天界でのひととき
剣神トレドゲーテとの模擬戦を終えた俺はリーリアと共に自室へと戻っていた。
あれからリーリアはムッとした表情のまま剣神を見つめていたのだが、俺と二人きりになるとすぐに落ち着きを取り戻したようだ。
彼女は俺の代わりに怒ってくれた。確かにそれは嬉しいことではある。しかし、今日に限っては少し感情的になりすぎている気がする。
以前にも似たようなことがあった。まぁ何かあればその時考えることにしよう。
ちなみにカインは模擬戦が終わった後、俺に質問を何度もして自室へと向かったようだ。
「エレイン様、今日は大変疲れましたよね」
「そうだな。久しぶりに一日中戦ったからな」
「もちろん、エレイン様でしたらこれぐらい普通なのかもしれませんね。ですが、疲労は常に溜まっていくものです」
確かに睡眠をした、浴槽に浸かったなどをして疲れを取ったとはいえ、全てを回復することは不可能だ。
日に日に蓄積していく疲労はいつしか病気や怪我となって現れてくる。
「確かにそうだな。疲労はそう簡単に取り除くことができないからな」
「はい……」
そう言ってリーリアは俺の方へとゆっくりと歩み寄ってくる。
真っ白な光で彼女の顔が照らされる。その顔はどこか赤みを帯びているようで頬が紅潮しているのがわかる。
彼女も疲れているのだろうか。
確かにほとんどの魔族を俺が倒したとはいえ、彼女も十数体程度は倒していたように見えた。
「疲れたのか?」
「……いえ、そういうわけではございません」
「顔が赤いが?」
そう聞いてみるが、彼女は答えないままそのまま歩み寄ってくる。
歩きながら部屋の鍵をカチャリと閉めて俺の方へと近づいて、そっと上着を脱いだ。
「はぁ……」
「どうかしたのか?」
「少しあつくなってきましたね」
気温のことだろうか、それとも体温のことなのだろうか。
天界に来てからそこまで暑いとも寒いとも思ったことはないのだが、リーリアにとっては少し暑いのかもしれない。
いや、それだけではないのかもしれないが……。
バサッ
そのままリーリアは俺へと触れてベットの方へと誘導した。
「大丈夫なのか?」
「はぁ……エレインさまぁ」
先ほどよりも顔が赤くなって甘い香りが漂ってくる。一体どうしたというのだろうか。
彼女の吐息は熱気を帯びて頬へと伝わる。
風邪なのだろうか。
「んっ……エレインさまぁ。今日はぁ、一緒に寝ましぇんか?」
いつものキリッとした佇まいとは全く違う雰囲気が今のリーリアから漂ってくる。
病気ではないとすればなんだろうか。
思い返してみれば以前もこういった状況になったことがあった。
あの時は彼女の持っている魔剣が別のことに力を使っていたためにリーリアの精神抑制能力が弱っていた。
もしかすると、天界で彼女の魔剣に宿っている堕精霊が弱まっているのかもしれない。俺のアンドレイアも力を発揮できていないところを見るに、おそらくはそうなのだろう。
リーリアが俺に対して恋愛的な感情を持っていることは知っていたのだが、いつも落ち着いた振る舞いをしていた。
「リーリア、少し落ち着かないか?」
「落ち着き、ですかぁ? 十分落ち着いていますよぉ」
普段のクールな印象とは全く違う彼女が今俺の眼前にいる。
「私ぃ、好きなんですよぉ。大好きなんですぅ」
「わかった、わかったから少し離れようか」
「ダメですよ。エレイン様とずっと一緒なんですからぁ」
そう言ってリーリアはベッドの上で俺に抱きついてくる。
彼女が動くたびに甘い香りが俺の鼻腔へと漂ってくる。誰が見ても可愛らしいと言える彼女に理性が飛びそうになるのだが、必死に自我を保つことにした。
ガシャンッ!
