新たな動き
エレインが連れ去られてから一日経った。
その日の夜は全く眠れなかったが、一日や二日寝なかったとしても体力的には問題ない。ただ、一つ問題なのが精神的なことだ。
彼を守ることができなかった、そういったことが脳を過ぎると同時に自分の無力感に酷く駆られる。
何年も彼と一緒に過ごしてきたと言っても私は彼ほどに強くはない。もちろん高い水準で実力を維持できていても彼を守れるほどの力ではなかったのだ。
「おはよう」
地下部屋に設置された個室から出て広間に出る。
そこにはすでに起きているユウナやナリア、そしてアレクがいた。
この三人はとても早起きで、その中でもユウナは朝の四時半ごろから起きている。
「おはようございますっ。ミリシアさん」
いつものように三人は挨拶をしてくれる。
もちろんだが、ユウナとアレクはエレインと深く関わっている。あのような形でいなくなってしまったことに私と同じく不安に思っていることだろう。
しかし、そんなことを考えていてはこれからの進展がない。
私もそろそろ切り替える必要があるのだ。エレインがすぐに帰ってくると信じるしかない。
「あれから大丈夫かい?」
「ええ、エレインが死んだって事実はないからね」
「そうだね。急に出てきて急に消えたんだ。死体もないことからどこかに連れて行かれたって考える方が普通だね」
「私、その場にいたわけじゃないけど、急に誰かが出てくるってありえるの?」
ナリアは疑問に思っていたことを口にした。
確かに私もあり得ないと思っていたが、実際にあのように出現してきたのは事実だ。それに精霊の力は物理法則すらも超越することだってある。
それは四大氏族の持っている聖剣で証明されていることだろう。
そういったことを踏まえれば瞬間移動のようなことも起こり得ると納得できる。
「何らかの精霊の力だとしたら納得できるわ」
「ですけど、そんな強力な聖剣が有名ではないのは不思議ではありませんか?」
ユウナは首を傾げながらそういった。
四大騎士の持っている聖剣は非常に強力でかなり有名になっているが、何も強力な聖剣が四振りだけということもないだろう。
実際にエレインの持っている魔剣は時間の加減速という想像できないほどの能力を秘めている。さらにレイの魔剣の”超越”といった能力もとんでもないものだ。
そのことから四振りだけが強力な聖剣というわけではないということだ。
「有名じゃない聖剣も多いと思うよ。それに、どの剣も使い方次第ではかなり強力に作用するからね」
アレクが私が言おうとしていることを簡潔に言ってくれた。
「そうよ。ただ四大騎士の持っている聖剣は自然災害を簡単に引き起こすことができるという意味で特別なの。何も強力なのはそれだけではないってことよ」
私は補足するように言うとユウナもナリアも納得してくれたようだ。
「にしても、瞬間移動のできる能力か。ユウナの魔剣よりも上位と見るべきだね」
私たちが察知することのできない距離からの瞬間移動、そんなことが可能だとすれば奇襲し放題ということになる。
アレイシアが知らないということは議会も把握していないということだ。色々と謎は残るが、とりあえずは今日も一日いつも通りに生活するしかないだろう。
それからレイも起きてきて、今日も学院へと向かう。
大量の魔族と戦うことになってしまった生徒たちは欠席としているが、あの一件から他の生徒たちの緊張感が増しているような気がする。
解散した後、生徒間でどういった戦いだったのか情報を共有したのだろう。
魔族との戦いを知らない生徒たちにとってそれは非常に大きな刺激になったはずだ。
「数日前と違って生徒の目が違うな」
「そうね。いい方向に緊張感が高まっているわ」
私たちが強いということはすでに生徒たちは知っている。
しかし、どれほどの実力があるのか、どれほどの戦闘力があるのかは彼らでは判断できないのだ。
それが魔族との戦いで私たちの強さが完全に証明された。
「じゃ、今日は実戦形式の訓練と行こうか」
「ええ、またいつ魔族が来るかわからないからね」
「「はいっ」」
そう生徒たちのやる気に満ちた返事がこの中庭を響かせた。
その様子を見てルカも少し離れた場所で見てくれている。彼女は私たちに何か言いたそうな目をしているが、まずは生徒の指導が先だ。
