おかしな魔族
俺、レイはアレクやミリシアと別れて一人で防衛していた。
方角的には南西側になるのだろうこの場所は先ほどいた場所とは違い、かなり暗くなっている。
足元に生えている芝生ですら輪郭をしっかりと把握できないほどなのだ。
月の光で照らされている部分があるものの木々にその光が遮られているのだろう。先ほどよりも警戒を強めて壁沿いを歩いていく。
しかし、それにしても不気味な空気感は変わらず、魔の気配というやつも離れていくような感じではない。
「へっ、怖がってんのかっ」
俺は挑発めいた言葉を言ってみるが、気配が変わる様子はない。
まだ俺のことを監視しているつもりなのだろうか。
どちらにしても雑魚なのには変わりねぇけどな。
「魔族ってのは雑魚なんだな」
吐き捨てるようにそう言って俺は再び歩き始めた。
魔の力を持つ何者かが俺のことを狙っているのは既にわかっている。ただ、狙っているだけなのかただ監視しているつもりなのかはわからない。
俺が何か行動しなければ動かないつもりなのだろうな。
無駄な動きを最小限に抑える、戦闘のセオリーはできてるって話か。別にそれができたからってどうこうするわけでもないが、少し厄介な相手だってことは間違いない。
「……はぁ」
といっても俺は相手が動き始めるまで待てるような性分ではない。
数分ぐらい歩いているものの一向に姿を表すわけでも攻撃を仕掛けてくる気配すらも感じられない。
だったら不利を承知で行動に出るしかねぇってことだ。
「ついて来れるか?」
俺は全力で夜道を走る。
走るのは得意であのアレクですら俺に追いつくことができなかったぐらいだ。地下施設では長距離を走るトレーニングがあった。まぁベルトの上を走るだけなんだがな。それで軽く五〇キロもの距離を制限時間内に走り切る訓練が定期的に行われていた。
あの四人の中で俺が一番速かった。それからエレイン、アレク、そしてミリシアといった順番だ。
ただ、それは誇れるようなものではなく、走った後の体力をどこまで温存できているかが重要な課題であったのだ。
それを理解するまで二年近くかかったが、まぁ今となっては笑い話だけどな。
「……」
俺の真横で何かが横切った気配がした。
俺はその時、エレインから言われた言葉を思い出した。
『見ずして敵を断つ』
ちょうど地下施設で一年ぐらい生活していた頃だろうか。その時の戦闘訓練でエレインが俺に伝えた言葉だ。
あの言葉の真意はまだわかっていないが、ふとその言葉を思い出したのだ。
あいつが俺に何を伝えたかったのかは全くわからないとはいえ、今思い出したということは何か意味があるってことだろう。
俺は若干だけで体の軸をずらして走ることにした。
エレインの見様見真似ではあるが、体の軸をずらすことで相手の攻撃を避けれるってことのはずだ。
いつまでも鬼ごっこをしている場合ではないからな。そろそろ魔族の野郎も仕掛けてくる頃だろう。
「っ!」
キュンッ!
小石が弾けたようなそんな音とともに右太ももに激痛が走る。
「あれ? 斬ったはずなんだけどな?」
気の抜けたようなそんな声が聞こえた。
いったいどこから攻撃を仕掛けてきたのかはわかんねぇが、何かが太ももに走った。
俺は走るのを一旦止めて手で傷んでいる場所を触れてみる。
「……ってぇなっ!」
骨には達していないがかなり深くまで裂傷ができていた。
矢なのか? いや、それにしては鋭い切り口だ。
とは言ってもナイフや剣というわけでもない。近くに魔族がいたわけではないからな。
「どこのどいつか知らねぇが、奇襲とはいい度胸だな!」
「本当は両足斬ってたはずなのにね。不思議なこともあるものだ。……ふむふむ」
そう言って俺の目の前に俺より少し小さい魔族が現れた。
どうやらこいつが俺の足を斬り落とそうとしていたやつか。相手が人間ではないということは風貌を見ればすぐにわかる。
人間じゃねぇってことは何をしてもいいってことだな。
「あ? ふざけんのもいい加減にしろよ。この俺に殺意を向けてきたってことがどういうことか、知ってんのか!」
「でもでも、足の怪我で君の得意そうな走りは封じられたよね? もう少し自分の状況を考えてみたらどうかな」
確かにこいつの言うように軸足である右足に大きな裂傷を負っている状態だ。まともに走ることなんてできやしねぇ。
「へっ、それがどうしたってんだ? お前を殺すには十分ってことだ」
「でもでも、すぐに治療しないと出血で死んじゃうよ?」
「だったら俺の血がなくなる前にお前を殺すまでだろうがよっ!」
右足の裂傷からひどく出血している。すぐにでも止血をしないと本当に失血死してしまう。
だが、布で傷口を縛っている隙を見せれば首をすぐにでも斬り落としてくるかもしれない。
相手がどう言った武器で攻撃してきたのかわからない以上、無闇に隙を見せることはやめておいた方がいいだろう。
「じゃ、どこまで耐えられるのかなぁ?」
「来いよっ! 雑魚魔族がよっ!」
俺は自分の剣を取り出して相手に剣先を向ける。
俺にはエレインと同じく構えといったものはあまりしない。常にリラックスした状態で戦闘に入る。
筋肉に緩急を持たせる。言葉では難しいように聞こえるが、要は力を入れる時とそうでない時をはっきりと持たせるってことだ。
そうすることで無駄な体力を使わずに最大限の力を長く発揮することができる。
「本当にいいんだね? 僕、こう見えて強いんだぁ」
「そうかよ。俺もバカだが強ぇんだぜ?」
「……面白い人間もいるもんだね。じゃ遠慮なく殺してあげるね」
そう言って魔族は一瞬にして姿を消した。
「っ!」
非常に素早い動きだ。この動きはアレクやミリシアのそれに似ている。
姿勢を一気に低くし、視認の難しい場所から攻撃を仕掛ける。だが、その程度のことは何度も何度も経験してきた。
こんなことも防げねぇ馬鹿ではないんだ。
キュシュン!
