警報と天界の手土産
本当の実力というものが気になる学院生は絶望の淵に立たされている。
私、セシルは同級生や上級生の話を聞いてそう実感していた。
私もエレインの実力には程遠いとしてもまだ絶望はしていない。圧倒的な差を見せつけられたとしても私には父の残してくれた崇高な剣術がある。それをうまく活用すればもっと進化できる。
エレインが私に教えてくれたこと、今もそれは私の心を支えてくれているのだ。
「セシル?」
「……なに?」
「また難しい顔してるよ?」
リンネが話しかけてきてくれた。
フィンと話をしてから何人かの生徒とも話をしていたのだけど、それでもエレインがどこに連れて行かれたのかはまだわからなかった。
確かに彼の証言は参考にはなったが、どこかに連れて行かれたという確証もない。意外と近くで治療士としての職務に励んでいる可能性だってある。
「気にしないで。ただの考え事よ」
「一人で考えるのって良くないと思うな」
「え?」
「だって思い込みで判断しちゃうことだってあるでしょ?」
彼女の言うように考えている人が一人である場合、その人の思い込みで結論付けてしまうことだってある。
とは言ってもリンネにこのことを話すべきなのかはわからない。
「……そうね。でもこの件はあまり知られたくないのよ」
「どういうこと?」
「それ以上は言えないわ」
私がそう言って口を閉ざすとリンネはムッとした表情で私の前に立った。
「どんなことなのかは知らないけれど、私はセシルの同級生だし友達だと思ってるわ」
「それがどうしたの?」
「だ・か・らっ。友達だったら悩みの一つや二つ、聞くのが普通でしょってことっ」
ふんっとそっぽを向いた彼女は少し照れているような様子であった。
でも、こうして友達と言ってくれる彼女がどこか頼もしくも見えたのは事実だ。
「……」
ゆっくりと深呼吸をして、冷静に考えてみれば簡単なことだ。
何人かと協力すると決めていたのにその本質を話さないでいては私に協力しようともできないではないか。
友人と呼べる人がいて、そしてエレインを想っている人がいる。
それなら何も迷う必要はない。
彼を助けるためにはいろんな人の助けが必要で、いろんな人の想いが不可欠なのだから。
「エレインが何者かに連れ去られたの。メイドと一緒にね」
「そ、そうなの?」
「このことを言ったらみんなを不安にさせてしまうと思ってね。だから教えれなかったの」
「……確かに心配になる人は多いと思うわ。ミーナには絶対に言えないわね」
ミーナはエレインに心酔しているということはもうわかっている。彼女は彼を神聖視し過ぎているのだ。
別にそれ自体には何も問題はないのだが、今の彼の状況を知ればひどく落ち込むのは目に見えている。
「そうね。伝える人はしっかりと考えないといけないわ」
すると、一人の女性が私たちのいる中庭に入ってきた。
「お姉ちゃん、なんの話をしてるの?」
彼女はリンネの妹のアレイだ。
「え? えっと……」
彼女もエレインのことを知っていて、さらに彼の実力も知っている。
姉であるリンネが大丈夫なら妹である彼女もエレインのことを話しても問題はないだろう。
「驚くかもしれないけれど、エレインが何者かに連れ去られたの」
「……詳しく話を聞かせてくれる?」
それからアレイにエレインが連れ去られたことを詳しく説明した。
リンネも知らない情報があったために二人は興味深そうな目で私の話を聞いてくれた。
「それって変じゃない?」
「変?」
「うん。だって、精霊って自分が宿っている聖剣自体に能力を付与するのでしょ? それだったら使用者ごとどこかに飛ばすってできないんじゃないかな?」
アレイがそう呟いた。
言われてみれば強力な聖剣でも人に何らかの力を付与することはできない。四大騎士の持っている聖剣は特別だから例外として、それ以外の聖剣でそのようなことができるものは存在しないはずだ。
もし存在するとすれば、エルラトラムの歴史が大きく変わってしまうことになるからだ。
今までの歴史が間違っているのならあり得ないわけではないが、そんなことはないだろう。
「確かに言われてみれば変ね」
「もう一つの可能性は堕精霊ってこともあるわ」
そう、もう一つの可能性は使用者が精霊だということだ。
精霊には精霊の掟と言われる強力な制約がある。もし掟を破れば神樹から存在力の供給がなくなり、次第に精霊は自らを維持できなくなって消えてしまう。
ただ、それは弱い精霊に限った話だ。より強い精霊は神樹に頼らなくても自身の存在を維持することができるからだ。
掟を破っても存在を維持し続けている精霊を堕精霊と呼ぶ。もちろん、掟を破ることは悪いことなのかもしれないが、正しいことをしようとして掟を破る精霊もいないわけではない。
「でも堕精霊が聖剣を持つことってあるの?」
「ある、と思うわ」
私は知っている。
エレインのもう一つの剣の正体だ。あの剣は聖剣などではない。間違いなく異常な剣だ。
「……じゃ、エレインは堕精霊に連れ去られたってことなのかな」
「かもしれないわね」
そう結論付けたと同時に夜空が滅紫に染まり始めた。
その禍々しい光は私たちの本能に訴え、恐怖を煽っている。
「な、なに?」
「わからないわ」
「でも、この方向ってこの前魔族が攻撃してきた方向よね?」
「魔族が攻め込んできた……」
私がそう呟くと天空を轟かすように警報が鳴り響いた。
◆◆◆
