賢い魔族
妙な魔の気配を辿ること十数分。私、ミリシアは小麦畑周辺を歩いていた。
あたりは薄暗く、湿った空気が漂っているが、はっきりと魔の気配を感じ取ることができる。
「……なんか嫌な予感がするわね」
一人という状況には慣れているとはいえ、強烈な魔の気配を放つ存在とは出会ったこともない。
自分の腕に自信がないというわけではないが、少なからず不安に思うところがある。
そんな薄暗い夜道を警戒しながら歩いているとガシャンっと物音が聞こえた。
近くの穀物庫から聞こえてきたのだ。
「魔族が隠れているのかしら」
強い気配を感じるとはいえ、強過ぎるがゆえに正確な距離や位置感すら掴めない状況だ。
さらに警戒を強めながらゆっくりとその穀物庫へと向かう。
穀物庫の前まで来ると木造のその倉庫が禍々しい屋敷のように感じる。
おそらくここが魔の気配を放っている場所で間違いないようだ。
ゆっくりと目を閉じ、建物の内部を耳と肌で感じ取る。
エレインやアレクのように上手くはできないかもしれないが、何も下調べをしないよりかは十分だ。
倉庫の中から空気の流れを感じる。心音は一つしか感じられない。
「……人間?」
心音の強さや間隔は人間のそれに近い。魔族であればもっと力強い音を感じ取ることができる。
もしかすると魔族に囚われた人間なのだろうか。
私は中に一人しかいないと踏んだ上でゆっくりと倉庫の扉を開いた。
「誰かいるの」
月の光すら届かない倉庫の中は何も見えないほどに真っ暗だ。
ゆっくりと倉庫の中へと進んでいく。
「んっ!」
口を縛られた状態で誰かが私に向かって声を発している。
私は音の方向へと体を向けて彼女に近づいた。
「大丈夫よ。周辺には魔族がいないみたいだからね」
ロープを解くとすぐにその女性は顔を上げた。
彼女はフィレスだ。
「どうしてここに?」
「光が見えたからだけど」
「そうなのね。でもここに来たらダメ。すぐに離れた方がいいわ」
「どうして?」
すると、彼女は怯えたように口を開いた。
「とんでもない魔族がいるのよ」
「とんでもない魔族……。っ!」
すると、勢いよく扉が破壊された。
その蹴り飛ばした存在は明らかに異質な力を放っており、今ままでとはレベルが違うということはすぐに理解した。
「っ!」
その存在が現れたと同時にフィレスがひどく怯え始めた。
「大丈夫よ」
「また馬鹿な人間が釣れるとはな」
すると、その異質な魔族は言葉を発し始めた。この雰囲気はあの時と同じだ。
私とアレクが宰相と話していた時に現れた魔族と似ている。
「……第二防壁付近まで来るなんて、馬鹿なのはどっちなのかしらね」
「別にお前たちを殺すつもりはない。人間の女は色々と使えるからな。それに、今ここで騒ぎを起こすのは良くない」
確かに後方部で騒ぎを起こせば前線の部隊との挟み撃ちになってしまう。そうなれば必然的に不利になるのは当然だ。
「魔族って突撃するイメージだったのだけど、こんなことをするとはね」
「だが、所詮は人間だ。弱いのには変わりない」
「どうでしょうね。私もそれなりに強いのだけど?」
「ふっ、人間が粋がるとはな。魔族を怒らせるということがどういうことか、思い知らせてやる」
そう言って異質な魔族は壁を勢いよく吹き飛ばし、粉塵が巻き上がる。
「フィレスっ。走って!」
「はいっ」
すると、一気に空気の流れが変わった。
粉塵が一瞬にして晴れる。
「っ!」
「これだから人間は……」
異質な魔族はフィレスの肩を片手で鷲掴みすると、そのまま持ち上げた。
「くっ、いつの間に」
まさかとは思うが、この粉塵の中で一瞬に距離を詰めてきたというのだろうか。
それにしては空気の流れが変わってから移動が速過ぎる。
「ふっ……ぐっ!」
「所詮人間如きが魔族に勝てるわけがない」
「どうでしょうねっ」
私は一気に地面を蹴った。
地面に触れそうなぐらいにまで重心を下げる。
そうすることで相手の視覚から一瞬消えたように思うはずだ。
「弱いくせに、その努力は認めてやる」
そう言って魔族が踏み込むと同時に私の顔の前に巨大な足が現れた。
「っ!」
ドンッと内臓が震えるような重低音を引き立てると同時に強烈な衝撃波が私を襲う。
私は身を捻ることでうまくそれを躱し、剣を突き立てる。
「……この俺に傷を付けるとはな。魔族を怒らせるとどうなるか、その命で持って理解するがいい」
すると、魔族が大きく地面を踏みつけると強烈な衝撃波が発生し、穀物庫が一気に吹き飛ばされる。
「っ!」
「作戦は絶対だが、この俺を怒らせた。もう許すことなどしないからな」
そう言って魔族はフィレスを投げ飛ばし、私の方へと一気に駆け出してきた。
ガシィィン!
