裏切るということ
日も暮れて、一日の業務が終わりを告げようとしている。
そろそろ家に帰り、エレインと話をしようとゆっくりと立ち上がると職員の一人が議長室へと入ってきた。
話を聞くとブラドが所属している諜報部隊が議会の裏切り者を捕まえたようだ。私、アレイシアはユレイナと共に地下の牢獄へとすぐに移動することにした。
議会に牢獄などないと思っていたのだが、前身である城の名残りなのか残っていたのだろう。
エレインとゆっくり談話できると思っていたのだが、議会の裏切り者となればそっちの方が優先だ。彼や彼の仲間に危害が加わることはなんとしてでも阻止しなければいけないからだ。
事務室に新しく作られた扉を開けるとそこには地下に続く階段があり、そこを降っていく。
すると、すぐに聖騎士団本部にあるような地下牢が広がっていた。
「アレイシアか。こいつらが議会の裏切り者だ」
「「……」」
口を強くロープで結ばれているため声を発することすらできないようだ。さらに手足も拘束され、衣服もほとんど脱がされている。この地下牢はかなり冷え込んでおり、長時間服を着ない状況が続くと体が冷えてしまう。
もちろん、体力面でも削られていが、精神面でもかなり辛い状況だろう。
「彼らは何をしたの?」
「裏で小さき盾を壊滅させようとしていたようだ。色々と策を講じていたようだが、これ以上話すつもりはないな」
「ふふっ、煉獄の炎で身を焦がされても話すつもりはないだろうな」
牢屋の奥へと視線を向けるとそこにはルカもいた。
一体何をしようとしていたのだろうか。とはいえ、私の知らないところで色々と事件が起きていたのは事実のようだ。
「経緯を一つ一つ教えてくれるかしら?」
「ああ、まずは俺から話す。ナリアが何者かに拘束されていたようでな。半日で解放することに成功したが、その時点で議会内部で怪しい動きがあったんだ」
すると、私たちの後ろからフィレスが歩いてきた。彼女もまた諜報部隊の一人で議会の内部の調査権限を与えている。
「それで調査を進めているとそこのシュレイザー議員が動いたのです」
「具体的には?」
「学院の生徒を指導している小さき盾の人たちに出動命令を出したのですよ」
「……どうして?」
不測の事態に備えている小さき盾という部隊はそう簡単に出動なんてしないはず。彼らを動かすにはいくつもの条件が必要だ。それは私もその要項を作成するのに携わっていたからよく知っている。
「議員という立場を利用して色々と根回しをしたんだ」
「……っ」
ブラドの鋭い視線を向けられてシュレイザー議員が押し黙った。
私が到着するまでにも尋問、いや、拷問に近いことを受けていたに違いない。ブラドは温厚そうな声とは裏腹に残忍な性格を持っている。
それを信頼して私は彼に諜報部隊を任せたのだけどね。
「ミリシアたちは大丈夫なの?」
「ふふっ、彼女たちなら大丈夫だ。全くエレインの仲間ということもあってとてつもない人間だな」
ルカはどこか感心するようにそう呟いた。
何事もなかったというのならその言葉を信じた方がいいだろう。
「どうしてルカがいるの?」
「こいつを連れてきたんだ。上位魔族一万を進軍させていたとも話していたが、それ以上の話は聞き出せなかった」
上位魔族を含んだ一万の軍勢? そんな大部隊が今のエルラトラムを攻撃したとなれば大問題だ。
「まぁ、私とエレインとで十分だったのだがな。いや、彼だけでも問題はなかったか」
「……」
ルカが連れてきたと思われる男は強く彼女を睨みつけている。その目からは強い憎悪のようなものを感じる。
まるで魔族でも見ているかのような……。
ガシャンッ!
