恐怖の始まり
私、ミリシアは嫌な予感に陥っていた。
魔族の超大規模攻撃が始まるとしたらどういった時期に狙ってくるかを考えていた。
もし、全魔族の勢力がとんでも無い数であった場合、具体的には五〇億だとしよう。そのうちの一万もの部隊が壊滅された。そして何よりも相手に全く損害を与えられていない状況だ。
普通であればすぐにでも攻撃を仕掛けてくるはずだ。五〇億という勢力でも一万の損害はかなり大きい。当然ながら、報復という形で彼らは攻撃を仕掛けてくるはずだ。
そして何よりも一万よりも数倍多い戦力で攻め込んでくる可能性があるということだ。
「……まずいわ」
「どうしたんだい?」
もっとも一番警戒しなければいけないのは時間だ。相手が攻め込んでくるであろう時間を正確に予測する必要がある。
まず、魔族は地球の半分を掌握している。エルラトラム周辺の地理状況からどういった経路で大軍がたどってくるかも予測してみる。
防壁周辺から一時撤退をした時刻を踏まえて推測を立ててみた。
そして、そう考えていくと最悪なシナリオが見えてくる。
進軍スピードは私たちの最速速度で考えるとすれば、早くても半日で一八万もの軍勢を集めることができるだろう。
その軍勢はより広範囲に攻め込んでくるに違いない。
「議会に向かうわ」
「おいっ。どうしたんだよ?」
「色々と考えてみたんだけど、魔族は半日で最低でも一〇万、多くて一八万もの数を集めれるの。それを報告しないと」
「もしそれが正しいのだとしたら、もう攻撃が始まっていてもおかしくはないってことかな?」
アレクは事態の重要性に気が付いたようだ。
彼は急いで聖剣を腰に携える。それを見てレイやユウナも準備を始めた。
「ナリア、議会まで一緒に来て欲しいの。それで議会の護衛に回って」
「ええ、わかったわ」
まだ理解が追いついていない彼女でも何をするべき状況なのかはわかったようだ。
私も準備を始めて急いで議会へと向かう。
ここから私たちが全力で走ったとしても議会までは三〇分ほどかかることだろう。それまでに魔族の攻撃が始まらなければいいのだけど……。
そんなことを考えていると暗くなり始めていた空が滅紫の色に染まった。
「な、なに?」
「……始まったようだね」
「急ぎましょう。猶予はないわ」
異変があった時から考えておくべきだった。
こうなることは簡単に予測できていたこと、エレインがいない状況で魔族の超大規模攻撃が始まるのは不運でしかない。
いや、これは仕組まれたことなのだろうか。
エレインの失踪、そして魔族の攻撃。
何か裏があるとは思うのだが、そのことについて考えるのはまた今度にするべきだろう。 今は無数の魔族をどうするかを考えるべきだ。
それから議会へと到着する。
依然として空が滅紫の色に染まっている。
「そこを通して」
「はっ」
警備の人とはもう顔見知りになっている。私たちの顔を見るなりすぐに警備の人は門を開けてくれた。
議員の視線を受けながら私たちはそのまま議長室へと入った。
「緊急なの」
「っ! ミリシア?」
部屋に入るとそこにはアレイシアとユレイナの他にブラドもいた。
「緊急とはあの光のことか?」
議長室は議会の比較的高い場所に位置しているためこの国を一望することができる。
彼が指さした窓の外を見てみると、第一防壁と見られる場所の奥から強烈に光が放たれていることがわかる。
その禍々しい光は闇夜を照らし、凄まじい悪夢の始まりを告げているようでもあった。
「ええ、おそらくだけど魔族一〇万単位の数が攻め込んできていると考えていいわ」
「そんなに多いの?」
「私の予測だけどね」
「ふむ、それはどれぐらい確かな予測なんだ?」
この場で詳しく説明してもいいが、それだと時間がもったいない。
すぐにでも兵士を招集しなければいけないのだ。
「情報に確かも不確かも言っている場合ではない。少なくとも緊急で何かが起こっているというのは間違いないのだと思うけどね」
