魔に埋め尽くされた天界
強烈な光とともに体が浮くのを感じる。何が起きているのか理解できないまま体勢を維持していた。
そして、その強い光が晴れると同時に神殿のような場所に出た。
私、リーリアは初めてこの世界を目にした。
「……カイン、治療を頼めるな」
「人を呼んでおいてその扱いはなんなのよ」
そう言って一人の女性が私たちに近づいてきた。
すると、甲冑の男はエレイン様の腹部から腕を引き抜く。大量の鮮血が真っ白なタイルを赤く染める。気を失っているのか彼はぐったりと倒れ込んでいた。
私の理解は全く追いついていないが、エレイン様に近づこうとしている彼女を警戒するしかなかった。
双剣はいつの間にか甲冑の男から外れており、私はそのカインという女性に対して剣先を向けた。
「ちょっと、私は人間よ。それにエレインのことはよく知っているから。そこをどいてくれる?」
「……何をするつもりですか」
「治療するだけよ。その状態だとまともに回復しないわ」
エレイン様の魔剣は治癒を加速することで常人を逸した回復速度を持っている。その速度は魔族のそれに近いほどだ。
あの程度の怪我であれば数秒で治るはずだが、今なお出血は止まらない。魔剣からもアンドレイアやクロノスが出てくる様子もない。
「それに神の攻撃を受けたの。並大抵の人間だとそう簡単に治癒はしないわ」
「神の攻撃?」
「もう、そこをどいてっ」
そう言ってカインは強引にも私を刃のない剣で押し避けるとエレイン様の傷へとその奇妙な剣を当てた。
その直後、傷に光が纏い一瞬にして治癒を終わらせた。
「怪我はこれだけでしょうね?」
そうカインが甲冑の男に確認すると、彼は小さく頷いた。
そして、睨みつけている私に対して彼は視線を向けてきた。
「紹介が遅れたな。俺はトレドゲーテ、下界では剣神と呼ばれていたか」
宗教的なことはよく知らないが、本当に神なのだろうか。確かに信じられない程の力を放出していた。
それは神の力といっても過言ではない。しかし、聖剣の力というのもあるかもしれない。彼の話は半信半疑でとどめておく必要があるだろう。
「まぁなんでもいい。エレインが起きてから詳しく話す」
そう言って甲冑の男トレドゲーテはこの部屋から出て行った。
この真っ白な大理石で作られたかのような部屋は神殿のようにも思える。一瞬でこの場所に転送されたのも不自然だ。ここはいったいどこなのだろうか。
「……ちょっと聞いていい?」
「何でしょう」
部屋を観察していると治療を終えたカインが私に話しかけてきた。
「あんたとエレインはどういった関係なの?」
「私とエレイン様とは主従関係にあります。つまりはメイドということです」
「そう、傷は一応完治はしたのだけど、しばらくは目を覚まさないかもね。結構血も出てしまったことだし」
それはこの床を見てもわかる。
エレイン様の大量の血液で真っ白だった床が赤くなっているのだから。
「先程は申し訳ございませんでした。少しばかり取り乱してしまいました」
「仕方ないわよ。あれほどの重傷を平気で負わせるんだからね」
「……カインさんはどうしてここに?」
彼女のことを人間と聞いてからずっと疑問に思っていた。私とエレイン様の他にも人間がいるのだろうか。
「視界が真っ白になって甲冑の男が来たの。私の聖剣は刃がないから抵抗することもできずにここまで連れてこられたってわけよ」
どうやらそのことについて私たちとほとんど同じようだ。一つだけ違うとしたら、無抵抗だったということだけ。
「私たちと同じですね」
「人を誘拐しておいて、ああやってこき使うなんて信じられないわ。神だって言うんだったらもう少し優しくしてくれもいいわよね」
確かに人使いが荒いというのは間違いないことだろう。
◆◆◆
腹部の激痛から何分経ったのだろうか。
俺は今どこにいるのだろうか。
真っ白な空間で一人、彷徨っていると一人の女性の声が聞こえてきた。久しく聞いていなかった声だ。
「……エレイン様、イレイラです」
先ほど、刃を完全に破壊されてしまったからな。少し雑な扱いをしてしまったのかもしれない」
「刃が壊れてしまったな。申し訳ない」
「いいえ、私は神樹から力を受け取っています。気にする必要はありません」
そう言っているイレイラではあるが、何かを言いたそうにしている。
こうして意識を失っている間に姿を表すというのは何か話したいことがあるということだろう。
「……何か言いたいことでもあるのか?」
「言いたいこと、ではありませんが一つ確認したいことがあります」