強烈な腕で私の攻撃を受け止めてくる。
魔剣の力で分散された強烈な一撃を片腕で受け止めたのだ。
「うそっ」
「これが魔族の力だっ」
そのまま魔族は腕を一気に振り上げ、私の剣を弾くともう片方の腕で私の腹部へと打ち込んだ。
「ぐっ!」
「これで終わりだっ」
そして、足を大きく振り上げて強烈な踵落としを私へと仕掛けてくる。
しかしながら、それらの攻撃は一切私には効いていない。
全ての衝撃はこの魔剣グルブレストの能力”分散”によってかなり軽減されている。
魔族が振り上げた足とは別の軸足へと私は剣を突き刺す。
「なっ」
ザスッ!
強烈な刺突が魔族の軸足へと突き刺さる。分散の力によってその傷は大きく広範囲に広がり、骨をも打ち砕く。
「がっ! まだそんな気力がっ」
「悪いけど、そう簡単には死なないよ?」
「……魔族の誇りにかけてここで無駄死にするのはこの俺のプライドが許さん。お前もろとも道連れにしてやるっ」
すると、魔族は最後の力を振り絞って片足だけで飛び上がる。
私のはるか頭上にまで上昇した魔族はその巨体の重さで私を圧殺しようとしているのだろう。
だが、そうはさせない。
「はっ」
私も魔族と同じように剣を地面と水平に構え、一気に飛び上がる。
穀物庫は完全に崩れ去り、平原と化している。
もはや私を邪魔させるようなものは一切ない。
シュンッ!
一直線に走る剣閃はそのまま魔族の腹部へと走ると次第に魔族の原型が崩れ始めた。
「カッ! こ、こんなはずでは……」
「賢いが故に自ら失策に走る。あなたはそういう魔族だったってことね」
「……に、人間如きに」
そう言って魔族は地面に叩きつけられ飛散した。
私も地面に着地すると同時にすぐにフィレスへと走った。
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
強烈な魔の気配が消えたせいか、彼女は落ち着きを取り戻し始めている。
しかし、口では大丈夫と言っているが、見ただけで大怪我をしているのがわかる。この状況ではすぐに立ち上がれそうにはないだろう。
「しばらくはここで安静にしておくべきね」
「……防壁までゆっくり進みますので、気にしないでください。それよりも前線に向かった方がいいと思いますっ」
「え?」
「前線の魔族は数え切れないほどの魔族がいますから」
それはわかっている。
それでも四大騎士の到着を待つしかない。
圧倒的な数を一瞬で制圧できるほどの力を持っているのは今のところ彼らだけだ。私たちが相手をすれば時間はかかるが確実にできる。
しかし、今は人的資源が少ない。そんな状態で時間を多く割くことはできないのだ。
「わかったわ。でもフィレスの治療が先よ。とりあえず、防壁まで連れて行くから」
そう言って私はフィレスを背中に抱えて移動を開始した。
全身に力が入らないのか彼女は私を振り払うことなく小さな声で「ありがとうございます」とだけ呟いた。
こんにちは、結坂有です。
強烈な戦闘シーンが続きました。
次回は天界へと移ります。
少しはゆったりとした雰囲気となりそうですが、どうでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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