剣を地面に突き刺すようにして低い攻撃を防ぐことにした。
しかし、うっすらと感じた気配に俺は身を動かして避けることにした。
「あれ? おかしいな?」
「妙技でも使ってんのかよ。どこまでもふざけた野郎だな?」
間合いを取った魔族は自分の手を開いたり閉じたりして何かを確認している。
怪しい技でも使っているのだろうな。
そう考えてみると今まで違和感があった。空気の流れが感じられない。
エレインのよく言っていた言葉が不意に脳裏を過ぎる。
「……見ずして敵を断つ」
「何を言っているのかわからないけどさ。油断している場合かな?」
なるほど、そんな簡単なことだったのか。
「かまいたちみてぇな攻撃だな」
「ん?」
相手が今までありえない攻撃を仕掛けてきた。
太ももの裂傷もそうだし、突き立てた剣を超えて攻撃を繰り出してきたのもそうだ。
つまりは空気だ。空気を使って攻撃を仕掛けてきている。
「バカな俺でもわかんだぜ? 真空を作り出して攻撃する技があるってな」
「……でもでも、それがわかったところでいつまで防げるのかな? うまく避けれたとしても君には時間がないよね?」
「へっ、知ったことかっ。次の一撃で仕留めてやるよ」
「じゃ僕もこの一撃にかけるとするよっ」
そういうと目の前の魔族は一瞬にして闇夜に消えた。
いや、消えたというよりかは暗くて見えなくなったというべきだろう。だが、どっちでもいい。
仕掛けてくる場所はわかっている。
俺は首元を剣で守るようにして構えた。
「来ると思ったぜ?」
「っ!」
キャイィン!
高い金属音が響き、俺の魔剣が天空へと舞い上がる。
相手は俺の剣を弾き飛ばしたのだ。
俺の首元を守るようなものはない。
「雑魚の体術なんざ簡単に止めれるんだよっ」
音速を超えて放たれた魔族の腕を左手で受け止めた」
「なっ」
地下施設に入れられる前、俺は音速を超えて放たれる鞭を何度も素手で受け止める訓練を幼少期から行っていた。
「音速を超えた程度で俺に勝とうとは思わないことだな」
「でもでもっ、君には聖剣がないよね? このまま僕を捕まえてたとしても意味は……。がっはぁ!」
弾き上げられた剣から堕精霊であるリアーナが姿を顕現し、俺が封じている魔族を一刀両断した。
「……ボクをこんな形で使うなんて、ほんと、人使いが荒いね」
そう飄々としたリアーナは剣を俺に渡して微笑んだ。
「へっ、満更でもねぇって顔してるが?」
「うっさいな。でも、こんなボクでも信頼されるって嬉しいものなんだよ」
「信頼じゃねぇよ。血液の半分を使って契約したんだからな。これぐらいしてもらわねぇと割に合わないからなっ」
正直、あんな血の契約がなくても俺はリアーナを信じている。
「へぇ、案外可愛い一面あるじゃんっ」
「あ? ふざけてんのかっ」
「あー怖い怖い」
そう言ってリアーナは剣の中へと吸い込まれるように消えていった。
少なくとも一番俺の側にいて俺よりも強い奴はこいつしかいない。剣は自らの分身とも言う。まるでリアーナは俺の分身のようなもので、永遠のライバルでもあるからな。
まぁこんな柄でもねぇこと言っている場合ではないか。
「……な、なんてことを」
「あ? まだ生きてやがんのか」
半分に斬り離された魔族は最後の力を振り絞って何かを話そうとしている。
「き、騎士道の精神はどうしたのかな? 人間は騎士道を重んじる、って聞くけど」
「馬鹿なこと言うなよ。何が騎士道だ? 奇襲を仕掛けてきたのはてめぇだろ?」
生き死にをかけた戦いをしたんだ。相手を思いやるとか、剣を大事に使うとか騎士道ぶってる場合じゃねぇからな。
「……そう、だったかな」
そう言って魔族は力尽きた。
その目はどこか穏やかそうな表情をしていた。
何か不自然な感覚を覚えたのだが、考えるだけ無駄か。
こんにちは、結坂有です。
またしても強い魔族でしたね。
そして、どうして最後に穏やかそうな表情をしていたのでしょうか。色々と疑問に残ることがありますね。
それでは次回もお楽しみに。
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