「なんだ」
そういって彼女はゆっくりと俺に近づいてきた。吐息がかかるほどに近い距離にまで彼女は俺に迫ってきた。
近くにアンドレイアでもいたら発狂していたかもしれないな。
そんなことを考えていると彼女はゆっくりと口を開いた。
「私のことを、信じてください」
彼女はそう言って自分の額を俺の額にくっつける。
そして、光が視界を覆い、ゆっくりと目が覚めた。
「エレイン様?」
「……ここは?」
見渡す限り真っ白な部屋だ。床や壁の素材は大理石だろうか。光を反射して白く輝いている。
「いわゆる天界と呼ばれる場所らしいわ」
そう言ってきたのはカインだ。
彼女とはティリアの一件以降話したことはない。
それにしても天界とは一体どういうことだろうか。俺は時間を極限にまで遅くしても速度を落とすことなく腹部へと腕を突き刺してきた男がいた。
あの男はどうなったのだろうか。確認したいことがいろいろとある。
「カインか。俺たちと同じようにここに連れてこられたのか」
「そんなところね」
いまいち話の全容はわからないが、おそらくは俺とカインがこの天界と呼ばれる場所に送り込まれる予定だったのだろう。
魔剣の力を駆使してあの男に剣を突き立てたリーリアはそれに巻き込まれたと言った状況か。
「あの甲冑の男は後で話すと言っていました。しばらくすると戻ってくると思います」
「そうか」
リーリアは落ち着きを取り戻しているようで今は魔剣を振るった時の豹変した目をしていない。
「起きたか? 我が子孫よ」
すると、先ほど俺の腹部へと強力な一撃を与えた男が戻ってきた。
彼がこの部屋に入った直後、リーリアは鋭い視線を彼に向けたが特にそれを気に止めることなく彼は俺の前へと歩いてくる。
「俺の先祖か何かか?」
「遠い先祖と言ったところだな。腹の調子は?」
「カインのおかげで完全に治っている」
「そうか」
そう言って彼は大聖剣イレイラへと手を伸ばして光を放つ。すると、粉々になってしまっていた刃が瞬時に再生していき、元の美しい姿へと戻っていった。
鎬筋が大きく肉抜きされている独特な形状の刃は神秘的なものを感じさせる。
それは置いておいて、彼は一体何者なのだろうか。
「何者だと言った顔をしているな。簡単に言えば、俺は神だ。ここが天界だと聞かされていないか?」
「それは聞いている。だが、俺たちを連れてきた理由がわからない」
「戦力が欲しいと思ってな」
その言葉に嘘が混じっている様子はない。
天界の事情はまだ詳しく知らないが、神ということは相当な力を持っていることは明らかなはずだ。少なくとも俺を圧倒できるほどの力があるということだ。
十分な戦力があると思うのだがな。
「俺たちは人間だ。神の戦いに参加できるほどの力量があるとは思えないが?」
「やってみないとわからないだろ? それに神と言っているが、俺はもともと人間だ」
「ちょっと、人間が神になれるっていうの?」
信じられないとカインが話に割って入ってきた。
確かに信じられない話だとは思うが、それは事実なのかもしれないな。作り話だと思っていた神話にそう言ったことが描かれているからな。
「人間から精霊に、そして神にと段階的にこの天界に住むことになったんだ」
「それが事実だとしたら、あの神話は間違いではないということだな」
「帝国最古の騎士の話か?」
「ああ」
なぜか俺がその血を引き継いでいると言われているが、真相はまだわからない。
剣神の言っていることが本当という確証は得られていないのだからな。
「まぁ今はどうでもいいのだがな。お前をここに連れてきたのはたった一つだ。邪神を殺してほしい」
「邪神?」
「そうだ。この天界は魔族に占拠されたも同然だからな」
そういった彼は怒りに満ちている様子でもあった。
つまり、神にとって今の状況は猫の手も……人間の手も借りたいということなのだろう。
それが魔族を滅ぼす近道になるのなら、俺は全力で協力するだけだ。
彼が嘘を吐いているのであれば、すぐにわかることだろう。そんなわかりやすい嘘をつくはずがない。
今のところ、彼を信じることにしよう。
彼とは俺とどこか似ている気がするからだ。
こんにちは、結坂有です。
新章が始まりました!
そして、この章を皮切りに一旦この物語は終わりとなりそうですっ。
まだまだ話は続きますので、引き続き楽しみにしていただけると嬉しいです。
それでは次回もお楽しみに。
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