身勝手な魔族
僕、アレクは第二防壁の南東側を歩いていた。
ミリシアの言うように第一防壁付近で戦っている魔族の気配がこんなところまで届くわけがないのだ。
万を超える軍勢だとしてもそれは同じことだ。
それにしてもこの強力な気配は今までの魔族とは比べ物にならないほどに強い。
そして何よりもどこかで感じたことのある気配だ。
「……嫌な予感がするな」
建物がほとんどない第一と第二防壁の間は田園として使われている。この場所で収穫された食料などが第二防壁内へと移送され、僕たちが毎日食べている食材として提供されている。
これらは国が全て管理しており、国内での食料問題は全て解決している。エルラトラム国内で食べ物を食べることができないということはない。
そんな建物の少ないこんな土地では夜になると視界がほとんど見えないほどに暗くなっていく。
今夜は半月と光の量は少なく、五〇メートル先すら明確に視認することができない。
とは言っても僕たちは視界に頼らない戦闘訓練を何度も行なってきた。これぐらい見えている状態でも十二分に戦うことができる。
「本当に何も考えてねぇんだな?」
恐ろしく低い声がこだまする。
僕のすぐ横にある防壁から跳ね返ってきたのだろう。気配はするもののここまで強力だと正確な距離は判断できない。
「……魔族なのは分かっているけど、姿を見せてくれないかな?」
「雑魚の言うことなんざ耳に入ってこねぇな!」
気配は強まる一方で視界には全くその姿が見えない。それに足音や魔族の強い心音すら感じられない。
どこにいるのか全くわからないが、どうやら相手からは僕のことを認識しているようだ。
それなら相手の行動から大まかな距離を逆算することができる。
「なら、これはどうかな?」
僕は聖剣の能力である”増幅”を駆使し、地面を斬りつける。それと同時に砂塵が吹き荒れる。夜という状況は魔族にとっても視認することができない。
そんな暗い状況下で砂塵が舞い上がれば、絶対に相手は何らかの行動に出る。
「へっ、逃げようって考える時点で雑魚なんだよっ」
僕の予想通り、相手が先に行動に出た。僕は砂塵を作っただけで一歩も動いていない。
基本的に戦闘というのは動けば動くほど不利になっていく。色々と理由はあるが、こうして動きを誘導しやすくなるのも一つの理由だ。
「オラァ!」
ズンッとレイの強烈な殴打に似た重低音の破裂音が響く。
衝撃波で砂塵の動きが変わる。ほんの小さな砂塵の動きを正確に捉えることで相手の位置を逆算。
「ふっ」
僕は聖剣を水平に構え、広範囲に斬撃を繰り出す。
刺突の方が確実に仕留めることができるだろうが、僕の推測が間違っている場合を考えて広い斬撃を行なった。
「グッ!」
距離の予測が甘かったのか剣先で斬ってしまったようだ。
そうとは言ってもこの聖剣の”増幅”は非常に強力で、掠っただけでもかなり深い裂傷ができるのだ。
「これでも僕は雑魚なのかな?」
「うっせぇっ! 雑魚は雑魚なんだよっ」
再度相手は僕の方へと殴りかかってくる。
しかし、一度繰り出した攻撃、体術に自信のない僕でも簡単に躱すことができる。
手の届く距離に来てやっと相手の全貌を理解した。相手は僕の身長の二倍ほどの大きさで巨人と言っても過言ではないだろう。
魔族は強靭な肉体を持っているのか砂塵などお構いなしに殴りかかってくる。そんな単調な動き、この程度であれば僕が戦闘に負けるなんて考えられない。
この手の戦い方はレイとで慣れている。ただあの頃と違うのは殺し合いを前提としている。
幸いにも僕は聖剣の力がある。
「悪いけど負ける気はないよ」
「あ? これでもかっ」
そう言って相手も砂塵を巻き上げる。
僕のやったことと全く同じ作戦に出たか。別に悪くはない。相手の動きを真似ることは作戦としては悪くはない。ただ、本質を間違って使っていては良い作戦も台無しになる。
「はっ」
僕は砂塵を剣で振り払うと魔族が掴みかかってきた。
殴ることができないのなら掴みかかる。どこまでも単調なその動きに僕は体をよじることで躱す。
そして、掴み損ねたその一瞬の隙を僕は聖剣で斬り裂いた。
今までで最も強力な斬撃を相手の魔族に与えることに成功した。