「まず、アレクと戦ってみたい人、いるかな?」
誰も手を挙げないだろうと思ってそう生徒たちに聞いてみたが、意外にも一〇人程の生徒が手を挙げたのだ。
「……意外と多いわね。アレク、どうする?」
「時間はまだあるし、全員と相手するよ」
そういうと彼は木でできた片手剣を軽く回した。
「やっぱり軽いね」
「私たちがいつも使ってる木剣なんて用意できるわけないでしょ?」
すると、一人の生徒が興味深そうに口を開いた。
「先生たちの訓練ではもっと重たい木剣を使っているのですか?」
「へっ、当然だろ? 木剣でできることなんて剣の振り方を理解することだけだ。実際に斬ることを意識するなら本物に近いもので訓練する方がいい」
「ただ、訓練のうちは軽い物の方がいいわ。それでも形を覚えるには十分だからね」
私たちのように木剣の中に鉄の棒を組み込む必要はない。形を覚えるだけでも実戦で十分戦えるのだ。
「それじゃ、一人ずつ始めてみるかい?」
「はいっ」
「そうね。近い人から順番に始めよっか」
一番前で手を挙げていた生徒はサーベルの形状をした木剣を持っている。彼の持っている聖剣も似たようなものなのだろう。
どういった流派なのかはわからないが、体の動かし方を理解し始めた彼らからすれば今まで以上に強くなったと実感できるはずだ。
「お、お願いしますっ」
「気を使わなくていいよ。僕を倒す勢いでね」
彼がそういうと生徒は重心をしっかりと低くして剣を構える。
あれが彼の流派の構えなのだろう。
対してアレクは非常にリラックスした構えだ。
「では、始めっ」
「はっ!」
合図とともに地面を蹴って飛び出したのは生徒の方だ。
非常に素早い攻撃、重心を低く保っていたことで体のバランスは崩れていない。
習ったことを十分に理解して自分の流派に取り入れているのだろう。それが見れただけでも今までの訓練の成果があったということだ。
そして、どうアレクに攻撃を仕掛けるのか。
「ふっ」
アレクは体勢を崩さずに体を素早く回転させ、相手の攻撃を寸前で躱すと一気に木剣が生徒の首元へと迫る。
「っ!」
「勝負ありっ」
「最初の攻撃はかなり良かったよ。今までの成果が出てたね」
そう彼は生徒に向かってできていた部分を褒めるように言った。
すると、生徒は嬉しそうに頷いた。
「じゃ、次行こうか」
そういうと次に私たちに近い生徒が来た。
「レイ、あとは任せてもいい?」
「あ? 別に構わねぇけどよ。なんかすんのか?」
「ルカとちょっと話があってね」
「そうかよ」
私は試合の進行をレイに任せるとルカの方へと向かった。
私が近づくと彼女は声を潜めて口を開いた。
「……緊急で話したいことがあってな」
「何かあったのね」
「そうだな。防壁周辺の魔族が全くいないんだ」
普通であれば防壁の外側には数体の魔族が絶対にいるのだ。監視が目的なのかはわからないが、組織的な動きをしている魔族からすれば何らかの役割があるのだろう。
しかし、そういった魔族が全くいないというのは不自然だ。
「不自然ね」
「ああ、一万もの軍勢を全滅させたのが問題だったのかもな」
「可能性はあるけれど、すぐに魔族が動くとは考えられないわ」
一万の損失は魔族にとっても大きな損失なはず、それなら超大規模な攻撃をすぐに行うということは考えられない。
それであれば調査に徹するのが普通だ。
「私たちは魔族のことを何も知らない。私たちの考えと魔族の考えは全く違うとも考えられるからな。防壁周辺は警備を高めておく必要があるだろうな」
「……この前聞いたのだけど、この国には聖騎士団がほとんどいてないわね」
「だから、緊急で連絡したんだ。そのことを伝えておきたかったんだ」
確かに緊急性の高い情報だ。
魔族が次にどう動いてくるのかは全く想像できないが、何か対策でも考えておく必要があるだろう。
私はアレクと生徒との戦いを見ながら対策を考えることにした。
こんにちは、結坂有です。
下界でも魔族は何らかの動きに出ようとしているみたいですね。
一万ぐらいの魔族であれば小さき盾と四大騎士でどうにかなりそうですが、それ以上の軍勢だと厳しそうです。
それでは次回もお楽しみに。
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