最強の価値
昨日、必死に軽い素材でできた模造の剣を振るという訓練を行ったのだが、やはり以前の感覚は戻らない。
一度大きな怪我を負ってしまった以上、元には戻らないと思っていた。とは言ってもここまで何もできないとなれば精神的にも辛いものがある。
体は全く問題なく動かすことができる。
ただ、損傷した神経を復元したばかりだ。今まで培われてきた感覚をこれから早い段階で取り戻す必要があるのだ。
そして、今日も私はこのリハビリルームで軽い木剣を一人で振っている。
私を治療してくれたカインという人はどうやら連絡が取れなくなっているようだ。できれば彼女と訓練を一緒にしたかったのだが、それはできない。治療士としての腕であれば彼女はこの国で一番と言っていいほどの腕前だろう。
そんな人が私の訓練を手伝ってくれたらとても嬉しい。しかし、一人でやるからこそ意味がある。
自分で試行錯誤することで自分に合った方法で技が身に付く。それで身に付いた技は一生自分のものになると信じているのだ。
「はぁ」
まだ十回程度しか振っていないのにどうしてもため息が出てしまう。
「……ミーナ? まだ訓練には早くはねぇか?」
予定の一時間ほど前なのだが、フィンがリハビリルームへとやってきた。
「早いのね」
「気にすんな。俺の勝手な都合だからよ。そんなことよりも訓練は急いでもかわんねぇからな?」
「いいのよ。時間はたくさんあった方がいいから」
すると、フィンは私の持っている木剣を手で止めた。
「今のお前は大怪我から回復したばかりなんだ。前の技を同じように使えねぇんだよ」
「だからこうして必死に感覚を取り戻そうとしているのよ」
刀身を鷲掴みされているため、それを振り解こうと手首を回す。
しかし、それでも彼の腕は離れなかった。
「怪我をする前のお前なら簡単に振り解けただろうがな。今のお前にはできないんだ」
こんな簡単なことでもどうして感覚が鈍ってしまっているのだろうか。
どういった原理で技がかかるのかをしっかりと理解しているつもりだ。それなのにその技を繰り出すことができなかった。
「……」
「いいから今日はゆっくりしろ。最初のうちはゆっくり筋力トレーニングから始めっぞ」
「ダメなの」
「あ?」
「ダメなのよ。またいつ魔族が襲ってくるか分からない。明日にも攻撃が開始してもおかしくないわ」
私がそう言うとフィンは一気に掴んでいる剣を引っ張った。
その力は一瞬でとても鋭いものであった。剣の握りすらまともにできていない私から県を取り上げるのは簡単なのだろう。
「俺が守ってやるよ」
「え?」
「何十体、何百体魔族が来ようとも俺はお前を守ってやる。それでいいか?」
「無理よ。百体斬りを達成している人なんてほんのひと握りなのに」
エレインほどの実力があれば全く問題はないのかもしれない。
しかし、私たち学生がそう簡単にできるわけではない。彼の動きは側から見ているだけでいかに凄いことなのか理解できる。
ただ、それでもその言葉は心に刺さった。
「……でも、ありがとう」
「どういうことだよ」
「いいから、普通にトレーニングをしましょう」
「なんか腑に落ちねぇな」
そう文句を言いながらも筋力トレーニングのための道具を準備してくれた。
フィンが私を守ってくれる。
薄い言葉のようにも聞こえるが、今の私にとっては少しだけ安心したのであった。
◆◆◆
私、セシルは考えていた。
エレインがどうしていなくなったのか、そしてそれと同時に姿を消したリーリア。
目の前で昼食を食べているアレイシアに質問をしてみたいのだが、彼女もエレインのことを大切に思っている。
心配事を思い返すのは野暮なのかもしれない。
「……どうかしたの?」
「なんでもないわ」
昼食を食べる手が止まっていたようでアレイシアが私に声をかけてきてくれた。
「エレインのこと?」
どうやら私が何か話したいことがあるとわかっていたのだろうか。
横に立っているユレイナも少し興味深そうに私の方を向いた。
「……関係はないのかもしれないけれど、エレインって一人で千体を倒したのよね?」
「ええ、そうね」
「それが事実なのだとしたら、それって本当に人間なのかしら」
「どういうこと?」
少し怒りの含んだ言葉でアレイシアが聞き返してきた。
「別に彼が魔族ではないってことは証明できているわ。でも、魔族ではない別の可能性はない?」
ずっと疑問に思っていたことがあった。
彼が人間である私たちよりも感覚が過敏なこと、そして誰よりも冷静で精神が強いこと。
到底それは人間ができることではないような気がする。
「エレインが何者であったとしても私は彼を義弟として扱うつもりよ」
その言葉には決意のようなものがこもっていた。
当然、アレイシアは嘘を言うような人ではない。その言葉に偽りはないのだろう。
「そう、一つだけ言っておきたいことがあるの」
「何?」
私はミリシアがアレイシアに言わなかった情報の一つを彼女に話すことにした。
「エレインを連れ去った存在は彼のことを我が子孫って言っていたのよ」
「本当なの?」
「本当よ。ミリシアがアレイシアを混乱させないようにと伝えなかったのだと思う」
小さき盾を突破してエレインを連れ去ったという事実だけでアレイシアは動揺することだろう。
そして、そこにエレインの先祖と思われる人が現れたとなれば混乱するのは明確だ。
今の彼女は比較的落ち着いているため話しても大丈夫だろうが、それでもこの情報は彼女にとって衝撃的だったのかもしれない。
「……それでも私はエレインを義弟だと扱うわ。彼のためなら私はなんでもする」
「私も同じよ。エレインは私たちの仲間、そして私のパートナーでもあるの」
私とアレイシアとは少し考え方が違う。でも方向は同じだ。エレインのことを大切に思っている同志なのだ。
「今夜、私は寮に戻るわ。他の生徒たちにも聞きたいことがあるから」
「何をするの?」
「エレインが誰かに連れて行かれたことは誰にも言わないわ。他にも何か情報がないかと探ってみようと思うの」
連れて行かれたのがエレインとリーリア以外にもいるのだとしたら、話は大きく変わってくる。
もし、それがエレインのように特殊な実力を持っている人であれば、何か事情があって連れて行かれた可能性が高い。
私たちが知らないどこかで魔族を滅ぼすために戦おうとしているのだろう。
ただ、彼以外にそんな人が存在しなかった場合は……。そんな最悪な事態は考えないでおこう。
私の落ち着きを維持するためにもあまり深くは考えない。とりあえず、今夜寮に戻って他の人に話を聞いてみることにしよう。
「……そうね。私の方でも調べておくわ」
少し考えたアレイシアも私のやろうとしていることを察してくれたのか大きく頷いてそういった。
すると、すぐに彼女はユレイナに一つ指示を出した。
エレイン奪還作戦、私は小さき盾ほど実力はないけれど情報に探りを入れることならできる。議長であるアレイシアも協力してくれるのだからきっと大丈夫だろう。
今まで何度も彼に助けられて来たけれど、今度は私たちが彼を助ける番だ。
こんにちは、結坂有です。
下界の人たちもエレインがどこに連れて行かれたのか調査を開始するようですね。
そして、ミーナは果たして実力を取り戻すことができるのでしょうか。
それでは次回もお楽しみに。
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