「アッグアァ!」
「これで終わりだね」
そう言って僕は相手の首を斬り落とした。
とりあえずは一体を倒すことができた。転がった魔族の死体を調べる。
僕の二倍ほどの身長という肉体を持ちながらもレイのような俊敏な動きができる。普通の兵士であれば蹂躙されていてもおかしくはないか。
確かにこれほどの魔族を相手にするとなればそれなりに特殊な訓練を積む必要があるだろう。
何よりも聖剣の能力に頼っただけの戦い方では不十分だと暗に示している。
「……」
もしかすると、こんなにも強力な魔族が第一魔族侵攻で数千体も攻めてきたというのだろうか。
今まで不自然に思っていた。
一万もの軍勢は歴史的に見ても異常な数だ。それなのに四大騎士の聖剣で簡単に足止めができた。
聖剣のおかげなのだろうか。いや、それは絶対にない。
魔族の中で強力な力を持った魔族がいるのだろう。そして、今まで僕たちが戦ってきた魔族は弱い魔族ということだ。
弱い魔族千体ですら国が滅びると言われているのに強い魔族が千体もいたらどうなるのやら。
まぁ今は考えるだけ無駄なことだろう。
ただ、一つ言えることは僕たちの故郷である帝国を滅ぼした魔族の軍勢は強い魔族だということだ。
僕が前線で戦いっていた魔族は言葉を話せた。その上、この気配は僕の片手片足を引きちぎった魔族と同じ気配を感じたのだから。
◆◆◆
俺、エレインは城壁の外の魔族と接敵していた。
すでに何百体と戦っているが、とてもじゃないが弱すぎる。
思考が全くないのだろうか。これであれば下界にいる魔族の方がよっぽど強いと感じる。
「エレイン様、天界の魔族は数だけで強くはありませんね」
「ああ、そうだな。それゆえに不自然なのだがな」
「どういうことですか?」
普通であればここまで弱い魔族相手に神が負けるなど考えられない。
剣神が言うに、武神と呼ばれる体術に特化した神などもいた。その他に戦闘を得意とした神も少なからずいたはずだ。
「これほどの敵に神が圧倒されるなど考えられないからな」
「……数の暴力、とは考えられないでしょうか」
確かにリーリアの言うように億単位で攻め込まれては厳しいかもしれないが、こと籠城戦において数で攻撃されたところで優位なのは神の方だ。
無限の魔族と強烈な力を持つ神とで力の均衡は保たれていた。
しかし、それがどこかの段階で崩れたのだろう。
そうでなければ神側がこのように押し込まれるなど考えられないのだ。
「神には数に勝るほどの力を持っている。剣神の持っている光の力のようなものがな」
「そうですね。言われてみればおかしいかもしれませんね」
「とりあえずは魔族のことを知ることができた。今日は城に戻ってまた考えるとするか」
「わかりました」
リーリアも十分に肩慣らしができたのか大きく腕を回した。
「……あ、申し訳ございません」
「なんだ?」
「みっともない姿をお見せしました」
「肩を回しただけでみっともないのか?」
よくよく見てみれば城壁を出る際に貸してくれたリーリアの甲冑は脇の部分が大きく開けている。それに体の輪郭がはっきりとわかるように程よく締め付けられている。そして、すらりと草摺から伸びる足は曲線美すら感じさせる。
みっともない姿、というわけではなくどこか色気を感じさせるようなそんな姿だ。
「汗もかいておりますし、それに少し恥ずかしいので……」
「そうか。ならすぐに帰らないとな」
若干頬を赤くしたリーリアは小さく頷いて「はい」とだけ答えた。
こんにちは、結坂有です。
戦闘が徐々に増えていきそうです。
それにしても魔族にも強い者と弱い者とで区別されているのですね。
いくら弱いと言っても無数の魔族相手に立ち向かうエレインはやはり最強ですね。
そして、アレクが倒した強い魔族は何をしようとしているのでしょうか。気になりますね。
それでは次回もお楽しみに
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu
追記:
章管理の方を変更いたしました。
とても長い作品となりそうなので、よりシンプルに章を一纏めにしました。
これからもご愛読のほど、よろしくお願いします。