すると、俺の魔剣と聖剣が倒れた。
三人ともこの様子に何らかの反応を示しているようだ。
「エレイン様も、服を脱ぎませんか? 脱ぎましょうよぉ」
「……」
そう言ってリーリアが自分の服のボタンをゆっくりと色っぽく外していく。
「いいですよね。エレインさまぁ」
「……」
「ちょっと待たんかいっ!」
そう這い寄ってくるリーリアを口で止めたのはアンドレイアであった。案の定、彼女が出てくると思っていたのだが、もう一人いるようだ。クロノスは顔を真っ赤にして目を半分だけ隠しながら俺たちの方を見ている。
「なんですかぁ?」
「なんですかじゃないわい。このわしらを他所になにをしておるのじゃっ!」
「何をって、なんでしょうねぇ」
リーリアはそう言って俺の目をその蕩けた目で見つめながら答えた。
明らかにはぐらかしているように見えるが、今の彼女は暴走モードだ。
日々、魔剣によって自らの感情の一部を抑制している。それは戦闘時に感情を悟られないようにするという大きな利点になるのだが、その押さえ付けられた感情が爆発した時はもう誰も止めることはできない。
以前はなんとかリーリアは理性を取り戻すことに成功したみたいだった。しかし、今回は天界という場所で魔剣の力がかなり制限されている状況だ。
そんな状態でまともに理性を取り戻せるわけがない。
「なっ、本当に理性を失っとるな」
「ご、ご主人様っ。わ、私はどうすれば……」
「クロノスよ。決まっておるじゃろ。ここはわしらも便乗するのじゃっ」
「な、なるほど。それは妙案ですっ」
妙案、確かに妙案なのかもしれないが、この場合はリーリアを止めるのが先決ではないだろうか。
とは言ってもリーリアもアンドレイアも俺のことを恋愛対象として見ているのは変わりない。
頼る相手を間違えたということかもしれない。
「クロノス。今は止めるのが先だと思うが?」
「……ご主人様、私も一人の女性ですっ。こ、この機会、逃しはしませんっ」
「クロノスよ。お主もわかってきたということじゃな?」
だめだ。アンドレイアとクロノスが結託してしまった以上、俺が頼れる人はもういないのかもしれない。
いや、ずっと扉の外で俺たちのやりとりを聞いている人がいるな。
「ちょっと待ったぁ!」
そう言って扉を無理やりこじ開けて入ってきたのはカインであった。
「カ、カイン?」
「元に戻れっ!」
そう言って刃のない聖剣を振り回すと光の帯がリーリアへと巻き付き始める。
「エレイン様ぁ。何ですか? これは……んっ!」
何らかの力が伝わったのかリーリアはそのまま力が抜けたように俺へと倒れ込んできた。
アンドレイアとクロノスはというと、カインが入ってきたと同時に一瞬にして魔剣へと戻った。
「エレインっ、大丈夫だった?」
「助かった。どうしてここに来たんだ?」
「そ、そりゃ……ね?」
よくよく見てみるとカインの顔も赤くなっているようだ。
「ずっと聞いていたんだろ。知っている」
「っ! べ、別にいやらしい気持ちになんて、なってないから、ねっ!」
「何もそこまで聞いていないのだがな」
「なっ! べ、別に関係ないでしょっ」
俺はリーリアをゆっくりとベッドへと寝かせて布団を掛けた。
すると、カインは腕を組んで俺の方をジトッと見始めた。
「どうした?」
「リーリアの声以外にも声が聞こえたような気がするのだけど?」
「ああ、精霊の声だな」
「え?」
「魔剣の堕精霊が具現化したんだ。色々とややこしいからその辺りは気にしないでくれると助かる」
俺がそう簡単に説明するとカインは「ふーん」とだけ言って納得してくれたようだ。
「……いろんな女性に好かれてるのね」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟くと彼女は突き破った扉を聖剣で修復するとすぐに部屋から出た。
「ま、何か問題があったら私の部屋に来て」
そう言ってゆっくりと扉を閉めた。
なるほど、確かにこの部屋からカインの部屋まではそう遠くはない。
逃げるとすればカインの場所に逃げればまた助けてくれるのだろうな。それはいい情報を聞いたような気がする。
そんなことを考えた直後、扉を勢いよく開けてカインが顔を出してきた。
「別に来て欲しいってわけじゃないからねっ!」
「あ、ああ。それはわかってる」
「……ふんっ」
最後にムッとした表情をしたのは謎であったのだが、とりあえず俺は逃げ道を確保することに成功したのであった。
こんにちは、結坂有です。
今日は久しぶりの平和な回となりました。
リーリアの暴走モード、なかなか面白いですよね。
こんなやりとりがもっと続くといいのですが、この天界もずっと平和というわけではないようです。
それでは次回もお楽しみに。
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