消えてしまった最強
エレインが光に飲み込まれて数分が経った。
私、セシルは実際にその様子を見たわけではないが、小さき盾である三人が圧倒されるというのは一体どういうことだろうか。
私には彼らを超える実力を持つ人を知らない。
もちろん、私は子供の頃からいろんな聖騎士の人たちと訓練を積んでいたが、彼ら以上の強さを持っている人など見たことがないのだ。
「エレインとリーリアが連れて行かれた以上、私たちにできることはないわ」
「……クソかよ」
「全く、試練の時みたいだね」
アレクは昔を思い出すようにそう呟いた。
「あの時ね。あまりいい思い出はないのだけど、それに近い状況なのは違いないわ」
試練とはいったいなんのことだろうか。
彼らとエレインは幼馴染だと聞いていた。そして同じように過ごしていたということは知っている。
しかし、彼らとどういった生活を送っていたのかは詳しく聞いていない。
リーリアもアレイシアも彼らのことをよく知らないということはあまり口外してはいけないことなのだろうか。知ってはいけない何かがあるのだろうか。
そんな知りたい欲求を抑えつつも私は床を見つめているミリシアに声をかけた。
「エレインなら大丈夫よ。魔族の大群にも屈しない彼なら絶対に抜け出せるわ」
「……そうかもしれないわね」
正直、私も自信がない。
どこまで彼が強いのか、あまりにも格が違い過ぎて私には理解できない。
それに小さき盾たちを圧倒するような人だとしたら私たちの理解できる次元の話ではないのだから。
「へっ、強ぇのは確かだからな」
「僕たち三人がかりでも一度しか勝ったことがないからね。彼なりの方法できっと打開するはずだよ」
試練と言ったり勝負と言ったり、彼らの過去のことを知りたくなってくるのだが、私は必死にそんな欲求を抑える。
「でも、あれほどの人は見たことないわ。信じられない速度で攻撃してきたしっ」
「ミリシアさん?」
私の横にいるユウナが彼女の様子が少し変だと思い、彼女の顔を覗き込んだ。
すると、彼女もすぐに正気に戻ったのか一呼吸吐いた。
でも、ユウナは少し怯えたような表情をしていた。ミリシアは怒りに満ちているのだろうか。
「っ……ごめん、いろいろ考えてたら声が出ちゃって」
エレインが勝手に危地へと行ってしまうことは私も何度か経験したことがある。もちろん、彼にとってはそこまで危険ではないのかもしれないが、なんとなくミリシアの想いに同情してしまった。
私とエレイン、リーリアとで聖騎士団の応援に向かった時のことを思い出した。
あの時は初めて見る魔族の軍勢に足がすくんでしまったのだ。今考えてみればどのような陣形でも瓦解しては機能しない。彼が単騎で突撃したのにも肯ける部分はあるのだが、あの状況で突撃できる精神力は当時の私にはない。
今でも彼と同じような精神の強さは持っていないのだから。
私たちと同じくナリアもどうしたらいいのかわからないでいるようだ。
真っ暗になった中、私を含めこの場にいる全員が黙ってしまった。エレインがいなくなった現状に未だ脳が理解できていないのだ。
理屈では分かっていても心の中では納得し切れていないのだろう。
そんな静寂の中、ガチャリと扉がゆっくりと開き始めた。
「暗くして何してるの?」
議会の仕事が終わったのかアレイシアとユレイナが帰ってきた。
「そ、それが……」
強い力で電球は破壊されてしまっていてユレイナがろうそくを灯した。
ろうそくの橙色の光がリビングを照らす。大きく家具などが破壊されているわけではないが、床には悍ましいほどに黒く焦げた跡があった。
「魔族でも来たの?」
「ごめんなさい。小さき盾の私たちがエレインを守れなかった」
そう吐き捨てるようにミリシアが口を開いた。
「え?」
「相手は魔族ではないと思うわ。でも、全く歯が立たなかったの」
「エレイン様は?」
周囲を確認したユレイナがそう尋ねる。
「……死んではないと思う。けど、どこかに連れて行かれたかもしれない」
それからアレクが冷静に状況を説明すると、アレイシアも次第に不安を露わにした。
彼女もエレインを大切に思っている。大切な人が危険に陥っていると聞けば誰でも不安に思うことだろう。
「と、とりあえず、落ち着きましょう」
そう言っているアレイシアだが、表情は全く落ち着いていない。
「落ち着いていられないわっ。すぐに私たちも動かないと。エレインがどんな状況にいるのかわからないのよ」
そうミリシアは自分を突き動かすように頬を叩いてそういった。
「待って」
急足で部屋を出て行こうとする彼女をアレイシアが扉の前で止めた。
「何?」
「小さき盾の出動命令は出していないの」
「あ? 仲間が連れて行かれたんだぜ? 黙っていれるほど馬鹿じゃねぇよっ」