「おうよ。こんなところで何か考えている場合じゃねぇだろ」
「……わかったわ。小さき盾の言う通りね。事態は緊急を要するからね」
「では、出動命令を出すということですね」
ユレイナがそうアレイシアに確認するが、彼女は小さく首を振った。
「小さき盾は第一防壁の内側に展開して欲しいの。第一防壁に向かわせるのは四大騎士に任せましょう」
「わかりました。直ちに手配いたします」
そう言ってユレイナは急足で部屋を出て行った。
「どうして私たちが前線に立ってはいけないの?」
「……あなたたちはこの国の最終防衛部隊なの。そんなあなたたちが前線に出るのはあまりにもリスクが高いのよ」
正直アレイシアの言い分はよくわかる。
私たちが小さき盾として働くのは最終防衛手段としてだ。それまでできるだけ既存の部隊を使うという作戦だ。
その作戦は悪くないだろうし、きっとその方がリスクコントロールが簡単だ。とは言っても今回は総力戦とも言えるような状況。それであれば私たちも前線の戦力に加わるべきだと思う。
「そうだね。僕たちは後方から支援することにするよ」
私が口を開く前にアレクがそう決断した。
「え?」
「ミリシア、いいよね」
「……ええ、わかったわ」
アレクなりに何かを考えているのだろうか。
別に機能しない作戦ではないというのは確かだ。ただ、少し納得がいかないだけ。
「それじゃ、南側の第二防壁付近をお願いするわ」
「おうよっ」
それからナリアとユウナを議会の護衛に任せて私たちはそのまま第二防壁へと向かった。
議会に魔族の何らかの奇襲があったとしても二人がいればなんとかなるはずだ。それに彼女たちの他にブラドもいることだ。
そして四大騎士の人たちにも連絡できたようで五〇分ほどで前線に着くとのことらしい。どういった戦いになるのかは前線がどう頑張るかにもよるため、こればかりは予測の立てようがない。
ただ、本当にギリギリの戦いにはなるだろう。最悪の場合は最終防衛線にまで後退することも視野に入れておく。
「本当に十数万もの軍勢が来るのかよ」
「そのはずよ。ただ、それは一番最悪な状況の場合だけどね」
「最悪じゃなければ余裕で守れるってことか?」
「そうでもないわ。二万の魔族だったとしても私たちエルラトラムにとってはかなりの強敵になるわ。今の私たちは非常に不利な状況、そのことだけは頭に入れておいて」
聖騎士団の本隊は国外にいる。
すぐに連絡が取れるとは思うが、応援に来るまで数日はかかると考えていいだろう。
「それにしてもここまで魔の気配が届くのは普通ではないようだけど」
「どういうこと?」
「第一防壁で魔族と接敵しているとしてもここからは遠い位置だよね。それなのにここまで強烈に気配を感じるのは尋常ではないと思う」
数キロメートル以上も離れている場所なのに気配を感じるというのだろうか。
確かにアレクは気配に敏感だ。その点で言えばエレインよりも優っていると言っていいほどだ。
しかし、それだとしても不自然だ。
「変だわ。この防壁周辺を調べてみましょう」
「なんでだよ」
「気配が感じるのはいくらなんでも不自然よ。もしかしたら魔族の奇襲の可能性だってあるからね。調べておくに越したことはないわ」
「そうかよ。俺は向こうを調べるぜ」
そう言ってレイは自分の指さした方へと歩いていった。
「じゃ、僕は反対側を見てくるよ」
アレクはレイとは反対方向に歩いて行った。
私もこの付近に何かないか調べてみることにした。何かわかるのかもしれない。
そう思い、私はほんの少しだけ第一防壁の方へと警戒を強めながら歩いて行くことにした。
こんにちは、結坂有です。
激しい戦闘が始まりそうですね。
それでは次回もお楽しみに。
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