鎖が引っ張られ、強烈な金属音が地下牢を轟かせる。
一人の男が立ち上がり、ブラドへと襲いかかったのだ。彼は聖剣を構え男の攻撃を止めている。
「まだ立ち上がれるのか」
「ッ!」
正気を失っているのか男はうめきに似た声を絞り出している。
鎖で強く引っ張られている手足の肉が引きちぎれ、血塗れになりながらもブラドへと攻撃を意思を見せつけている。
一体何がこの男をこうさせているのかは全くもって不明だが、とんでもない意思によって突き動かされているのは明らかだ。
「何がお前をそうさせている?」
「ッ! ッ!」
強く結ばれているロープを男が噛みちぎる。当然口の中もボロボロになってしまっている。
それでも強い憎悪を放ち彼はブラドへと目を見開いて睨みつける。まるで今から呪い殺そうとしているかのように。
「人間如きがッ 魔族に勝てると思うなよ」
「……シュレイザーではないな。お前は誰だ」
議会に出席している彼からは想像できないような悍ましい声を発している。ゴースト型の魔族は人に憑依すると言われているが、その類なのだろうか。
「魔族の数は無限、対して人間はたかが百万も満たない勢力。雑魚が粋がるなよッ」
「答えるつもりはないか」
「ヘッヘッヘッ、作戦は封じられたが最後の手段だ。お前ら真なる力を解放し、立ち上がれッ」
すると、先ほどまで感じられなかった強烈な魔の気配がこの地下牢を立ち込め始めた。
「アレイシア様、下がってください」
尋常ではない状況を察したのかユレイナが私を下がらせると盾になるように私の前に出た。
ルカもフィレスも同様に聖剣を取り出すと拘束されている人たちの体が一気に膨れ上がり、人間とは思えない禍々しく隆々とした肉体が形成されていく。
その形容はもはや魔族のそれと同じだ。
「何が起きているのっ?」
「この世界の上下関係というものを見せつけてやるッ。魔族がいかに強大かを、そしてお前ら人間がいかに弱小化をなッ」
「ふふっ、なかなか面白いことを言うな。お前は。今までいくらでも逃げようはあったはず、むしろ無能が故にこうして自爆覚悟で威勢を張っているように見えるが?」
確かに本当に力があるのなら、作戦が気付かれないようにするのが当然だ。
しかし、彼らは簡単に作戦が阻止された上に拘束されてしまっている。要するに作戦を実行できない無能ということだ。
「雑魚が何を言っても雑魚のままだッ。神の名の元に、我らは任務をッ……」
「滅心流奥義、裂閃の舞」
魔族が鎖を引きちぎったと同時にブラドがあの独特な構えを取る。
その美しい姿勢は私が聖騎士団に所属していた時と変わらず、優雅さを兼ね備えている。
そして、静寂が訪れるとともにジュチャ、ジュチャ、と魔族の肉塊が崩れ落ちていく。
「これが滅心流か。美しい動きだな」
「これ以上ヘルゲイツに力を使って欲しくはないからな。俺たちと違って生命力を使うのだろう?」
一万の魔族と戦ったと言っていた。そうなのであれば、ルカとエレインはかなり疲弊しているはずだ。
そう思い彼は自ら攻撃に出たのだろう。
「お前に心配される筋合いはないのだがな。まぁおかげで寿命が縮まないで済んだ」
「……この人たち、上位の魔族なの?」
それよりも私は一つ気になることがあった。
「確か人体を豹変させて上位の魔族になる。そんな記録は今までなかったな」
「はい。先ほどの事例が初めてですね」
ブラドはフィレスにそう確認を取ると、蒸気を放ち消えていく魔族の肉塊を見つめながら口を開いた。
「魔族の数は無限と言っていた。もしかすると、人間を魔族に変化させることができるのかもな」
「それって……」
「ふふっ、昔から噂されていただろ? 魔族は人間を苗床に繁殖するとな。あながちそれが間違いではないということだ」
どういうことなのかはわからない。
思い返してみれば、ルカの言う通り人間を繁殖の道具として利用しているという話は聞いたことがある。しかし、その方法というのは憶測でしかなかった。
ある情報によれば、人間に卵を植え付ける。またある情報によれば、人間を豹変させる薬のようなものがある。それらの情報はあながち間違いではないということなのだろうか。
「まぁともかく人間が魔族になり得るということは前からわかっていたことだ。こいつらがやったことも一つの手段なのだろうな」
「アレイシア様、どうなされますか?」
「どうするも何も、私たちは魔族について知らないことだらけね」
すると、ルカが不気味な笑みを私やブラドに向けた。
「魔族との終わらない戦いほど、つまらない戦争はないな」
「ルカ?」
「なんでもない。気にしないでくれ」
「ヘルゲイツは戦闘狂一族だったはずだ。戦いがつまらないのか?」
彼女の発言に疑問を抱いたのかブラドがそう質問した。
ヘルゲイツ家は代々魔族との戦闘を好んでするような野蛮な一族として知られている。当主がルカに変わってから大きな出来事は起きていなかった。それに公の場から身を隠していたというのも疑問だ。
「ふふっ、呪われた家系を止めたいと思っただけなのかもな」
そういうと彼女は地下牢を出て行った。
色々と聞きたいことはあるが、彼女は今日だけでかなりの体力を使ったことだろう。話だけであれば、いつでもできることだ。
今はとりあえず、目の前の魔族との終わらない戦いに向けて準備を始める必要があるのだ。
そのために私たちができることはなんでもしなければいけない。他国との連携も視野に入れて今後対策を練っていくことを決意したのであった。
こんにちは、結坂有です。
これからの魔族との戦い方に大きな変革が訪れそうですね。
終わらない戦い、確かにルカの言うように無意味な戦いなのかもしれないです。
それでは次回もお楽しみに。
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