を掻き上げて、色気を醸し出そうとしている。
しかし、そんなことをしても幼女は幼女だ。
俺はそんな彼女を無視して、イレイラを装備しそのまま部屋を出ようとする。
「待て待て、わしを忘れとるぞ」
「ああ、すっかり忘れていたな」
するとアンドレイアはムッとした表情をしながら、剣の中へと入って行った。
まだ日が出てまもない早朝に、俺はリーリアと一緒に招集の場所へと向かった。
「あら、早いのね」
「お互い様だろ」
「そうね」
どうやら一足先にセシルが待っていたようだ。
そして、俺とセシル、リーリアが揃うと奥から聖騎士団の制服を着た男が現れてくる。
「揃ったな。こっちだ」
そう言って手招きをする。
俺たちはそれに続くように奥へと向かった。
こんにちは、結坂有です。
第二章が始まりました。
聖騎士団が魔族遠征で手薄になってしまった防衛の応援として、エレインとセシルが呼ばれましたね。
果たして防衛戦はどうなるのでしょうか。
次回もお楽しみに。