「昨日は本当に申し訳ございませんでしたっ」
今朝から何度もリーリアが謝ってくる。
別に今となっては気にしていない上に、彼女の感情を抑制していた魔剣が弱まっているというのが原因だ。
彼女自身は何も悪くはない。
「もう気にしていない。そう何度も謝らなくてもいい」
「ですが……ですが、ご迷惑をかけたのは本当のことですっ」
あの後、俺はリーリアの部屋に移動しようとしていたのだが、彼女の部屋はすでに鍵がかけられており、入ることができなかった。それで仕方なくカインの部屋に向かうことにしたのだ。
まぁ結果的にカインが巻き込まれたのは少し申し訳ないのだが、それは仕方のないことだ。
彼女もそのことについては気にしなくてもいいと言ってくれた。
ただ、顔が赤くなっていたから体調のことが気になるのだがな。
「逆に迷惑をかけずにいることは無理だ。常に誰かの迷惑になっているのだからな」
「……本当に気にしていないのですか?」
「ああ、迷惑とも思っていない」
「わかりました」
そう言って頬を少しだけ紅潮させながら俯いた。
まだ感情の昂りが抑制できていないのだろう。彼女は今必死に理性を保とうとしているのが目に見えてわかる。
「それよりも剣神の準備が遅いな」
ここにきて三日目となったがどうも進軍を開始するといった雰囲気もない。
まぁ総勢五〇人程度の神側が今更準備を始めたところで何かが変わるということもないだろう。
俺と剣神が動けばいいだけだからな。
「そう、ですね」
すると、リーリアはそう言って俺から目を逸らした。
「どうかしたのか?」
「いえ、こうして平和に過ごせたらどれだけ幸せなことだろうと思っただけです」
言われてみれば天界に来てからというもの、魔族の襲撃に怯えることは無くなった。
ここの城壁は神々が特殊な結界を張っているために魔族が侵入してくるということが全くないと言っていい。
そんな場所でずっと幸せに暮らすということができるのならそれ以上の幸福はないだろう。
「平和、平和に暮らすにはそれなりの代償が必要なんだぜ」
そう言って巨躯の老人が現れた。
「どういうことだ?」
「考えたらわかるだろ? この城壁を作ったのも、結界を張ったのも全ては犠牲を払った上で成り立ってんだよ」
「犠牲? どういうことですか?」
「あ? 神が自分の力を全て使い切ったってこったっ」
自分の力を全て使い切る。神とて無限の力があるわけではない。
そんな有限の力を全て使うということは自らの命を差し出すのと同じことだろう。
「つまりは平和を作るってのは難しいってことだ。それはわしら神だって容易じゃねぇ。ここに来た以上、しっかりと働いてもらうからなっ」
そう強面の老人は俺たちにそう言った。
彼の言うように平和を作り、そしてそれを維持するのはそう簡単なことではない。何かを切り捨て犠牲にするしかないのかもしれない。
一見平和なように見えて、裏では誰かが苦しんでいるのかもしれない。
そう考えると真の平和がなんなのか、もはやわからなくなってしまう。
「へっ、何も不可能ってわけじゃねぇ。天界での問題は主に魔族と邪神にある。そいつらを始末したら元に戻るってこった」
「ですが、元に戻ったとしても今までの損害が全てなくなるわけではないですよね」
「……わしら神がなんのために存在しているか、わかるか?」
リーリアの質問に老人はそう聞き返した。
「いいえ、わかりません」
「まぁお前たちが知る必要はねぇからな」
神には神なりの問題があるのだろう。
そこに人間である俺たちが足を踏み入れるのは良くないことだ。
「ところで、お前。エレインと言ったな」
「ああ」
「手を貸してみろ」
そう言って老人は手を差し出してきた。
俺は何をするのかと疑問に思ったが、殺すような真似はしないだろう。
特に警戒することなく俺は老人の手を取った。
「ぅがっ!」
「エレイン様っ」
老人の手に触れた瞬間、強い電撃が走ったように光が弾け強烈な痛みが腕を伝う。
今までに感じたことのないその痛みに俺は膝をつき、言葉を失ってしまう。
「……お前さんよ。よくもこんなとんでもねぇ力を持って人間に生まれたもんだな?」
「一体何をしたのですかっ」
リーリアが俺を抱き寄せながら老人へと敵意の視線を向ける。
「ふむ……」
「答えたくださいっ!」
「まぁいいわい。過去に四度、剣を作った。今度はお前さんの武具ってわけだなっ」
すると、老人は愉快そうに笑い飛ばし、腕を振り回した。
「半日で作ってきてやるっ。それまで待ってろよっ」
そう言って彼はご機嫌そうに廊下を歩いて行った。
俺はまだ痛みに痺れる腕に耐えながらもゆっくりと立ち上がった。
「……大丈夫だ、リーリア」
「エレイン様、立たなくていいですから、ゆっくりしてください」
「いいんだ。何かを作る目的だったのだろう」
一体何のことなのかは知らないが、武具と言っていた。
学院が支給してくれた臑当や鉄靴、肩当などが壊れかけていたところだ。
それにしても神の作る武具が一体どういったものなのか、とても興味深いものがあるな。
こんにちは、結坂有です。
学院生の方にまで魔族の攻撃の合図が見えたようです。
そして強烈な警報は今の学院生たちをどう動かすのでしょうか。気になるところですね。
さらに神の作る武具はどういったものになるのか。
それでは次回もお楽しみに。
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