レイも扉の前に立ち塞がるアレイシアに向かってそう言った。
もちろん、その怒りは連れて行った人に向かって言っているのだろうが、その言葉は衝撃波のようにこの部屋を轟かせた。
「……あなたたちは知らないと思うけれど、エレインは私一人を助けるために千体の魔族に挑んだの」
アレイシアは目を軽く閉じて、全員に聞かせるようにゆっくりと話した。
「なんだよ」
「怪我をして動けなくなった私を守るために彼は私の聖剣を握ったのよ」
不自由な足を強く掴みながら彼女はそういった。
なんとなくわかる気がする。彼の自己犠牲的な考えは今までの行動でもわかっていたことだ。
自分だけが頑張ればなんとかなる、自分だけが苦しい思いをすればいいと思っているのだろう。
聖騎士団の応援に向かった時も、学院が襲撃された時も、そして魔族が侵攻してきた時もだ。
何もかも自分で突破口を開けば全てが解決すると思っている。
全体で見れば犠牲は限りなく小さく済むのかもしれない。でも、こうして彼を愛している人は多い。彼が犠牲になることで苦しむ人が少なからずいる。
「だったら、すぐにでも助けにいかないとっ」
ミリシアがまた強く歩き出そうとする。
しかし、それをアレイシアは杖を捨てて全身で止めた。
「……っ」
「アレイシア様っ」
ミリシアと止めてすぐに彼女はバランスを崩した。ある程度動くようにはなったとはいえ、完治しているわけではない。
倒れそうになった彼女をミリシアが受け止める。
「みんな、聞いて欲しいの」
体を支えられてもらいながら、アレイシアは小さく口を開いた。
「今回もエレインは自分一人で解決しようとしているわ。だけど、その覚悟を私たちが邪魔してはいけないと思うの」
「覚悟?」
「私も彼が考えていることが全てわかるわけではないけど感じるのよ。彼の強い決意のようなものがね」
並の人間ができるような決意ではないことはわかる。
「僕たちもそれに応えなければいけない、そう言いたいのかな?」
「ええ、エレインが強いのはここの全員が知っていると思うの。だから私は今回も何事もなかったように戻ってくると信じてるわ」
表情は不安に満ちているものの、確固たる確信がアレイシアにはあるようだ。
千体もの魔族の軍勢に勝ったのだから今回もきっと大丈夫と信じているのだろう。
私自身も彼には何度も助けられた。彼の邪魔になるようなこと絶対にしてはいけないのだ。
私もミリシアも目を閉じてそう心に刻むことにした。
◆◆◆
病院のリハビリルーム。
とは言っても、ここは軍の施設でもあり一般的なリハビリは行われていない。剣を握り、実際に動けるようになるまでの間、ここで簡単なトレーニングを行うのだ。
カインの聖剣のおかげで完治に近い状況にまで回復したのだが、失ってしまった血液や筋肉までは回復していないためここでしばらくはトレーニングをする必要があるのだそうだ。
「ミーナ、大丈夫か?」
「……ええ、まだ振れるわ」
息を整え、私はまた木剣を構えた。
ここで使われる木剣は中が空洞になっているため、実際に訓練で使われるものよりも軽いものとなっている。
でも、今の私には重りが入っているかのように重たい。
この状況では私の聖剣であるあの大剣もまともに振るえないことだろう。
「体は元気そうでも疲労は溜まってるもんだ。今日は終わりにするぞ」
そう言って構え直した私をフィンが止めに入った。
「ここで頑張らないと、すぐに復帰はできないわ」
「体の回復なんて速くも遅くもねぇよ。ゆっくりでいいから感覚を取り戻そうぜ?」
「ダメなの」
私は再び構え直した。
忍耐強く頑張らないとみんなに置いていかれる。
今の私は最下位だった頃の私よりも弱い存在だ。まともに剣も振れない、エレインに教えてもらった感覚も忘れかけている。
そんな状況では治ったとは言えないだろう。
「どうしてそこまですんだよ」
「力がないことが嫌なの。強くなりたい。エレインやセシルのようにね」
エレインはこんな私でも強みがあると一目見ただけで教えてくれた。彼のように強くなるためにはどうしたらいいのだろうか。そして、セシルのように自分を高め続けるにはどうしたらいいのだろうか。
今の私にできることは少ない。
でも、それでも、やり続けなければいけない。
こんな私が”私”を超えるためにも……。
こんにちは、結坂有です。
エレインがいなくなった状況でも小さき盾の人たちやミーナは進化を続けていくようです。
果たしてこれからどうなっていくのでしょうか。先の見えない展開になってきましたが、楽しみにしていただけると嬉しいです。
評価やブクマもしてくれると嬉しいです。
Twitterではここで紹介しない情報やたまに呟きなども発信していますので、フォローお願いします。
Twitter→@YuisakaYu




